ブレス王国の跡地
魔術学園グローイングで凱旋パーティーが行われている時間帯に、ブレス王国の跡地は軍事進攻の準備をしていた。戦闘のために訓練された人間はほとんどいないが、数多くの人間が武器を持たされていた。
「こんなのいきなりどうやって使うんだ……」
剣を持たされた農夫がぼやく。
日頃は鍬を振るって畑の世話をして、エリス達に野菜を収めていた。しかし、急に呼び出されて軍人として組み入れられた。
当然のことながら戦闘の経験はない。剣の振り方も知らない。
しかし、悪夢の魔術師シェイドを倒した連中と戦わされるのである。
「死にたくねぇ……」
男の嘆きは周囲に広がる。
嗚咽を漏らしたり、座り込む人も出てくる。
そんな人々に向かって、魔術が放たれる。
「フリーズ・オーラ、アイス・アロー」
術者である青髪を肩まで伸ばした女が、舌打ちをしていた。黒い修道服に身を包んでいる。
周囲の気温が急激に下がり、術者の女を中心に、無数の凍てつく矢が放たれた。
氷の矢は人々に襲い掛かり、浅い傷を付けていく。
嗚咽や愚痴を漏らしていた人々が、うめいて倒れこむ。
起き上がれない人々に軽蔑の眼差しを向けながら、術者の女は冷徹に言い放つ。
「シェイド様の仇を討つ栄誉が与えられるのに、なんてざまだ。嫌ならこの場で死ぬといい」
「グレイス様、おいらたちは死にたくないです」
農夫が息も絶え絶えに訴える。
術者グレイスはいらだちを露わにした。
「立たないなら殺す」
グレイスのいらだちに応えるように、大柄な男が数人、鞭を振るいだす。
起き上がれる体力のある人間はまだ良かった。おぼつかない足取りで立ち上がり、忠誠を誓う事ができる。
「偉大なるドミネーションのために戦えるなら本望です」
震えながら武器を掲げる。
本心ではないのが見え見えだ。
グレイスは溜め息を吐いた。
「もっとやる気を出してほしいが、大目に見てやる。今はシェイド様の仇討ち、そしてブレス王家の滅亡が最優先だ」
グレイスは魔術を消す。周囲の氷は溶けていった。
しかし、人々の苦痛はしばらく消えない。荒い息をしながら倒れこんだままの人もいた。
王城は慌しかった。
軍事のために使用人が様々な準備をしていた。
すべてはエリスのためだ。
正確には、エリスに殺されないためだ。
人々の恐怖の対象であるエリスは、王室で優雅にくつろいでいた。
かつてはブレス王国の国王が座っていた玉座で、足を組み、悩ましい表情で白ワインを口にする。
「美味しいのだけど、物足りないわ。美しい注ぎ手がいないと」
エリスが白ワインを注いだ使用人に視線を移す。
使用人は身を震わせてその場で両膝をついた。
「も、申し訳ありません!」
「謝って許されない事があるのも分かっていますね?」
エリスに問われて、使用人は頭が真っ白なまま頷いた。否定や疑問を口にすれば、虐待されるか殺される。
エリスは微笑んだ。
「美しいものを連れて来ておくべきだっだでしょう。クロスがいいわね」
「は、はい! すぐに連れてきます!」
使用人は慌てて立ち上がり、走って部屋を出ていく。
エリスは両目をパチクリさせた。
「あの人に勝てる相手ではないのだけど……まあ、いいわ。勝手に逃げたのだし、後でしつけましょう」
エリスは白ワインを飲みほした。
「クロスはいつか連れ戻して、早く使いたいわ。本当はセレネもいるといいのだけど、きっと死んじゃっているわね」




