エリスの追及
ブレス王国の王城は、エリスのお気に入りが住んでいる。お気に入りたちは、エリスのご機嫌取りに必死である。
エリスのご機嫌を損なうと、虐待されたり殺されたりするからだ。
エリスのどんな言動も賛同しなくてはならない。それが例え、誰かを犠牲にするものでも。
今回の犠牲者は、美しい女性だった。
エリスの命令で、彼女はずっと一人で踊らされている。巨大なシャンデリアに照らされた大広間で、大きな円を描くようにステップを踏み、演奏団の奏でる音楽に合わせて全身を優雅に動かしていた。
裾の広いコバルトブルーのドレスを揺らし、腰まで伸ばした銀髪を振り乱す。色白の肌に汗が滲み、青い瞳は憂いを帯びていた。
「素晴らしいわ、セレネ」
エリスはひときわ豪奢な椅子に腰掛けて、賞賛の拍手を送る。踊るセレネの指先はしなやかに伸び、髪の毛一本まで美しく舞っていた。
音楽が止むと同時に、セレネはエリスの前で深々と礼をする。
「お褒めに預かり光栄です」
「素敵だったわ。あなたにこんな才能があったなんて」
エリスは無邪気に両目を輝かせていた。
セレネは胸を撫で下ろす。
実はセレネにダンスの経験はほとんどない。犯罪組織ドミネーションのエージェントの中には、貴族に扮する事を想定して訓練される事もあるが、セレネはダンスの作法を聞きかじった程度に過ぎない。
彼女は自ら戦場に立つ事を選んでいた。
とある男を手助けするためだ。何度も止めても一人で戦闘をしたがる男だ。
セレネは、その男がエリスに侮られないように振る舞った。あの男の部下は大した事がないと言われないように。
その甲斐あって、エリスを満足させる事ができた。
「本当に良かったわ。心からあなたが欲しくなったわ」
エリスは立ち上がり、たおやかな手でセレネの両頬を包み込む。
エリスは、両目を見開くセレネに顔を近づける。
「そのまま聞いて。あなたの本音を知りたいの」
甘くささやくような声が、セレネの耳朶に届く。セレネは生唾を飲み込んだ。今まで命をかけた戦闘を経験しているが、こんなに緊張するのは稀だ。エリスの微笑みから、胸を締め付けられるような圧を感じる。
「もうキスは済ませたかしら?」
あまりにも遠慮のない問いかけに、セレネは両肩を震わせた。
エリスは顔を近づけたまま、クスクス笑う。
「相手が誰かなんて無粋な質問はしないわ。たった今塗り替えてあげればいいのだから」
エリスの顔が近づく。
明らかに唇を寄せようとしている。
セレナは咄嗟に、エリスを突き飛ばした。
声は出なかった。しかし、身体が無意識に抵抗した。
その抵抗が気に食わなかったのか、エリスの表情が露骨に歪む。
「ドミネーションの幹部である私に逆らうの? 立場を分からせる必要があるわね。ファントム・ジュエリー、ヴェイカント・シェル」
エリスが魔術を放つと、セレネの足元に複雑な白い紋様が描かれる。セレネはうめき、逃げようと考えるが、全身が貝になったかのように動かない。
エリスは、柄に宝石をはめ込んだ短剣を取り出し、セレネの長い銀髪を掴む。
「綺麗な銀髪だけど、あなたには邪魔でしょ?」
エリスが短剣を振りかぶる。
セレネは悲鳴をあげたかったが、口から微かな吐息を漏らす事しかできなかった。
明らかに理不尽だ。しかし、誰もエリスを止める事ができない。
そんな時に、異変が起きた。
セレネの影から男が出現した。長さのそろわない銀髪を生やした男で、左手の指に二本の花を挟んでいる。
「イービル・ナイト、シャドウ・バインド」
男は問答無用で魔術を放っていた。
エリスの影が不自然に歪む。エリスの腕は振りかぶったまま止まった。
セレネの身体に自由が戻る。今まで踊らされた疲労と緊張からの解放で、ふらついた。
「シェイド様……いらしてくださったのですね」
セレナは掠れた声を発しながら、なんとか意識を繋ぎ止めようとしていた。
シェイドは、ふらつくセレネを引き寄せて、動きを止めたエリスを睨んでいた。
「言いたい事が多すぎるぜ」
シェイドの声はいつもより低く、怒りがこもっていた。
「まずは俺が死んだなんてデマを流した事だ。おかげで数多くの人間が振り回されたぜ」
鋭い眼差しを受けて、エリスは微かに口を動かす。
「ファントム・ジュエリー、エンジェル・ブラッド」
エリスの頭上に、赤く煌めく光の輪が生まれる。神々しいが、どことなく不気味しい。
赤い輪は光の粒を撒き散らし、エリスの周囲に降り注ぐ。赤い光の粒と、エリスの影が混じり合う。
天使の血は、エリスの思い描くものを自在に作る。本来の自分の影もお手のものだ。
やがてエリスの影は元通りになり、エリスの身体も動くようになっていた。
「酷い人ね。いきなり魔術を放つなんて」
「それはこっちのセリフだ。セレネに手を出しやがって」
「先に手を出したのはセレネよ。この私を突き飛ばしたの。しっかり躾けなくちゃ」
「人を躾ける前に、あんた自身の思い込みをどうにかしろよ。あんたが流したデマのせいで、エージェントが六人も命の危険に晒されたんだ」
シェイドの眼光が鋭く光る。
エリスは小首を傾げた。
「さっきから私が悪いような言いようだけど、本当にそうかしら? 神から与えられた任務を無視して、世界警察に捕まったのは誰だったかしら?」
エリスの指摘に、シェイドは歯を食いしばった。
シェイドの任務は、才能ある人間に魔術指導を行い、ドミネーションの味方を増やす事だ。
エージェントを庇い、サポートする事ではない。戦闘になって敗北して捕まるなど、もってのほかだ。
エリスは追及を緩めない。
「そもそもあなたが捕まったから、誰も情報を修正できなかったのでしょう? 私たち幹部は、エージェントを何人犠牲にしても身を守るのが義務なのに」
「……神から与えられた任務は遂行途中だった」
嘘ではない。
フレアを引き入れようとしたし、クロスを連れ戻そうとしたのは本当だ。成功すれば犯罪組織ドミネーションの勢力は爆発的に拡大しただろう。
「そもそも、あんたがセレネに手を出していい理由は無いぜ」
「先に手を出したのはセレネよ。さっきも言ったでしょ?」
「セレネが幹部相手に抵抗するなんて、よほどの事だ。短剣で切りつけようとした事は神に報告するぜ」
「あらあら、結局は他人頼みなのね。呆れたものだわ」
エリスは悩ましげに溜め息を吐いた。
シェイドのこめかみはひくついていた。
「神の判断を仰ぐより、この場で決着を付ける方がお互いのためかもな」




