表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/72

【参ノ陸】

作:アンジュ・まじゅ

絵:越乃かん

「満月の力を減らすことの出来るもの」

「まさか」


 ゆうの顔から血の気が引いていく。


「……ゆうくん。そのまさかなんだよ。それは……『新月のモノ』の肉なのだ。祭りの日に出されただろう。あの肉は『新月のモノ』の肉だ」

「嘘だっ! そんな、そんな! だって、だってそれって……」


 ゆうは激しく動揺した。心臓が大太鼓みたいに激しく鳴って、耳鳴りがする。


「そうだ。あの肉は、新月のモノ、ベルベッチカ・リリヰのものだ」


 ……


 トイレの外で、沙羅がゆうの名を呼びながら必死にドアをたたく。


「おええっ。げえええっ」


 ゆうは便器を抱いて、吐き続けた。トマトジュースしか飲んでないから、真っ赤な血みたいな色をしている。いや……血を吐いているのかもしれない。

 だって、自分が食べたのは。この世で一番好きな、ベルベッチカ・リリヰの舌だったのだから。


『だいじょうぶかい』


 ベルの声が聞いてきた。


「大丈夫なもんか。ひどいじゃないか。なにも言わずに居なくなって、何も言わずに死んじゃっていて。何も言わずにベルを食べていたなんて」

「ゆうちゃん?」


 沙羅が異変に気付いた。


『……すまない。愛するきみには、ないしょにしておきたかったんだけど』

「どうして言ってくれなかったの? そしたら逃げたのに。二人で、どこへでも」

「ゆうちゃんってば」


 扉の外から声をかけている。


『それは……できないんだ。私はここで殺されなければならなかった』

「そんな、おおかみのことなんて知らないよ! 僕にはベルが大切だったのに!」

「ゆうちゃん、だれと話しているの?」


 だんだん幼馴染の声が大きくなる。


『膝を折るしかなかったんだ。人質を取られていたから』

「人質?」

「ゆうちゃんっ!」

『私の……大切な人だよ。この世でいちばん』

「……ひどいよ。愛してるのは僕じゃないの?」


 ゆうにはベルベッチカの言葉がショックで、沙羅の声は届いていない。


「おじいちゃん、ゆうちゃんがっ!」


 ついにはおじいちゃんを呼びだした。


『はは。愛している、の種類が違うよ』

「種類……?」

『ほら、きみを好きな女の子が、心配してる。行ってあげなよ』


 ……


「ゆうくん? 大丈夫かね」

「ずっと吐きながらぶつぶつ言ってるの」


 ゆうは立ち上がって、トイレのレバーを上げた。じゃー……がちゃり。


「ゆうちゃん! 大丈夫なの? ……誰と話してたの? ねえ、ゆうちゃん!」

「沙羅、やめなさい。ゆうくんは新月のモノだ。心の声が聞こえるんだ」


 そういうと、優しく背中をさすった。


「ショックだったろう。……誠に申し訳ない。村を代表して、君に謝罪するよ」

「……もう、いいです……」


 そうとだけ言うと、ゆうはリビングの扉を開けた。

 お父さんが席を立った。


「大丈夫か」

「……別に……」

「どうでもよくはない。大丈夫かと聞いているんだ……ゆう!」

「あなた」


 お母さんが止めてくれた。今は、なにも話したくなかった。


「さて『新月のモノ』について、話しても大丈夫かね」


 おじいちゃんがゆうに聞いた。ゆうはこくりとうなずいた。


「わかった。話すとするかね」


 ……


「新月のモノ」は、「満月のモノ」とは対極にあるモノたちだ。かむと仲間を増やせる、という点では同じだがね。空を自在に飛び、獲物を見つけるとその長い牙で血を吸う。吸われた者は、新たな新月のモノになる。

 こちらは吸血鬼として有名だね。実際には、少し生態が違う。 満月と同じで新月にも「始祖」が存在する。太陽の光に当たると蒸発してしまうコピーと違い、「始祖」は太陽の元、自在に活動が出来る。新月の晩にその能力は開花し、一斉に血を吸いに夜空を飛ぶという。


「満月と新月……どちらもヒトをおそうの?」


 沙羅、そうだね、襲う。ただ、この村では、事情が異なる。おおかみ達の能力を制するのに新月のモノの肉を使うというのは、他の国や地域では全く知られていない。どうやら満月の「始祖」が何か詳しいことを知っているものと思われる。だから、この村では、十二年に一度の祭りのため、生贄が必要になる。新月のモノを、生贄にするんだ。今回は、()()()新月の「始祖」ベルベッチカ・リリヰを()()()()()連れてきた。


「それは、誰ですか」


 すまん、ゆうくん。許してくれ。私にもわからんのだ。おそらく満月の「始祖」なのだろうが、巧妙にヒトに擬態していて、おおかみなのかヒトなのかすら、見分けがつかない。

 ああ、もうひとつ。新月の「始祖」は、細胞単位での再生が可能だ。どんなに切り刻んでも、焼いても、食べられても。体が揃えば、再生して生まれ変われる。


「ええっ! それって!」


 ああ、ゆうくん。君の愛するベルベッチカを、取り戻すことも可能だ。


「えーと……話が色々あってわかんなくなってきた」


 沙羅、わかった。まとめると、こうだ。

 ひとつ。この村には、ヒト、満月のモノ、新月のモノが混在している。祭りの時、肉を不味そうにしていたヒトがいたはずだ。それは、ヒトの証拠だ。

 ふたつ。満月のモノには「始祖」がいて、他のおおかみをコントロールしている。母体を滅することができれば、コピー達もみな滅ぶはずだ。

 みっつ。新月のモノは、生贄にされ、満月のモノたちに食われた。が、新月の「始祖」である為、復活も可能だ。

 そして、よっつ目。どちらにも、弱点がある。新月のモノは、十字架型の杭で胸を貫くと、刺している間は完全に動きを封じることが出来る。それと、水を恐れる。水に近づきたがらない。これらは新月の「始祖」でも同じだ。満月のモノは、銀の弾丸を打ち込むことで滅ぼすことが出来る。


「それは、満月の始祖にもですか」


 だれも試していないからわからないが、そうに違いないと私は考えている。……これをあげよう。君に残された最後の切り札だ。


「おじいちゃん、それって!」

「正夫さん、それは違法です」


 毅さん、あんたが教師なのは知っているが……どうかこれだけは大目に見てもらえんかの。この村を救うことが出来るのは、今やゆうくんだけなのだ。


「……わかりました。ゆう、受け取りなさい」

「……はい」


 ……


 それは、銀色の、西部劇に出てきたような、回転式の古い拳銃だった。ずっしりと、重い。


「銀の弾丸が一発だけ、入っている。もうそれしかないんだ。……きみに始祖を見抜く力があれば、満月のモノを根絶することができる」


 そういうと、拳銃を持つゆうの手に、おじいちゃんが手を重ねた。


「私も孫娘も、ヒトだ。祭りでは、可哀想に何百人ものヒトが犠牲になった。……どうか、どうか、この村の呪いを断ち切っておくれ」

「この村に、残っているヒトは、だれ?」


 ゆうが拳銃からおじいちゃんに目を移す。


「ほとんどが祭りの日に犠牲になった。おおかみに変えられてしまった。今の時点でヒトと判明しているのは……私と沙羅。毅さんに静さん……君のご両親だね。あと……クラスメイトに橋立という子はいなかったかね。あの子とその両親も……」

「だめです、おじいちゃん。美玲は僕の前でおおかみに食いちぎられました。今日会いに行ったら何事も無かったかのようにいたけど……」

「ああ……だめだったか。その子は手遅れだ。おおかみになってしまった。おそらくご両親も……ダメだろう……」


 リビングに沈黙が流る。


「それで……」


 ゆうが沈黙を破った。


「なんで僕はトマトジュースしか飲めなくなったの?」

「そうか。それがあったな」


 おじいちゃんがゆうを見た。


「それについては私が」


 お父さんが声を上げた。


「ゆうに、言わなければならないことがある」


 お父さんは、ゆうを見てメガネをクイっとした。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ