イクリプスの独白、そして
ブレス王国の王城には、特殊な一室がある。その場所は、ブレス王家を含めてごく一部の人間しか知らない。
寝具や飲食物がそろえられ、隣にはシャワー室もあり、生活には困らない。主に避難用に使われる一室だ。
その一室には大きな特徴がある。
壁や床に複雑な文様が描かれているのだ。文様には魔力封じの効果がある。魔術による不意打ちを防ぐためのものだ。
侵入者に備えているのである。
この部屋の主であるイクリプスは、隅にあるベッドに腰掛けて、苦々しい表情を浮かべていた。
「忌々しい」
今にも誰かを呪い殺しそうな視線を浮かべている。憤怒と殺意を隠していなかった。
「あの銀髪野郎、いつまで僕を煩わせば気が済むんだ」
イクリプスは両腕を組んで歯ぎしりして、思案していた。
銀髪野郎とはシェイドの事だ。とある女奴隷を慰み者にした所、生まれてしまった。そのうえ、女奴隷共々逃げ出したのだ。
シェイドたちが逃亡に成功した事で、イクリプスが買い取っていた奴隷たちの中で、逃げ出そうとする人間が一気に増加した。その多くは捕らえたり、殺したが、イクリプスはブレス王国内外から非難の的になった。
「僕がどれほど惨めな想いをしたか……」
ブレス王家から蔑まされ、人前に顔を出せなくなった。
思い出すだけで、はらわたが煮えくり返る。
ブレス王家との隔絶は、犯罪組織ドミネーションとあっさり手を組むきっかけとなったのだが、幹部にシェイドがいるとは思っていなかった。
シェイドが幼い頃は圧倒的な優位を保っていたが、今は危うい。
「魔術学園グローイングで厄介な魔術を身に着けたし、一刻も早く消したいな。エリスに過度な期待はできないし」
イクリプスの瞳に、暗い感情が宿る。
「セレネ一人を操って倒せる奴じゃないけど、いい手駒はいないかな」
そこまで口に出して、イクリプスの口の端が上がる。
「手駒を引き寄せればいい」
イクリプスの魔力なら、たいていの人間を操れる。一定以上の実力の魔術師たちを操り、シェイドを倒させればいい。
イクリプスは怪しい笑いが止まらなくなった。
「シェイドを捕まえるために、世界警察ワールド・ガードの面々か魔術学園グローイングの誰かが来るだろう。ブレス王家やトワイライト家でなければ操れる。あの強気な女が来てもいい。楽しみだな」
イクリプスが笑いを抑えられなくなった頃に。
あの強気な女ことローズは、クロスの家でくしゃみをしていた。
「……変ね。風邪はひいていませんし」
マークとベルの作った料理を口に運びながら、首を傾げる。夕飯を食べているのだ。
ローズの隣に座るフレアは、心配そうな眼差しを浮かべる。
「風邪は誰でもひくものだから、身体を大切ね」
「分かっておりますわ。美味しいものを食べて元気になりますわ!」
ローズは得意げに胸を張って、スープを口にする。
フレアは微笑んだ。
「すぐに元気になりそうで良かったわ」
「元気になるのはいいが、遠慮を覚えてほしい。食材はタダではない」
フレアの前に座るクロスが、苦言を呈する。
「誘っていないのに来るのはやめてほしい」
「この私が庶民の家で食事をするなんて、特別ですわ。ありがたく思いなさい」
「ありがたく思えないから言っている……!?」
クロスの表情が変化する。
両目を見開き、生唾を呑み込んでポケットをまさぐる。
世界警察ワールド・ガードが連絡に用いる、白い護符を取り出していた。
護符は光っていた。
フレアは感心した。
「まだ持っていたのね」
「失くすわけにはいかないからな」
クロスは護符を手のひらに乗せる。
すると護符から、十文字槍を背負う、紺色の警備服を着た金髪の半透明の男が現れた。
ブライトだった。今現在、この場にいるわけではないが、護符の魔力で虚像が浮かび上がっていた。
マークとベルが物珍しそうに眺める。
「俺ほどじゃないが、なかなかだな」
「素直にイケメンと言ったらどう?」
二人の会話を聞いて、ブライトは微笑んだ。
「お褒めに預かり光栄だよ。クロスもよくこの護符を持っていたね」
「ブライトさんから預かっている大切な護符ですので。緊急の連絡があればきっと知らせてくれると思いました」
「ありがとう、助かるよ。今回も厄介な事かもしれない」
ブライトが真剣な顔になる。
その場にいる全員が押し黙り、耳をすませた。
ブライトは一呼吸置いて説明を始める。
「シェイドが戻ってこない。捕らえている犯罪組織ドミネーションのエージェントの話では、ブレス王国に行ったようだ」
「ブレス王国……何のためでしょうか?」
クロスが疑問を呈すると、ブライトは首を横に振った。
「エージェントの話では、シェイドはセレネの様子を見に行ったそうだが、裏は取れていない」
「セレネもブレス王国にいるの!?」
フレアが両目を丸くした。
ブライトは苦々しい表情で頷いた。
「セレネは世界警察ワールド・ガードの本拠地を抜け出している。どうやって逃げたのか調査中だ。ブレス王国にはエリスがいるし、嫌な予感がする」
「嫌な予感って?」
フレアが尋ねると、ブライトは深い溜め息を吐いた。
「犯罪組織ドミネーションの幹部とエージェントが合流したのなら、大きな事ができるだろう。世界警察ワールド・ガードの本拠地はもちろん、魔術学園グローイングが攻め込まれるかもしれない」




