4. ダンジョンで乱心されてしまった
「……これでよかったんでしょうか……」
「何か問題でも? ちょっと王国騎士団に本気を出してもらっただけですよ」
「仕事が早くて助かります。流石です! ローレンス様!」
「神官の俺が出る幕が全くなかった……」
私達は、討伐が終わり、道も滑らかに舗装されたダンジョン内を歩いています。あとは最奥の間に行き、浄化の作業を行うだけです。リンデン様とのお話した次の日の午後、ダンジョンに潜る準備をしていました。その時、討伐完了の伝令が来たのです。そして、殿下が貴賓室まで迎えに来られました。私の体を貴人牢から貴賓室へ移したとのことです。その時、罪人を貴賓室へ移すわけにはいかないと高官に止められたそうです。ですから、私の犯した罪は不問にしたと言われました。
「デイジーが君の体で目覚めた場合、牢にいたら可哀想ですからね。特別に貴女の罪は不問にしてあげました」
「……ご配慮、恐れ入ります」
ダンジョン出発前に、自分の体を見に行きます。部屋の中もベッドの上も情熱的な真っ赤な薔薇でいっぱいでした。今まで着たこともない殿下の色の緑と金のと白のドレスを着た私が眠っていました。まるで埋葬されているようで、目眩がしてクラクラしたものです。殿下は、愛の証と思われてるようですが……。こんな事をするだったかしら。幼馴染だけれど、私は殿下のことよく分かってなかのかも……。
魔力で体を調べると、幸いなことに暴走した闇の魔力は少し収まっていました。ダンジョンを浄化すれば、私の体の魔力も鎮まるでしょう。私の体の中に、確かにデイジー様の気配を感じます。夢を見ているようです。イタズラの神パックによって恐ろしい夢を見ているかもしれません。一刻も早く開放してあげなければ!
ダンジョンでの道のりで、殿下が話しかけてきました。
「デイジーと君が元に戻ったら、デイジーに結婚を申し込むつもりです。君の協力的な態度に感謝します」
「……殿下は、デイジー様のどんなところに惹かれたのですか」
殿下は元々、とても冷静な方です。女神様から、火の魔力と数字に強い祝福を授かりました。難しい魔法陣の計算も難解な国政にまつわる数字も、あっという間に理解して対処できるのです。これ程王族に相応しい方はいないと思います。
「そうですね。面白かったんです」
「……は?」
意外なお言葉を聞きました。計算高い殿下のお言葉とは思えません。ご自分のことも私のことも、国政のための駒の一つと思われてたはずです。
「僕は、全てが国政のための駒にしか感じられなかった。でも聖女であるデイジーは、信じられないほど無駄でできている人でした」
「……聖女なのにですか?」
「ええ。例えば、女神様から授かった光の魔力で棒を光らせ、それを振り回して踊るのです。『オタゲイ』というダンスだそうです」
「『オタゲイ』ですか……』
「ええ。それは楽しそうに踊り狂うんです。劇場で評判の舞台を見るときは、バケツのような器にお菓子を詰め、抱え込んで手づかみで食べてました。これがいいのだと笑ってましたね。僕はもうそれが可笑しくて可笑しくて……」
「……おおらかな方だったのですね」
貴族令嬢としてのマナーを学んだことがないのだろう。ああだからこそ、彼女は闇の魔法使いとして忌み嫌われる私にも声をかけてきたのだろう。闇魔法は、死や呪いといったネガティブなイメージが強いのに。殿下は、楽しそうに微笑まれていました。私が見たことのないような笑顔です。胸がツキリと痛みます。皇太子妃になるための過酷な勉強も、交流のためのお茶会をしても、殿下にとって大切なパートナーになれることはなかったのだと分かってしまいました。
「貴女も、デイジーといる時は楽しそうに笑ってましたね」
「……そうでしたでしょうか」
「貴女が手作りのお菓子を持ってきた時、私の毒見役が断りました。デイジーはもったいない、美味しいのにと全部食べてしまった時です」
あの時は、殿下に喜んでもらいたくて、本を見ながら何度も練習したのです。家の料理人達は私を敬遠するので、睡眠時間を削って夜中に作ったものでした。失敗したお菓子はいつのまにか無くなっていました。きっと使用人達に捨てられたのでしょう。
殿下には食べていただけなかったけれど、デイジー様はとても喜んでくれた。とても嬉しかった。
「……とても嬉しかったのです。私が作ったものを食べてもらえて。美味しいって、ありがとうって言ってもらえました」
「分け隔てなく仲良くなるデイジーは、素晴らしい女性です。私は彼女を、どんなことをしても守りたいと思ったのです」
殿下にとって、デイジー様は本当に大切なお方なのですね。私は、自分の体で『オタゲイ』を踊ったり、お菓子を抱え込んで食べる姿を想像して、クスッと笑ってしまいました。はしたないけれど、楽しそうです。
「ローレンス様、最奥の間に着きました。早く浄化して、元の体に戻さなくては! それから義姉さんにおかしな事を教えないでください」
「分かってますよ、エルウッド。デイジーの姿だったので、つい気を緩めてしまったようです」
エルウッドが、私と殿下の間に入ってきました。私の手を取って、部屋の奥にある祭壇まで連れていきます。目は相変わらず、合わせてくれません。寂しいです。
「元に戻ったら、義姉さんに大事な話がある。だから、早く浄化をやって終わらせよう」
「分かったわ」
殿下とリンデン様は、祭壇の下で待機されています。私は跪きました。手を組んで、祈るように浄化の力を解き放ちました。淡い黄金の光が、ダンジョン内を満たしていきます。やがて光は消えて、ダンジョン内は清浄な空気に変わったのです。私は疲れきって、座り込んでしまいました。エルウッドは、私が倒れないように手を握ってくれました。
殿下は、魔道具を取り出して、誰かとお話されてます。通話が終わると、顔色が真っ青です。どうされたのでしょう。心配です。
「どういう事ですか!? デイジーはまだ目覚めないそうです!」
「そんな……」
「もう一度浄化を!」
「ローレンス様、義姉さんにはもう魔力は残ってません!」
「そうですよ、ローレンス様! ダンジョンは浄化されています。一度戻って、女神様のご神託を伺うべきです!」
殿下はしばらく考え込まれました。やがて、ゆっくりとこちらを向かれました。瞳には何の感情もありません。ゆっくりと階段を登ってこられます。
「単純な計算でしたね。デイジーの体に異物が入っている。だからデイジーの魂は戻ってこられない。異物を取り除くべきでした。そうすればきっと…………」
「義姉さん!!」
殿下は私の首を握りしめて、持ち上げました。苦しくてたまらない。意識が遠くなっていきます。遠くに皆さんの声が微かに聞こえました……。
「仮死状態にして、すぐに蘇生すれば大丈夫ですよ。加減の計算は得意です」
「義姉さんを離せ!!」
「ローレンス様! 落ち着いてください!」
「グルル…ウガアアアッ!」
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