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後には驚きのあまり、茫然自失となったルカスが取り残されていた。
「ネルがエレンだと!?」
自分の見たものが信じられなかった。 あの傷には、見覚えがある。 が、信じられない気持ちの方が強かった。
「本当にネルはエレンなのだろうか?」
そう考えると、居ても立っても居られない。
ルカスはフロアに戻り、貴族令息として参加しているはずの部下を探した。 ゲオルクで、共にエレンと過ごしていたカイとノア、それにオスカーにも『ネルがエレンである可能性』を聞くことにした。
三人は直ぐに見つかった。 そして、異口同音に「気付いていた」という。
ノアとカイは、山小屋とあの要塞での反乱で、気付いたと言い、オスカーも、街の住民の会話や屋敷の使用人の話で、疑ってはいたという。
「ミゲルは? あの護衛騎士はどうなんだ? 彼は情夫じゃないのか?」
思わず口を突いて出たその言葉に、彼らは笑う。
「主は本当に奥様を見ていないのですね」
「ミゲルは女性ですよ」
護衛騎士との間柄を噂されて、辟易していたエレンの為に、ペルラ侯爵が女性騎士に変えたそうだ。
「かなり有名な話ですよ」と呆れられた。
「ネルがエレンだなんて………。 お腹の子は、確実に私の子だな」
ルカスは頭を抱える。 誰が同一人物だと気付くだろうか。 まったくの別人ではないか。
冷静沈着で温度を感じない悪女と噂されるエレン、方や常に明るく領民の為に駆け回っていたネル。
「―――瞳か」
なぜ気付かなかったのだろう。あのエメラルドの瞳は、そうそう見かけるものではない
ルカスは深く後悔を感じながら、エレンに許しを乞う事にした。兎に角、離縁は取り止めだ。
そこに、王家の役人がやってきて「手続きが完了しました」と書類を渡す。
嫌な予感がした。 恐る恐る受け取るルカスの手元を、カイ達が覗きこんだ。
そこには、離縁承諾書に殴り書きされた、エレンの署名があった。
※※※
急かされるようにタウンハウスに戻ったルカスは、エレンを探す。
しかし、既にもぬけの殻であり、執事は得意気に「追い出してやりました」と、自慢する。
つい声を荒げてしまったが、元はと言えばルカスが彼女を冷遇するように仕向けたのだ。
もはや、後悔しても仕方がない。 急ぎ彼女の後を追いかけなければ。
―――その頃、エレンはペルラ侯爵のタウンタウスへと向かっていた。
少し時を遡る。
部屋を飛び出たエレンは、一刻も早くルカスの目の前から消え去りたくて、宮殿を出てしまったが、エントランスでハタと気が付いた。
(どこに帰ればいいのだろうか……)
ペルラ邸に帰ろうか……。 兄様を捜しに戻ろうと、後ろを振り返るが煌々と照らされている扉の中を眺め、腰が退けた。 賑やかな音楽が、漏れ聞こえていた。
この中に再び入り、ルカスと顔を合わせる恐怖に耐えられるだろうか。
―――否
騙していた。と、怒鳴られるだろうか。 悪かった。と、謝られるだろうか………。
―――たぶん、前者だ。
取り急ぎ、この破れたドレスを着替えなければならない。と、思い至ったエレンは、馬車に乗り込みコーゼル邸に向かったのだが………。
「お帰り下さい。 ここはもう、あなたの帰る場所ではありません」
エントランスで仁王立ちする執事に、追い出された。 きっと、あれは待ち構えていたのだ。
今日、ルカスが私に離縁を申し込む。と、知っていたのだろう。
苦々しい思いで再び馬車に乗り込もうとすると、執事に止められた。
何事かと問うと「あなたはもうコーゼル家の者ではないので、馬車には乗れません」そう言って、彼は馬車に刻まれる紋章をコツコツとノックする。
なんと腹立たしいヤツなのだろうか。
追い立てられるように敷地の外に出され、目の前で、ガチャリと鍵が掛けられた。
ルカスの指示なのか、執事の独断なのか………。悔しくて仕方がない。
私は祈りながら式札を取り出した。 (お願い。出て来て)
私は取って置きを呼び出した。幼き頃から共に過ごした鬼神であり護衛騎士を。
久しぶりにあった鬼神は、異国情緒溢れる装いで、相変わらず眉目秀麗で惚れ惚れする。
「ペルラ邸に連れていって頂戴」そう伝えると、鬼神は頷き、エレンを抱えフワリと浮いた。
※※※
上空から見下ろす王宮は、篝火と宮殿から漏れ出るシャンデリアの明かりで、一際煌めいて見えた。
ぼんやりと眺めていると、一台の馬車が凄い速さで飛び出してきた。
(ルカスだわ)
唐突に、そう感じた。 方角的にコーゼル邸に向かっている。と確信した。
「急いで」
コーゼル邸を追い出された。と知ったら、次に向かうのはペルラ邸だろう。
式札を取り出した私は、祈るように息を吹き掛ける。
と、ガクリと高度が下がった。 鬼神の表情が、不機嫌になっていた。
ちんまりとした式に「バァヤに伝えて。この状況を。あと、着替え一式と、何か羽織る物が欲しいわ」




