迷宮の攻防
「先手必勝ですわ!」
真っ先に仕掛けたのはローズだった。
太い木の根や蔦が、一斉にシェイドに襲いかかる。全方位からの攻撃を避けるのは不可能だ。
そんな状況下で、シェイドはニヤついていた。
「少しはやるじゃねぇか。そのうち俺も本気を出すぜ」
「今まで本気じゃなかったような言い様ですわね。ですが、あなたの魔術はクロスが確実に防ぎますの。私の怒りを食らいなさい!」
木の根や蔦がシェイドを絡めとる。腕や足の動きを封じられたうえに、蔦が首にも巻き付いていた。
ローズは両目を吊り上げていた。
「私は本気で怒っていますのよ。友達を泣かされるなんて最悪ですわ!」
「友達を泣かされたのが嫌で、俺を殺すつもりか?」
「あなたには猛省してもらいます。謝るまで、気絶するほど締め上げますわ!」
蔦がシェイドの首を絞めつける。
シェイドがせせら笑う。
「俺が謝るなんて本気で考えているのか。大人の汚さを学習させる必要があるな。イービル・ナイト、ロバリィ」
「あなたの魔術はクロスが防ぐと言ったばかりでしょう……!?」
ローズは両目を見開いた。
木の根や蔦が真っ黒に染まり、シェイドを離れて、のたうち回る。ローズの制御が利かず、壁や天井に打ち付けられる。
倒れている上級科の生徒たちをかすめている。当たれば大怪我につながるだろう。
ローズはおろおろしていた。
「そんな、どうして」
「ローズ、ひとまず魔術を消してくれ。おまえの魔術がシェイドに乗っ取られている」
「なんですって!?」
ローズは愕然とした。
クロスは苦々しく呟く。
「これがシェイドの実力だ。魔術を乗っ取られて命を散らした魔術師は数多くいる。悪夢の魔術師といわれて恐れられる理由だ」
「そんな……どうすればいいのです!?」
「ひとまず魔術を引っ込めて、一か八か助けを呼ぶしかない。ブライトさんが来てくれるといいのだが……」
ローズは歯ぎしりしながら魔術を消す。木の根や蔦が急激に枯れて、その場に崩れ落ちる。やがて地面に溶けるように消えていった。
クロスはポケットをまさぐる。しかし、救助用アイテムが無い事に気付く。
「スイッチまで奪われたのか!?」
「そんなセコイ事はしないぜ。ローズがあんたを引っ張った弾みで落ちた。スイッチも押されていたから安心しろよ」
シェイドが救助用アイテムの場所を指さす。
部屋の隅に転がっていた。
シェイドは怪しく笑う。
「ブライトが来るかもしれないと思うとゾクゾクするぜ」
「君が僕に会いたがっているなんて意外だよ。セイクレド・ライト、ブリリアント・スピア」
穏やかな声が聞こえた。
刹那、稲妻のごとくに十文字槍が走った。
十文字槍の切っ先がシェイドの右腕を掠める。
シェイドは左手で右腕を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
十文字槍の光は一瞬にして消えたが、確かなダメージを残したようだ。
シェイドは額に汗をにじませながら舌打ちした。
「来るのが遅いじゃねぇか、ブライト」
「そうかな? みんな生きているから、間に合ったつもりだったけど」
ブライトは再び十文字槍を構える。
「そんなに僕に会いたかったのか?」
「ああ、そうだ。あんたを殺したくてうずうずしていたんだ。学生と遊ぶのも飽きてきたところだった」
「遊びはお互いに楽しくないとダメだよ。もっと内容を考えよう。セイクレド・ライト、ブリリアント・スピア」
再び十文字槍が光を帯びて、ブライトが地面を蹴る。
今度は避けられたが、ブライトの攻勢は止まらない。
クロスは確信したように頷いた。
「そうか、その手があったのか」
「どんな手?」
フレアが尋ねると、クロスは口の端を上げた。
「一瞬だけ魔術を放ち、一瞬にして消す。これならシェイドに魔術を奪われる事がない」
「お兄ちゃんすごい!」
「本当にすごい。魔術を放つだけで膨大なエネルギーを使うのに、それを断続的にやるつもりだろう。普通の魔術師ならすぐに昏倒する。こんな事ができるのは、世界中を探してもそんなにいないだろう」
クロスはブライトに尊敬の眼差しを向けた。
「援護したいと言いたいが、今の俺に出来る事はないだろうな」
「何も出来ないなんて事はないよ。君の眼差しは僕を勇気づける」
ブライトはウィンクをして、十文字槍を構える。
「悪夢の魔術師シェイドを倒すのは世界警察ワールド・ガードの悲願の一つだ。逃すつもりはない。セイクレド・ライト、ブリリアント・スピア」
「何度も同じ手が通じると思うなよ。イービル・ナイト、エターナル・ナイトメア」
シェイドの足元から闇が現れて、渦巻く。
闇の端々がポコッポコッと泡を作っては弾ける。
弾けるたびに闇色の異形のものが生まれる。
所々欠けた鎧を身に着けた首無しの戦士、カラカラと不気味に笑う骸骨、コウモリの翼を生やす人間大の怪物……。それらが次々と出現する。
ブライトの槍は骸骨の肋骨に挟まれて、動けなくなった。
「もうこれを使う事になるなんて……。セイクレド・ライト、シャイニング・ゴッド」
十文字槍からまばゆい光が生まれて、異形のものたちを消し去った。しかしすぐにまた出現する。首無し戦士の大剣がブライトの頭に襲いかかる。
後方に跳んでかわすが、ブライトの表情に焦りが生まれていた。
「決定打が浮かばない。どうしようかな」
「それはお互い様だ。真剣勝負といこうぜ」
シェイドは両手を広げて、狂ったように笑っていた。




