調査
ブライトは、羽虫を気にする様子もなく微笑んだ。
「突然の訪問に驚いたよね。僕はブライト・ホーリー。世界警察ワールド・ガードの一員だ」
奴隷たちの間にどよめきがあがる。驚き、戸惑っているようだ。
「ブライトだと……!?」
「世界警察のエースがこんな所に!? 誰か呼んだのか?」
奴隷たちが互いに顔を見合わせて、首を横に振る。
ブライトは朗らかに笑った。
「ドミネーションの調査に来たところ、君たちの事を放っておけなくなってね。いつもこんな時間まで働かされているのか?」
「エリス様の命令と言われて、クタクタになっても休めません」
「当たり前のように鞭や棒で打たれます」
ブライトの問いかけに、奴隷たちは震え声で次々と言葉を漏らした。
ブライトは頷きながら聞いていた。
「酷い扱いを受けていたね」
「本当にそう思います……しかし、逃げる気力も体力もありません」
奴隷たちはうなだれた。
ブライトは首を横に振る。
「救える人々を保護するのは、世界警察ワールド・ガードの役割だからね。君たちだけの問題じゃないよ。僕たちはドミネーションを壊滅させたい。そのためには、君たちが知っている情報を教えてほしいんだ」
「おい、世界警察なんかに情報を漏らしたらエリス様がお怒りになるからな! 絶対にしゃべるなよ!」
奴隷たちを監視していた男がわめいた。ローズの放った太い枝に絡めとられているが、よく吠えた。
「エリス様はシェイド様と並ぶ恐るべき魔術師だからな。世界警察なんか一捻りだ!」
「シェイドなら俺たちが倒した。ブライトさんも協力していた」
クロスが口を挟んだ。無表情で感情が窺えない。
「何事も絶対はない。人々を虐げ続ければ、必ずしっぺ返しが来るものだ」
「こ、小僧が何を言っている!? エリス様は絶対だ!」
「あの女にそこまで期待しない方がいい。身のフリを考えるのなら今のうちだ」
クロスは淡々と告げていた。その瞳には、底知れない闇が宿っている。
「もしもまだ人々を虐げるのなら、俺が容赦する理由はない」
「彼は伝説の魔術を扱うからね。怒ると僕より怖いよ」
ブライトが言葉を添えた。
監視者たちは震えあがり、口をパクパクさせる。
恐怖でまともに反論ができなくなっている。
そんな彼らに追い打ちをかけるように、クロスはゆっくりと問いかける。
「エリスは王城にいるのか? 嘘を言えば容赦しない」
「い、いるいる! いつも俺たちを監視している!」
「こんな時間でも働かないと虐待されるんだ!」
監視者たちは次々にエリスの情報を暴露した。
「全身が動けないようにされたり、ダイヤモンドに閉じ込められたり、赤い液体に切り刻まれた奴を何人も見た! あんな目に遭いたくなくて誰も逆らえないんだ!」
「なるほど……想像がつく。その力で、魔術学園グローイングを侵略するつもりか」
「そ、それは俺たちには分からない。世界警察はボコボコにしたいと言っていたが」
「そうか」
クロスは口の端を上げた。
「厄介な相手だが、対策を練られそうだ」
「さすがだね。頼りになるよ」
ブライトはクロスに耳打ちする。
「雰囲気がいつもと違うのも良かったよ」
「情報を引き出すためにあえてやっております」
「すごいな。本当に助かったよ」
小声で答えたクロスに、ブライトはウィンクした。
「とりあえずイーグル先生に報告しようか……?」
ブライトの表情に困惑と焦りが浮かぶ。
全身をガタガタと震わせて、背負っている十文字槍に手を伸ばしている。
明らかに様子がおかしい。ブライトの額に汗がにじんでいる。
クロスは首を傾げた。
「ブライトさん、連絡用の護符を取りだすべきでは?」
「……逃げてくれ。セイクレド・ライト、ブリリアント・スピア」
突然にブライトが十文字槍を突きだす。
クロスはかわしきれず、左腕から血が流れた。
その場にいる人間たちが悲鳴をあげる。
ブライトの瞳は虚ろになり、首筋に黒いシミができていた。
クロスは走って距離を取りつつ、苦々しく呟く。
「……操られているのか」
ブライトはおぼつかない足取りで槍を構えていた。
クロスは右手で左腕を押さえながら、とにかく走る。
「エリスに人を操る能力がないのなら、厄介な魔術師がもう一人いる。なんとかしないと」




