悪夢の魔術師
ブライトは十文字槍でシェイドに突撃をかける。闇色の異形のものが代わりに突き刺さって消滅し、新たな異形のものが出現する。
異形のものがブライトに攻撃すれば、魔力のこもった十文字槍が迎撃する。
互いに一瞬の隙も許されない攻防だ。
そんな死闘が長引いた。
ブライトの呼吸はだんだんと荒くなっていく。
「短期決戦に持ちこめなかったか……」
何度も魔術を放ち、異形のものを消滅させた。
しかし異形のものたちは次々に召喚されてブライトに襲い掛かる。
「シェイドを仕留めないと、異形のものたちが消えないのは分かるんだけどな……」
ブライトの表情に焦りが生まれる。
シェイドは目と鼻の先だと思っていた。しかし、あと一歩のところで異形のものたちに阻まれる。
ブライトの魔力は削られる。昏倒するのも時間の問題だ。
「ちょっと格好をつけすぎたかな」
世界警察ワールド・ガードの他のメンバーは置いてきた。シェイドは相手の魔力を奪う。利用されたら厄介だと思って一人で来た。
しかし、勝ち筋が見えない。
十文字槍を地面に突き刺す。
「頼む、決まってくれ。セイクレド・ライト、シャイニング・ゴッド」
祈るような想いで魔術を放つ。勝てるとすれば、シェイドの魔力が尽きている時くらいだ。
異形のものたちを召喚する余力が無ければ、あとは十文字槍で刺すだけだ。
槍を中心に神の光が部屋一面に広がり、異形のものたちを消滅させる。
ブライトの足元はふらついたが、しっかりとシェイドを見据える。
「これで終わりだ! セイクレド・ライト、ブリリアント・スピア」
魔術により輝き、スピードをあげた十文字槍がシェイドに突撃する。
異形のものたちはいない。
これが最後のチャンスだろう。
ブライトは雄叫びをあげて槍を突きだす。
しかし、シェイドはほくそ笑んでいた。
「残念だがまだ続くぜ。イービル・ナイト、ロバリィ」
十文字槍の光が一瞬にして色彩を変える。漆黒の闇に蝕まれていた。
闇がブライトの両手に届く寸前で、ブライトは魔術を消した。あと少し魔術を消すのが遅れていたら、ブライトの両手は闇に呑まれていただろう。
この間に異形のものたちが召喚されて、ブライトに襲いかかる。
ブライトは後方に跳んで避けたが、そこで限界がきた。
力無く両膝をついた。
「恐ろしいな……まさに悪夢の魔術師といったところか」
「あんたに膝をつかせてせいせいしたぜ」
シェイドは右腕を抑えてニヤついた。
「借りは返したぜ。あとは死ね」
異形のものたちが一斉にブライトに襲いかかる。避けようのないほどの無数の刃が振り下ろされる。
ブライトは十文字槍を掲げるが、受け止めきれないだろう。
ブライトの視線が一瞬だけフレアに向けられる。
「ごめん、もう守れない」
悲し気な表情で呟いていた。
フレアは言葉が出なかった。ただ、嗚咽と涙がこぼれた。
そんな時に場違いな高笑いが響く。
「諦めてたまるものですか! フラワー・マジック、フォレスト・マーチ」
「カオス・スペル、エンドレス・リターン」
ローズとクロスが魔術を放つ。
太い木の根がいくつもの刃を払い、異形のものたちが混沌へ沈められる。
しかし、シェイドの前では悪あがきにすぎない。
「まだまだだ。イービル・ナイト、ダブル・ロバリィ」
木の根が黒く染まり、混沌が闇に変わる。二つの魔術がいっぺんに乗っ取られていた。
ローズの顔色が青くなる。
「そんな事がありえますの!?」
「俺たちの魔術は消すしかない……!」
クロスは自らの魔術を消しながら、走る。
シェイドに向かって突進している。
「おまえは一発殴らないと気がすまない!」
「冷静になれよ。イービル・ナイト、シャドウ・バインド」
クロスの動きが不自然にピタリと止まる。うめき、倒れるのをこらえている。
しかし、何もできない。
シェイドはクロスの頭を撫でる。
「いいかげん勝てない事を認めたらどうだ? その方が楽だぜ」
クロスは苦しそうにうめき、答えを発せられない。
この間にも異形のものたちはブライトに襲いかかっていた。
ブライトが血を流して倒れる。
フレアは叫び声をあげた。
「もうやめて! あなたが許してくれるのなら何でもするから!」
「許すって……いや、もう突っ込まないぜ」
シェイドは嫌らしい笑みを浮かべる。
「ブレス王家は何度殺しても飽きないくらい憎いが、ドミネーションに敵対しないと誓うなら考えるぜ」
「誓えばいいのね」
一縷の望みが見えて、フレアの両目が輝く。
しかし、シェイドは嫌らしい笑みを浮かべたままだ。
「誓いを本当に守るのか、俺が納得するまで調べるぜ。どんな命令も受け入れてもらう」
「例えばどんな命令をするの?」
「あんたには指定した場所で魔術を放ってもらう事になるな」
フレアは絶句した。
フレアの魔術であるバースト・フェニックスは、制御を誤ると大陸が消えるというものだ。それほどの魔力を、シェイドに都合よく利用される事を意味する。
シェイドは笑みを浮かべながら、眼光をギラつかせた。
「月並みだが、あんたがドミネーションに従うのならブライト以外は助けてもいいぜ」
「……お兄ちゃんは助けてくれないの?」
フレアの声はかすれていた。
シェイドはひどく優しい笑みを浮かべる。
「お兄ちゃんじゃないだろ。赤の他人だ」
シェイドは倒れているブライトに近づく。ブライトの意識はない。昏倒しているのだろう。
「こんな誠実を絵にかいたような顔をして、大胆に人をだましてきたんだぜ。ドミネーションのエージェントが何人も仕留められているしな」
シェイドはしゃがんでナイフを取り出す。
「あんたを尊敬している人間の目の前で、殺してやる。ほんの些細な復讐だ」
シェイドのナイフがブライトの首筋に当てられる。
フレアは呆然としていた。
ローズは悲鳴をあげた。
クロスはうめいたまま動けないでいる。
絶望的な状況だ。
そんな時に、奇跡が起こった。
何者かがシェイドの横から体当たりして、シェイドを押さえ込んだ。
今まで意識を失っていた上級科の生徒だった。
「やられっぱなしで帰れるか!」
「ブライトさんを助けるんだ!」
魔術では足元に及ばないだろう。しかし上級科の生徒たちは誰一人として諦めていない。
異形のものたちが生徒を蹴り飛ばしても、他の生徒が押さえに掛かろうとする。
シェイドは舌打ちをして起き上がる。
「諦めの悪さはイーグル先生から学んだか?」
「関係ない!」
「あなたなんか大嫌い!」
生徒たちが勝てない戦いを続ける。
フレアの胸は熱くなった。
「私は何をやっているのだろう……」
このままではいけない。
胸の内でそう呟いた。




