長官の怒り
世界警察ワールド・ガードの長官グランドは鬼のような形相になっていた。
巨大なハンマーを握る手に力を込めて、腰を落として深く息を吐く。
「フィジカル・アディション、パワー・チャージ、スピード・アップ」
グランドの全身とハンマーが茶色い燐光を帯びる。
標的を見据えて一気にダッシュを駆ける。
最初の標的は、クロスだった。
「見損なったぞぉぉおおお!」
「話を聞いてください! カオス・スペル、リターン」
クロスの魔術により、グランドの燐光が消えた。
しかしグランドの勢いは衰えない。
「問答無用!」
グランドが雄叫びをあげて巨大ハンマーを振るうと、クロスは川へ吹っ飛んで、流されていった。
フレアは悲鳴をあげる。
「クロス君、そんな!」
フレアは逡巡した。放っておきたくない。しかし、フレアは泳げない。クロスを助けに行くのは自殺行為だ。
フレアが迷っている間に、セレネが呪文を唱えていた。
「アクア・ウィンド、ルースレス・ナイフ」
風が見えない刃となって、グランドに襲い掛かる。
同時にグランドも魔力を放つ。
「フィジカル・アディション、プロテクト」
グランドは再び茶色い燐光を帯びる。
風の刃はギィンと耳障りな音を立てて弾かれた。
グランドは一気にセレネと距離を詰める。
「死ねえぇぇええ!」
巨大ハンマーをくらって、セレネが川に吹っ飛んだ。悲鳴をあげる間もなかった。クロスと同じように流される。
シェイドが驚愕した。
「おい、嘘だろ!?」
シェイドは自ら川へ飛び込んだ。
グランドの暴走は止まらず、巨大なハンマーがフレアに襲い掛かる。
「次は貴様じゃああぁぁああ!」
「えええええ!?」
フレアは咄嗟にしゃがんでかわす。
グランドは怒りのままに、フレアへ追撃を掛ける。
「まだまだああぁぁああ!」
しゃがんだフレアに向けてハンマーを振り下ろす。
フレアは直視できずに、目をつぶった。
バースト・フェニックスを唱える余裕もなかった。
「いやあぁぁあああ!」
ただただ悲鳴をあげた。
呪文を唱える時間など皆無であった。
怖い。死にたくない。そんな感情が高ぶる。
ハンマーに打ち付けられたら、痛いだろうか。死ぬのだろうか。
全身が震えて、足が思うように動かない。覚悟を決めるしかない。
しかし、ハンマーに打ち付けられる事は無かった。
代わりに、グランドが叫んでいた。
「なあにぃぃいいい!?」
いつまでたっても攻撃が来ない。
フレアが恐る恐る目を開けると、自らが赤い燐光に包まれているのに気づいた。
グランドのハンマーは半分ほど溶けていた。
グランドは腰を抜かした。
「そんなバカな、なんという魔力じゃ! これが噂の破壊活動か!」
「うう、ごめんなさい」
フレアは否定する事ができず、涙声になった。
天高く赤い柱がのぼっている。早く止めないとここら一帯が焼け野原になるだろう。川も干上がるかもしれない。
「……止めないと」
フレアは意を決して集中する。
「自分でやった事は自分で責任を取らないと」
両手を合わせて、柱が収束するイメージを強める。強い抵抗を感じた。息もできなくなるような圧を感じた。
しかし、フレアはイメージをやめない。
「もうみんなに迷惑を掛けたくないの。バースト・フェニックス、お願いだから抑えて!」
フレアの強い願いが通じたのか。
柱の広がりが止まった。
フレアは歓喜の声をあげた。自力で柱の広がりを止めたのは初めてだ。
「や、やったわ!」
フレアは飛び上がりそうになった。
しかし、ある事に気付く。
「……消えてくれないわね」
フレアの感情と魔力に呼応しているのだろう。フレアは動揺を隠せないでいた。
「どうしよう……どうすればいいの?」
グランドがよろよろと立ち上がって魔力を放つ。
「フィジカル・アディション、リストレイン」
光の柱の周囲を、土色の巨大な鎖が締め付ける。
「やった!」
フレアは歓喜の声をあげた。
しかし、破裂音がして鎖が砕かれ、燃え尽きた。光の柱はすぐに赤い色に戻る。
グランドは苦々しい表情を浮かべた。
「拘束の魔術が全く効かぬ……ぐぬぬ、我ながら情けないが、どうしようもない」
「そんなぁ……」
フレアは泣きそうになった。
柱を消せなくては、いずれまた広がるだろう。
脳裏に様々な人の顔が、走馬灯のように流れた。
その中でも特に強く思い描いた人がいた。出会った時からフレアの魔力の暴走を止めて、フレアを気遣ってくれた。
いつもフレアを守って、助けてくれた。
ほんの少しフレアを疑ったが、ちゃんと説明をすれば誤解はきっと解けるだろう。
今はただ会いたい。
「クロス君……お願い、助けて」
フレアの声は消え入りそうだった。




