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ある日の午後、侍女ローザと護衛騎士ミゲルを伴って、私は城下に向かった。 後ろを振り返れば、荒れ地にポツンと建っている防御力ゼロの屋敷が見える。
この申し訳程度の城壁、城門は……有事に役に立たない。 唯一、湖畔に面しているのが取り柄だった。
形式上の見送りの為に、ロデリクス公爵家から遣わされている執事が、エントランスで頭を垂れていた。
確か、ヴィンセントと言ったかしら?
私達は馬を走らせ、占領下にある町へと向かった。
※※※
報告は受けていたが、未だ戦火の名残は此処彼処に残っている。 荒れ野原に真新しい建物が、幾つか建っている。 その新しい建物の一つは商館だ。
その商館に入る私達を、ボロを纏った住人達が建物に寄りかりながら、恨みがましい視線を送っていた。
ここの商談室で私達は、この町の商人の代表や主だった者達と合う約束になっていた。
商館に入ると、実家から引き抜いた商人のルドラとその商人仲間達、それに技術者達が待ち構えていた。 今後の、このゲオルクの発展は彼らに掛かっている。
商談室の壁に貼られた地図を見ながら、皆で今後の展望について相談していると、本日のメインとなる客人達が入室してきた。
ここの商人の代表と町長など主だった住人達だ。
彼らは入室するなり、不平不満を訴えてきた。 当たり前だ。 数年に渡り、この地は戦火に見舞われてきた。 彼らの不安は計り知れない。
そこで、私は練りに練った再建案を打ち出した。 ゲオルクを商業都市として発展させたい。と、構想を地図を指し示しながら話す。
そして、提案する。 私の統治に協力するならば、衣食住の保証はする。また、街道や運河の整備に力を貸してくれれば、キチンと賃金を支払う、と。
そう言って、テーブルの上に一日あたりの代金を広げた。 標準よりも多目に設定した。
テーブルの上で、音を立てて転がる銅貨に彼らは目を丸くする。
「それと、彼と協力して商会や船団を作ってほしい」
そう言って、ルドラ達を紹介した。
ここ、アルセ地区は王都、隣国との中継地に最適なのだが、絶えず小競り合いが続いていた為に、商団は遠回りを余儀なくされていた。
その遠回りをせずに、また、このゲオルクで交易出来れば、交易地まで行く必要が無くなるのだ。 需要はあるはずなのだ。
少なくとも、実家であるペルラ領の商団は賛同してくれ、多額の投資をしてくれていた。 その近隣の商団からも賛同を得ていた。
必ず上手くいく。後は、現地の商人達の気持ちを掴むだけ。 その仕事はルドラが最適だった。
一通り説明を終えた私は、後をルドラ達に任せ部屋を出た。 彼らには悩む時間が必要だ。 ルドラが上手く導いてくれるだろう。
そして、私はローザや実家から引き抜いた使用人と共に、彼らが準備した暖かいスープと柔らかいパンの入った箱を、商館の前に並べた。
「こんにちは。私が新しい領主のコーゼルよ。私の仕事を手伝ってくれるなら、暖かいスープと柔らかいパンをあげるわ」
そう言いながら、商館の前に陣取り、睨みをきかせてくる大人達に語りかけた。
匂いにつられた子供達が、ワラワラと私達の前に集まる。そして、遠巻きに彼らの母親。
「話を聞いてくれてありがとう。 この袋いっぱいに道に落ちている、こういうの、拾ってきてくれる? そうしたら、お腹いっぱい食べさせてあげる」
そう言いながら、麻袋に道端に落ちている小石を入れた。
「簡単じゃん!」
「本当に食べて良いの?」
子供達の無邪気な問いかけに笑顔を返す。 蜂の子を散らすように、麻袋を持ち駆け出す子供達の後から、大人達が恐る恐る集まってきた。
彼らには、より具体的に整地したい場所を指示する。そして、小屋や道路を作れる者がいないか相談する。
そうして、数ヶ月後。 秋の深まりを感じる頃、とりあえず『街』の様相ができてきた。
その間、一度も黒バラ様から連絡はなかった。 それでも、彼の隣は私のモノである事は、変わらないので安心していた。
どうせ、春が来れば会えるのだから。
長い冬に向けて、食糧の確保もしなくてはいけない。暖が取れる様に、薪の確保も。
私達は、初めての冬を越すための準備を、抜かりなく行っていた。
※※※
とある日の昼過ぎ、厚い雲が垂れ込めて太陽が早くも姿を消そうとしていた。 すると、雨が降り始めた。 冷たい雨だった。
そんな中、整備されたばかりの街道を、泥混じりの飛沫をあげ、馬で掛けて来る一団があった。
彼らは真っ直ぐにアルセ地区ゲオルクを目指していた。
ゲオルクの入口となる、街道の脇に置かれている道標の横を、その一団が駆け抜けた。 すると、道標が淡く光って消えた。