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ペルラ邸に着いた私は、案の定、結界に弾かれ屋敷内に入れなかった。
式の使役が、不安定になったのと同じ理由だった。 結界魔法が、私、エレンを認識しずらいのだ。お腹に宿る、新しい命のせいで。
そのため、屋敷の者達、すべてに私が妊娠していることがバレてしまった―――。
先に飛ばしておいた式のおかげで、着替えについては問題なかったのだが、おせっかいな式は、『離縁申し立て』と『ルカスから逃げている』事まで伝えてしまっていた。
確かに、『この状況を伝えて』とは頼んだが………。 ため息を突きつつ、バァヤに事の成り行きを説明する事にした。
しかし、時間はあまりない。 ルカスがペルラ邸に来る前に、ゲオルクへと向かいたかった。
その事を伝えると、バァヤに激怒される。
「妊婦が長距離を………まして、馬で移動なんてあり得ません。 馬車でならまだしも………。」と渋い顔をされた。
私は気が気ではない。 早くしないとルカスに捕まる。
もはや、なぜ、ルカスから逃げているのかも、わからなくなってきた。
※※※
階下が騒がしくなった。 エントランスホールに誰かいるようだ。 二階にある、この部屋にまで騒ぎ声が聞こえた。
(ルカスなのだろうか。 私を連れ戻しに来たのだろうか………。)
バタバタと階段を掛け上ってくる足音に、思わず身構える。
驚くような物音を立てて扉が開かれた。 そこには、怒りを露にした兄の姿があった。
「エレン! 大丈夫か!?」
その後ろには両親の姿があった。
「王妃様から、コーゼル子爵との離縁が成立していると聞いて驚いたわよ」
「王太子との婚約破棄も勝手にすすめて、今回は離縁を認めるだなんて………何を考えているんだっ」
じつは、舞踏会の会場で、王太子の婚姻の日取りを発表した国王が「エレン・ペルラとの婚姻を進めなくて良かった。 彼女はコーゼル子爵に離縁を申し立たてられた。 よっぽどの悪女なんだろう」と、うっかり洩らしてしまったのだ。
それを聞いてしまった回りの貴族達が話を広げ、とうとうペルラ侯爵夫妻達の耳にも届いてしまった。
直ぐに侯爵は、ロデリクス公爵に抗議したのだが、公爵も寝耳に水で、大変驚いていた。
母は、そっと私に近寄って「とにかく、エレンは何も心配しなくていいわ」と、涙ながらに私を抱きしめる。
「あのバカは、追い返してやったから心配するな」
父が誇らしげに報告する。
(やはり、ここまで追いかけてきたのね………。そこまでして文句を言いたいなんて、よっぽど悔しいのだわ)
私は少し、ほんの少しだけスッキリした。 やり返してやった気分だ。
大好きな女が、関わりたくないほど憎らしい女だったのだから、衝撃の強さといったら………、想像するだけで頬が緩む。
「お父様、お母様………」
もう、ペルラの者ではないのだから。と、追い出されるかもしれない。 ―――と、感じていた恐怖が消え失せた。
三人が私を心配して、急ぎ帰宅した様子を見て愛を感じた。
『家族』とはこういう物なのだろう。
それに比べて、コーゼル家は? 妻の侍女と知った上で『不貞行為』を行ったのだ。
この子には……この子は『愛』のある家庭で育てたい。
離縁を決意したその瞬間、私を抱きしめていた母の腕が緩んだ。 そして、私の身体をマジマジと見つめ、視線が上下する。
「あなた………この、お腹は?」
さすが母親。と言うべきだろうか。 かすかに膨らんだお腹や、ふくよかな胸に気が付かれた。
「まさかっ!」
父の顔色がみるみる悪くなっていく。 私の不貞を疑ったのだろう。
慌てて私は、訂正し告白をした。 結婚式初夜の寝室で交わされた『契約』の事。 それに、私が『妊娠』するに至った事情を。
※※※
翌日、ロデリクス公爵が訪ねてきた。 私を、エレン・ペルラを養女として迎え入れたい。と。
「勝手な話だとは思うが、どうか一度考えてみて欲しい」そう言って、公爵は帰っていった。
両親は「良い提案だと思う」と賛成している。
公爵の提案は、こうだ。
養女として迎え入れ、ゲオルクの統治を任せたい。
お腹の子は、紛れもなくルカスの子だと理解している。 いずれは、その子にコーゼル領を任せたい。
兄は眉をしかめていた。 たぶん、私の考えと同じた。
「ずいぶんと、公爵側に都合の良い提案じゃないか?」
「兄様も、そう思う?」
ゲオルクの統治は続けたい。 しかし、コーゼル子爵領のままでは、ルカスに有利だ。
だからといって、ペルラ侯爵領にはできない。
そもそも、褒美としてルカスに与えられた土地の一部なのだから。
それに、常に臨戦態勢である地域なのだ。 いざというときの兵力が足りない。
なぜなら、ペルラ領も国境に位置し兵力を割く余裕がないのだ。
もし、男子が産まれたなら公爵の血筋を継ぐものとして、優遇されるだろう。 でも、女なら? 憎らしい私そっくりな女児になったら?
私は身震いした。 ルカスがエレンにしてきた態度を、我が子にするのだ。耐えられない。
「ゲオルクの民は守りたいけど……」そう言う私の声は震えていた。
そっと兄が近寄り、優しく肩を撫でてくる。
「急ぐ必要はない。向こうは『考えて欲しい』と言っただけだ。期限はない」
※※※
『エレン・コーゼルは不貞を働いて離縁された』
瞬く間に不名誉な噂が、社交会を駆け回っていた。 もともと『夜の毒蛾』と言う、失礼な通り名を拝命していたので、真しやかに囁かれた。
形勢逆転だ。 してやられた。 公爵の策略だろう。
これで、公爵の提案を受け入れなければ、私の、いや子供を含めペルラの名誉をも脅かす。
ルカスの不貞を訴えても、相手が私なのだから、八方塞がりだろう。
端から見れば、ゲオルク限定だが………仲睦まじかった夫婦が離縁するのだ。(本当は、侍女の『ネル』が相手なのだが)
私の方が不利だ。 そんな気がしていた。
「悪女の噂さえ否定していれば………」
今さら後悔しても遅い。 しかし、あの噂が無ければ、私は王太子妃になっていたのだろう。
逃げるか………。でも、それでは『悪女』の噂に抵抗せずに、今の状況に陥った昔の私のままだ。
私は兄を頼る事にした。
※※※
その頃、謁見の間で、ルカスは項垂れていた。
国王に離縁の取り消しを求め出たが、却下された。
「エレン・ペルラのお腹の子は、貴殿の子供では無いのであろう? ならば、離縁すればよいではないか」その一点張りだった。
その上、父である公爵が提案している『養女にしてゲオルクを統治させる』事を呑むようにせまってきた。
「お腹の子供は、確かに自分の子供だ」と声高に唱えてみても、国王は聞く耳をもたない。
「自分の子供を孕んでいる妻と、離縁したがる夫がいるだろうか。 そもそも、貴殿は『白い結婚』を理由に離縁を申し出ている」
もう、ため息しかでない。 このまま『ネル』を『エレン』を手離して良いわけがない。
自分が愛したのは、飾り立てた『エレン』ではなく、素のままの『ネル』なのだ。
言ってみれば、エレンの本質を愛したのだ。と、自分に言い訳をする。
「彼を頼ろう」
稀代の策略家の彼なら、何か打つ手を思い付くかもしれない。
ルカスは、王宮を後にした。




