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レビュー★☆☆☆☆  作者: 國樹田 樹


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4/6

レビュー者 すずむし=中田颯太(なかたそうた)

 その日、中田颯太はむしゃくしゃしていた。


 けれど今日はお気に入りの作家が新刊を出す日だ。

 だからこそ今日一日の仕事も乗り切れたのだと思っている。


 颯太は小学生の頃から読書好きで、特に小説を好んで読んでいた。

 内気な性格だったのもあるし、共働きの両親からは物騒な昨今一人で遊びに行く事を禁じられ、基本一人で家にいたから本を読むぐらいしかすることがなかったのだ。


 颯太は内向的でコミュ障な癖にプライドだけは高い青年である。


 専門学校を卒業して二十歳で現在のドラッグストアに就職してから、なぜ世間はこんなにも愚かなのだろうかと思い続けていた。

 何より自分への社会的な評価が低いのだ。


 俺はもっとやれるのに、相応の職に就けば、役割を与えられれば他の人間よりもっと優れていると証明できるのにと、根拠も無く考えていた。


 けれど颯太は普通に生きてきた。人生における苦労もそれなりに経験したごく普通の青年だ。

 大して好きではない接客の仕事も金のためだと割り切ってこなせるほどには、社会人としての意識も持っていた。


「お、あった」


 仕事帰りに立ち寄った地元の書店で、颯太はハードカバーの新刊コーナーに並べられたお目当ての本を見つけた。

 同時に今日が早番で良かったと胸を撫で下ろす。


 もし遅番だったら颯太の仕事が終わる頃にはこの書店は閉まっているから買えないところだった。

 仕事が終わる寸前、常連だがクレームの多い客に掴まったことは腹立たしかったが、思い通りに新刊が手に入るとわかってほんの少しだけ気分が浮上する。


 颯太は早速本を手に取りレジに向かった。


 レジカウンターにいる店員は二人。

 おじさんと、高校生っぽい男の子だ。それも颯太と同類タイプ。 


 この書店では時々金髪のヤンキーがレジに立つことがある。

 今日はいないらしい。

 颯太はほっと安堵した。


 颯太が住んでいるのは田舎だ。

 それもどがつくレベルの。

 未だに改造バイクや改造車が田んぼの間を走っているような辺鄙な土地である。

 事件といえば殺人より事故の方が多く、あっても高齢者の運転ミスでの交通事故だ。


 よく言えば長閑、悪く言えば大して遊ぶ場所も無い、夜九時も過ぎればほとんどの店が閉まるような、そんな田舎町である。


 以前、店に本部からお偉いさんが来た時、こう言われた。


 『ここは本当に空が広くてびっくりしました。県庁からうちの支店までなんにも無いんですから! 高層ビルが無い世界というのは、こんなにも清々しいんですねえ』


 誉め言葉に捉えた者が大半だったが、プライドも高くややひねくれている颯太はそうではなかった。


 県庁からここまでにだってコンビミもスーパーもあるわボケ、と内心悪態をついていた。


 颯太は田舎生活に憧れるとのたまう癖に田舎を馬鹿にする自称都会人が心底嫌いだった。


 東京など地方者の集まりではないか、と彼もまた気付かぬうちに自らの育った土地を見下していた。


「あ~、あったあった」


 レジへと向かう途中、今度は文庫本の新刊コーナーで颯太は目当ての本を見つけた。

 ネット小説サイトで常に上位ランキングに位置しているそれは、先月アニメ化が決定したばかりだ。

 彼は最近ネットに掲載されている小説を読み漁るのにはまっている。


 無料であることと、気に入った作品を応援し書籍化されれば紙の本として手に入れる事もできるうえ、感想や評価をいれることで作者を己が育ててやったような気分になれるのが気に入っていた。


 颯太は無駄に高いプライドのせいで自分を上級読者と思い込んでいた。


 なにしろ子供の頃から様々な小説を読んできたし、知っているタイトルは数え切れないほどある。そこらの書店のバイトなど足元にも及ばないだろう。


 むしろ本気を出せば、自分にだって小説くらい書けると思っている。

 けれど読むほうが好きだからああして感想でアドバイスしてやっているのだと、少々の奢りがあった。


 実際、彼も子供の頃はよく妄想した文章を授業のノートに書き溜めていた。

 小説一本を書き上げた事はないが、それなりに才能はあると思っている。

 颯太はそんな男だった。


 新刊二冊を手にレジへ向こうとした颯太は、背後に何か黒い影がいることに気が付いた。


 なんだ、あれ。


 彼が振り向くと一人の男がいた。

 前髪の長い、暗そうな男だ。

 真っ黒な髪がてかてか光っていて、風呂に入っていないのだろうかと思わせる。


 お洒落な艶ではなかったからだ。

 顔も脂ぎっている。


 くたびれた灰色のスウェットはところどころが伸びていて、汚れもついていて、正直言って見窄らしかった。太ってはいないが寝間着のまま外を出歩いている品のない人間に見える。

 根暗とか不審者とかの言葉がぴったりな男だった。

 颯太は自分を棚に上げた。


 眉を顰めながら男を見る。

 なぜか男もじっと颯太の方を見ていたからだ。


 知り合いかと思ったが別に話しかけてくるわけでもない。

 そもそも颯太に友達と言えるほどの他人はいない。


 辺りを見回し自分ではない誰かを探しても並ぶ本棚の前には誰もいなかった。


 颯太は目線を男に戻したが、男はただじっと颯太を見ていた。

 長い、黒い前髪の隙間から、じっとねめるように。


「……なんすか」


 こんなオタクくさい奴にびびってたまるかと、颯太は挑む気持ちで声をかけた。


 男は反応しない。


 ただ、真一文字に結ばれていた唇がゆっくりと三日月型に変わっていくのを見て、颯太はあまりの気持ち悪さに一歩後ずさり、逃げるようにその場から離れた。


 すぐ横にあった平台に、買うはずの新刊を置き去りにして。


「なんだあれ、キモっ!」


 その日颯太は本を買うことなく本屋を出た。



『なんか変な奴がいて新刊買えなかった。読みたかったのに辛すぎる』


 書店から暫く離れたところで、颯太はスマホでそんな文章を打っていた。打ち終えてから、とんと確定のボタンを押すと、「すずむし」という颯太のユーザー名の隣にその文章が表示された。


 コメントとして。


 そこに、すぐさま反応が返ってくる。


 相手は「トワ」というユーザー名だ。


『大丈夫ですか? 新刊残念でしたね。変なやつってどんなのだろ。最近おかしな人多いし、気をつけてください』


『トワありがとー。仕方ないから明日仕事前に買うわ。また感想書きます』


『いえいえ。また考察読ませてもらいます。では』


 簡単なやり取りをしてから颯太はそのページをスライドさせ、自分のユーザー名の上にある画像をタップする。画像はもちろんネットで見つけた「鈴虫」のイラストだ。


 画像からリンク先のユーザーページへと飛ぶと、ずらりと小さな本の画像が並んだ。


 それらは颯太がこれまで読み、感想をつけた本達だ。

 まるでコレクションのように一覧に並べられている。


 颯太は「総レビュー数」という数字を確認した。千件を超えているのを見て、満足げにスマホの画面を閉じる。


 颯太はもう何年もこのレビューサイトを利用していた。ここに、颯太が今まで読んできた本の軌跡が残されている。

 ある意味颯太の自己紹介のようなものだった。


 今日はおかしなことがあったせいで買えなかったが、またあの新刊二冊分のレビューがここに増えると思うと、颯太はどこか誇らしいような気持ちになるのだった。



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