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暴走聖女と魔術学園  作者: 今晩葉ミチル
新たな動き
27/112

旅立ち

 ホーリー家に向かう途中で、フレアの胸の内はいっぱいになっていた。クロスの家の温かみに触れて、感激していた。

 クロスは両親と血がつながっていない。しかし、確かに愛情を注ぎ合う家族であった。

「……ホーリー家はどうなのかな」

 フレアは朝焼けに向けて呟いた。不安げな口調であった。

 みんな優しくしてくれた。ブレス王家の生き残りだからという理由なら、寂しくて悲しい。

 しかし、愛情を注いでくれたのは事実だ。感謝しなければならないだろう。


「私の気持ちをちゃんと伝えなくちゃ」


 フレアはしっかりと前を向く。

 どのような対応をされても、落ち着いて受け入れるつもりだ。

「私は立派な魔術師になるんだから。取り乱して暴走しないようにしなくちゃ」

「そうだな、感情の高ぶりに気を付けた方がいい」

 隣を歩くクロスが口を挟んだ。

「おまえはまともに呪文を唱えなくても、魔術を行使できる。羨ましい素質だが、慎重に扱った方がいいだろう」

「ありがとう。クロス君に言われると、ちゃんとできそうな気がするわ」

 フレアは微笑んだ。

「もうすぐホーリー家に着くわ。クロス君も挨拶をする?」

「遠慮しておく。貴族の家は苦手だ」

「分かったわ。待たせたらごめんね」

 フレアがまぶたを伏せると、クロスはフレアの頭をポンポンと軽く叩いた。

「謝る必要はない。しっかりと自分の気持ちを伝えてこい」

「うん、ありがとう。行ってくるね!」

 フレアは片手を振って走った。悲しみや不安を吹っ切るように。

 クロスの雰囲気は普段どおり落ち着いているのが、勇気を与えてくれた。


 ホーリー家の屋敷にたどり着くと、金髪の夫婦が立っていた。

 ホーリー家の主とその妻である。フレアの育ての親たちだ。

 二人とも神妙な顔付きである。

「世界警察ワールド・ガードからブライトが倒れたと聞いた。フレアも辛かっただろう」

 先に切り出したのは、父の方だった。端正な顔立ちで、年齢より若く見られる事が多い。

 そんな父の言葉を取り次ぐように母が口を開く。

「お家に帰って身を守りましょう。これ以上、私の子に何かあったら耐えられないわ」

 フレアは唇をかんだ。

 育ての親たちは、純粋にフレアを心配している。守ろうとしている。

 巣にこもるひな鳥のお世話をするようなものだろう。

 しかし、フレアは知ってしまった。

「私はあなたたちの子供ではないのでしょう」

 口に出した言葉は、フレアの胸に冷たくしみわたる。

 育ての親たちは口を半開きにして、言葉を失っている。

 フレアは深呼吸をした。

 泣きそうになるのをこらえて、なんとか笑顔を作る。


「シェイドから聞いたわ。私はブレス王家の生き残りなのでしょう」


 返事はない。

 育ての親たちは何を考えているのか分からない。

 だましてきた罪悪感か、勝手に真実をバラされた憤りか。

 おそらくどんな答えも、フレアの心に響かなかっただろう。

 フレアは続ける。自分の気持ちを伝えるために。

「私はあなたたちが大好きよ。本当に優しくしてくれたし、お世話になったわ。それだけを伝えるために、ここに来たの」

 フレアは深々とお辞儀をした。

「今までありがとう。私はもう旅に出るけど、お互いに元気でいましょう」

 頭を上げようとした。

 その時に、フレアの身体を、育ての親たちの両腕が包んだ。

 フレアは一瞬何が起こったのか分からなかった。


 ただ、温かいものに包まれて、雫が頬を伝う。


 雫はフレアが流したものではない。


 育ての親たちが泣いていた。

「ご無礼お許しください」

「不敬罪というのなら甘んじて受け入れます」

 父と母は、それぞれ言葉を紡ぐ。

「僕たちはどうなってもいい。ただ、ブライトの気持ちを伝えさせてほしい」

「あの子は、あなたを本当の妹だと思っていました。血がつながっていないのは承知でしたが、大切な家族だと思っていました」

 父と母は、嗚咽を漏らしながら続ける。

「僕たちは親として不甲斐なかった。ブライトばかり危険に晒した挙句に、妹を傷つけてしまった。長い間だましてしまった」

「何と言ってお詫びすればいいのか分かりません。でも、これだけは信じて。ブライトは、あなたを何よりも大切に思っていました」

 育ての親たちは、フレアからそっと離れた。

 フレアの前で跪いて、涙を拭う。

「どんな処罰も受け入れます」

「あなたの本名は、フレア・ベネボレンス・ブレス。慈悲あるフレア様に神の祝福を」

 フレアは全身を震わせた。

 彼らに何か言わないといけないと思った。しかし、うまく言葉が出ない。

 フレアを家族として大切に思っていたのは、ブライトだけではないだろう。真実を隠してフレアを守る事に、葛藤もあっただろう。

 フレアの身を案じた故に、苦しんできたのだろう。


「ごめんね……」


 一筋の涙と共に、一言が零れ落ちた。


 もしもブレス王国が犯罪組織ドミネーションに滅ぼされなかったら。もしもフレアがもっと強かったら。

 後悔だけが胸を満たす。

「みんなは何も悪くない」

 涙を拭おうとするが、次々と零れ落ちる。

 感情が抑えられないと自覚した時には、フレアの全身に赤い燐光が生まれていた。足元が焼け焦げる。このままでは暴走するだろう。


 そんなフレアの両肩を、何者かが優しく掴む。


「カオス・スペル、リターン」


 肩越しに振り返ると、クロスがいた。

「なんとなく嫌な予感がして来てみたが、相変わらずだな」

「ごめん、本当に。ごめん……」

「謝るより先にやる事があるだろう。おまえの両親が跪いたまま、おまえの判断を待っている」

 フレアはハッとした。

 感情が高ぶったのはフレアだけではない。

 クロスが微笑む。

「うまくまとめようとしなくていい。本心を言ってやれ」

 フレアは頷いた。

 安心して言葉を紡ぐ。

「私は処罰なんてしないわ。感謝のために何かやりたいくらいよ。私だって、みんなを家族と思ってきたわ。これからもずっと、私たちは家族よ。私は旅に出るから、ちょっと別れるけど」

 フレアは太陽のような明るい笑みを浮かべた。

「私はフレア・ホーリー。帰ってきたらお出迎えしてね」

「……今までどおりに振る舞っていいのですね」

 父が確認する。

 フレアは当然のように頷いた。

 母は微笑んだ。

「いってらっしゃい。気を付けてね」

「行ってきます!」

 フレアは元気に片手をあげて、歩き出した。

 血のつながりがなかったとしても、帰る場所がある。


「みんな大事な家族だよ」


 フレアは鼻歌まじりに呟いた。足並みは軽くなる。

 そんなフレアの後を、クロスは微笑みながらついて行くのだった。

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