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【漆ノ陸】

作:アンジュ・まじゅ

絵:越乃かん

『オリジンの追撃がくるぞっ! 立て、立つんだ愛しいきみ! 立って!』

「がっ……は……ごほっ」


 夕暮れの遅い時間。真っ暗なスギ林の中で、ゆうは倒れている。

 ささくれ立ったスギの木に、上半身裸で打ち付けられたのだ。一センチくらいの太さの枝が三本、弓矢で射られたかのように、胴体を貫通している。


「ごほっ、ごほっ」


 それを認識するや否や、激痛がゆうの未発達な脳を焼き尽くした。


「うあああああっ……」

『大丈夫だ、二本は急所を外している。一本は……うん、なんとかしばらくはまだ生存出来そうだ。新月の力が目覚めている。痛みを意識から外すんだ』


 十一年間ただの子供として生きてきたゆうには、とても出来そうにない。


「はあっ、はあっ……うああっ……」

『刺さったままでいい、立って、歩くんだ。二十秒以内にオリジンが来るぞ』


 ゆうは到底出来る訳のない指示を受けて、気が遠くなりそうになる。


「いっ……いいいっ……たたた……」


 悲鳴にならない声で痛みを必死で耐えながら、立ち上がる。


「う、うえぇぇえっ」


 しかし、立ち上がった瞬間、せり上ってきた血を吐いた。


『来るぞ、急いで』

「……エレオノーラ……」

「はあっ、はあっ!」


 こんなに強いなんて。様はない、と心の中で悪態をつきながら、なんとか急斜面をよじ登る。


『言っただろ。オリジンには絶対勝てないって』

(痛い痛い痛い痛い……)


 むせながら、血を吐きながら、なんとか道路まで出た。アスファルトにはいつくばっていると、ベルが急かす。


『三十メートル後ろにいる。いそげ、大祇神社まで走れ!』

「ぜえっ……ぜえっ……ごほっごほっ!」


 ベルが無茶を言う。立ち上がるのですら困難を極めるというのに。

 ずるっ、ずるっ……裸足でスギ林を歩いたから、切り傷だらけだ。でも、そんなの気にならないくらい、激痛が嵐のように身体の中をむさぼる。

 上半身が裸で木の枝の刺さった女の子を見たら、みんなどう思うのかな。そんなどうでもいい考えが頭をよぎる。というか、そんなことでも考えてないと痛みでどうにかなりそうだ。


『二十メートル。急げ、きみ』

「……エレオノーラ……」

(さっきは流暢にしゃべってたのに、なんで離れるとエレオノーラしか言わないんだよ)

『あれはね、本当はなにも声を発してないんだ。オリジンの私たちを捕捉する気配が、()()()()()()()()()()()()()だけなんだ。君が見たのもね、あゆみ先生とは限らない。見た記憶を改ざんされている可能性がある。本当はこどもかもしれないし、おじいさんかもしれない』


 もはや人知すら超えた敵の万能さに、痛い以上に言葉が出ない。


『可能なんだよ、オリジンなら……って、おい、大丈夫かっ』


 ゆうはばったりと倒れた。角田屋を過ぎた、田んぼの真ん中だ。


『きみ、愛しいきみ、オリジンが接近している。がんばれ』

(もう……一歩も……動けない……)


 ちりんちりん。


「そこの子、どうした……ゆうかっ? どうした? ゆうっ」


 ああ……ゆうは心の底から安堵した。だって、学校の先生が来てくれたから。だって、その先生は、お父さんだったから。

 いつの間にかオリジンの気配は消えていた。

 ゆうの意識も、泥の中に沈んでいった。


「しずか……」


 ゆうを背負ったお父さんが、そう言ったように聞こえた。

挿絵(By みてみん)

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