めんどくさい
燃え立つ炎のような赤髪を生やす囚人服の男が、独房の扉の傍で耳をそばだてていた。
世界警察ワールド・ガードの面々の足音が慌ただしい。いたか!? そっちはどうだ!? などと怒鳴る声も聞こえる。
「誰かが逃げたな」
赤髪の男ダスクはほくそ笑んだ。
日頃敵対している人間たちが慌てふためくのは愉快であった。
「俺もさっさと逃げてドミネーションに貢献しないと」
魔力封じの手枷をはめられているが、その目は野心に燃えている。
現在ダスクの脱走を警戒している人間はいないだろう。
「頃合いを見て扉を蹴破ってやる」
「やめておけ。あんたはここにいた方が安全だ。厄介な敵がいるからな」
後ろから唐突に低い声が聞こえた。
独房にはダスク以外に誰もいないはずだったのだが、いつのまにか侵入を許し、背中をとられたのだろう。
ダスクは咄嗟に後ろ回し蹴りをするが、空気をかすっただけだ。
「どこのどいつか知らないがドミネーションのエージェントを舐めんな!」
「あんたらの仕事はよく分かっているつもりだぜ」
低い声の主が口の端を上げた。長さのそろわない銀髪を生やした男だった。左手の指に、二本の花を挟んでいる。
追撃を掛けようとしていたダスクは虚をつかれて、両目をパチクリさせる。
「シェイド様、何しにきたのですか!? あなただけでも逃げればいいのに」
「あんたの話を聞きたい。あと、俺の事はシェイドでいい」
「俺が語れる話なんて、可愛い女の子にフラれまくったエピソードくらいですよ」
ダスクの顔面が真っ赤になった。よほど悔しかったのか、両目を潤ませている。
シェイドは呆れ顔になった。
「失恋の話なんて強制しねえよ。分かる範囲で現状を聞かせろ」
「それならすぐに話せますよ! 脱走した人間がいるようで、世界警察の奴らが慌てています」
「脱走か……世界警察ワールド・ガードの奴らがあえて外出させたわけじゃねぇな」
シェイドは左手の指に挟んだ花を見つめて、溜め息を吐いた。
「こりゃめんどくさい事になったな。セレネの魔力特性が無かった。いなくなったのは間違いないぜ」
シェイドの魔術にはシャドウ・テレポートがあり、影を自在に移動できる。魔力特性を把握している人間がいれば、その人間の傍を狙って出現できる。
シェイドは改めて世界警察ワールド・ガードの本拠地で、セレネの魔力を探してみた。
しかし、感じ取る事はできなかった。
ダスクがふむふむと頷く。
「セレネ一人で脱走したのですね。ところでシェイド様、その花はセレネへのプレゼントですか? 綺麗ですが、花言葉は確認した方がいいですよ」
「ちげぇよ。フレアの魔術指導をしたらお礼にくれたんだ」
「フレアの魔術指導……?」
ダスクは訝しげにうなった。
「シェイド様はまた女をたらしこんだのですか? よりにもよってブレス王家を」
「何の話だ?」
「失礼しました。男もたらしこんでいましたね」
ダスクは真顔で深々と頷いた。
シェイドは口元を引くつかせた。
「言いがかりはそのへんにしろ」
「そうですね。シェイド様はセレネ一筋でしたね」
「そろそろ死にたいと解釈していいな?」
シェイドの全身から黒いオーラがにじみ出る。
ダスクは何度も頭を下げる。
「すみませんでした、まだ内緒だったのですね、空気が読めずに申し訳ございません!」
「いろいろツッコミ所はあるが、まあいい。俺はセレネを追う」
シェイドが溜め息を吐くと、ダスクはニヤついた。
「きっとセレネが喜びますよ」
「そんなつもりはねぇよ。さて、どこにいるかな」
シェイドは自らの影に足首を沈めた。影という影を感知し、セレネの魔力特性をしらみつぶしに探していく。
シェイドの左目に、モノクロの景色が映し出される。
北の都にいるドミネーションのトップの傍ではない。東のストリーム村にもいない。魔術学園グローイングに潜入したわけでもない。
「まさかブレス王国跡地か? あんなに嫌っていたのに」
セレネはブレス王家を嫌っている。ブレス王国の跡地に足を踏み入れる事さえ拒否をする。
しかし、念のために感知してみる。
そして、ブレス王国跡地の王城にセレネの魔力特性を感じ取った。
「なんでだ? エリスもいるし、まだ強力な魔力を感じるぜ」
シェイドの額に嫌な汗がにじむ。
セレネとエリス以外の魔力があるのは間違いない。しかし、どんな魔力であるのか分からない。
「高度に隠してやがる。いや、俺が知らず知らずのうちに操られてブラインドを掛けられているのか……?」
「さっきから何を言っているのですか?」
ダスクに呼びかけられて、シェイドはいつにも増して独り言が多い事を自覚した。
「セレネの居場所は見つかったぜ。嫌な感じがする」
「あの憎きブレス王国の跡地ですからね」
「そうじゃねぇよ。セレネが無事とは限らねぇんだ」
「そうなのですか!?」
ダスクは両目を見開いた。
シェイドは舌打ちをした。
「とにかく行ってみるか。エリスだけでもめんどくさいが、仕方ねぇ。イービル・ナイト、シャドウ・テレポート」
シェイドは自らの影に身体を沈めた。
完全に姿が見えなくなった後で、ダスクは溜め息を吐く。
「めんどくさい人だ。あれでセレネへが好きなのを隠しているつもりなんだ」




