守りたい
ローズの高笑いの勢いに応えるように、木の根や蔦が一気に部屋一面に広がった。
木の根や蔦には薬草がくっついる。薬草はひとりでに収縮すると、自らを絞り出していた。透明な雫がこぼれ出し、蔦を伝って、気を失った生徒たちの口元に落とされた。
雫を口に含んだ生徒たちの顔色が良くなる。もうすぐ意識を取り戻すだろう。
フレアの両目が輝いた。
「ローズ、すごい!」
「これくらいクォーツ家の天才美少女なら当然ですわ」
ローズは胸を張った。
「皆様が目を覚ませば下僕にしてあげても良いのですわ」
「……ポーションをくれた事に感謝するが、下僕になるのはお断りだ」
クロスが淡々と言っていた。
「カオス・スペル、エンドレス・リターン。御礼として、俺は魔術師としてシェイドを倒す」
歪な形をしていた影が、元の形に戻る。
自らの魔術を無効化されたシェイドは、興味深そうに様子を窺っていた。
「フラワー・マジックの合わせ技にカオス・スペルの上位魔術か。学生の割に工夫を凝らしているじゃねぇか」
「この私の才能が羨ましいでしょう! あなたも一定以上の魔力をお持ちのようですし、召使いになるなら考えてあげますわ」
「ぜってぇお断りだ。褒めて損したぜ」
シェイドはこめかみに片手を置いた。
「ブレス王家でもない学生を仕留めるのは気が進まないが、例外を認めたくなったぜ」
「先程から変なギャグをおっしゃってますが、ブレス王家とは何の事ですの? フレアはホーリー家の娘ですし」
「……もうあんたたちのペースには付き合わねぇよ」
シェイドの目付きと雰囲気が変わった。
鋭い眼光を放ち、凍てつく空気をまとう。
「ドミネーションはブレス王国を壊滅させたが、ブレス王家には生き延びた人間がいる。探したぜ、フレア。まさかホーリー家の養女にされていたなんてな」
急に名前を呼ばれて、フレアの心臓はドキッとした。
「あの……拾った方がいいギャグはないよね?」
「そのネタはもういい」
「まだ怒っているのならごめんなさい。でも、あなたの言っている事が理解できないの。私はホーリー家よ。ブレス王家じゃないわ」
「ブライトの奴、そう吹き込んでいたのか」
シェイドは鼻で笑う。
「俺の言う事が信じられないなら、ブライトに直接聞いてみろよ。バースト・フェニックスを使える血筋についてな」
「それは聞いてみたけど、はぐらかされたわ」
「じゃあ質問を変えてみろよ。なんで話してくれないんだってな」
シェイドは含み笑いを始めた。
フレアの心臓の鼓動が速くなる。思い返してみれば、ブライトはフレアを大事にしてくれたが、魔術の話になると言葉を濁す事があった。
特にバースト・フェニックスに関してはあまり語りたがらなかった。
あまりにいろいろな物を壊すため魔術に関する話題を避けていたのだと思っていた。しかしバースト・フェニックスの魔力特性を知っていたのなら、そして制御させたかったのなら、その特徴をさっさと教える方が筋が通っている。
何より、物を壊している事に目をつぶるのはブライトらしくない。
「私はだまされたの……?」
口に出した後で、フレアは首をぶんぶんと横に振った。
「お兄ちゃんが嘘を言うはずがないわ」
「本当にブライトは嘘も隠し事もしない性格か?」
シェイドがほくそ笑む。
フレアは視線を逸らした。
ブライトは優しい人間だ。相手を慮って事実を語らない事がある。
フレアがバースト・フェニックスを使える理由を語らなかったのも、フレアを慮っての事だろう。
それがかえってフレアを傷つけるとは思わずに。
シェイドがそっと口の端をあげる。
「頼られてねぇんだよ」
独り言を呟くような口調だった。
フレアの両目から涙がこぼれた。悔しくて仕方なかった。シェイドの言葉をどこまで信じていいのか分からないのに、とにかく悲しかった。
昔からフレアは愛されて守られていた。しかし、フレア自身は周りの人間に与えるものがないと感じていた。
与えられるばかりの自分に嫌気がさしていた。
そんなフレアの背中を、クロスが軽く押す。
「こんな事で泣くな。頼られないのが悔しいのなら、これから頼られる人間になればいい。そのための魔術学園だろう」
フレアはハッとした。
慌てて涙を拭いて頷く。
「そ、そうだよ。お兄ちゃんは魔術学園の入学を祝ってくれたんだから! 私は立派な魔術師になるんだから!」
口調は震えていたが、フレアの志は固い。
そんなフレアに、シェイドは酷薄の笑みを向ける。
「あんたの魔術学園入学を認めたのは、俺たちドミネーションから守るためだろうな。ドミネーション対策がマシな方だから」
「そうかもしれない。お兄ちゃんの優しさを否定するつもりはないよ。でも、私は役立たずのままでいたくない!」
フレアの胸に熱い炎が生まれる。
呪文を唱えたわけではないのに、フレアの身体は赤い燐光を帯びる。
バースト・フェニックスが発動する予兆だ。
「私はみんなを守る!」
シェイドは首を傾げる。
「バースト・フェニックスなんて、こんな所でできるのか? 俺を倒す前にみんな燃え尽きるぜ」
フレアは言葉に窮した。
クロスがフレアの肩にそっと片手を置く。
「ここは俺とローズに任せてほしい」
「女の子を泣かせる最低な人間なんて、私がイチコロですわ! 皆様にポーションを行き渡らせてあとは攻撃するだけたがら、見てらっしゃい!」
フレアは燐光を帯びたまま頷いた。
少し情けない気持ちになったが、仲間たちの想いはありがたかった。




