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レビュー★☆☆☆☆  作者: 國樹田 樹


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3/6

レビュー1件目 作者・桶川和樹(おけがわかずき)

★☆☆☆☆ すずむしさん 2025/03/01


これ投げ捨てたい。クソゲーならぬクソ本。

作者が頭悪いんだろうけど主人公が阿呆過ぎて読むのが苦痛。

ボクちゃんホントはデキるんですー!こんなにスゴイんですー!

て言いたいだけの俺tueee系自慰物語でキモ過ぎ。

つかテンプレ展開しか出来ないなら少しは工夫しろよゴミ作者。

途中で読むのやめたので購入はおすすめしない。

時間の無駄。


7人のお客様がこのレビューが役に立ったと考えています



 春の始まりにしては、冷え込んだその日。

 作家、桶川和樹おけがわかずきは画面を見つめたまま動きを止めた。

 視線の先には、赤くつるりとした手触りのノートパソコンがある。


 スタンドライトに照らされた、光る画面に表示されているのは、とあるレビューサイトにあった感想の一つだ。

 大した文字数も無い簡素な文面には、感想とはお世辞にも言えそうにない、だがよくある暴言が並んでいる。


 いつもなら、普段なら、どうということもない文章として、鼻で笑って読み飛ばしていただろう。

 だが、今日は違った。

 その一文に、桶川は今この瞬間、心を殺された気がした。


「あー……こいつ、殺そ」


 桶川はぽつりと呟いて、電源も切らずにそのままノートパソコンを片手で閉じた。真っ赤なつるりとした天板は、煌々と光るスタンドライトの明かりを弾き返している。真ん中に置かれているのは、スウェットの袖から伸びた手だ。


 着古した灰色のスウェットは室内着として使ってもう何年にもなるので、ほどよくくたびれほつれ、所々汚れていた。


 ノートパソコンを閉じたせいか、室内灯をつけていない深夜の部屋はより暗さを増した。

 真っ黒い闇に侵食された室内で、残る灯りはスタンドライトだけ。


 六畳一間のワンルームでそれだけが、ホームセンターで三千円で買ったパイプ脚の机を白く照らしている。


 きっといつもの桶川なら「またかよ。レビューサイトなんだからちったぁ感想らしいこと書けよ。ゴミはてめーだろ」と悪態をついてやり過ごすことも出来たはずだった。


 けれど今日は本当に間が悪かった。


 この日の桶川は担当編集者にボロクソに原稿を貶されていたし、リテイクは勿論のこと、兼業作家である彼は本日深夜残業上がりで、上司からの八つ当たりに加えて、スマホには実家の母から借金をこさえたから金を振り込んでくれという無心の連絡まであった。


 簡単に言えば散々な日だったのだ。泣きっ面に蜂どころではない。


 まだ愚痴を零せる相手がいれば、少しは違ったのかもしれない。


 だが桶川は一人暮らしで、彼女もいない。


 休みの日にやる事といえば趣味であり副業でもある小説を書くことくらいだ。


 ネット小説というものが名を馳せてきた昨今、桶川もまた書籍化デビューにより作家となった一人だった。


「レビュー者名が……あ゛ー…すずむし、? けっ、虫かよ!」


 桶川はこれから呪う相手の名を吐き捨てる。

 男か女か、二十六の自分より年上なのか年下なのかもわからない。

 けれどそれでも、レビュー者「すずむし」は確かに桶川の強い怒りに触れた。


「っっっ虫が!! 死ねよ! お前がクソだろ! 死ね虫! 死ね!! 死ね死ね死ね!!!」


 怒鳴りながら、桶川が机を叩く。両腕で、怒りに駆られて強く握られた拳が白くなっていた。

 彼の古いスウェットの裾がびらびら揺れる。桶川が歯をぎりぎり食いしばる音が打撃音に混じっている。

 安物の机はパイプの脚がガタガタ揺れていた。閉じたノートパソコンが底から跳ねている。


 どん、どん、ばん、と何度か大きな音がして、やがて止まった。


 すると隣の部屋からがたりと音が響いた。

 きっと今の騒音で目を覚ましたのだろう。


 下の階の人間はたぶん夜勤で今夜はいない。夕方くらいからめっきり音がしなかったからだ。


「……っへ、へへへへ……」


 机を殴り終わった桶川は、顔を伏せたまま笑い出した。


 彼の洗っていない顔はスタンドライトの光のせいで皮脂がテカりぎらぎらと輝いている。


 長らく散髪していない黒髪が耳の上から頬に向かって刺さり、黄ばんだ歯が並ぶ口元は笑みの形に歪んでいた。


 だが桶川は、二十六の青年らしく、どこにでもいる人々と同じように笑っていた。

 それは初めて己の書いた小説がネットで賞を取った時と同じ笑みだった。


 嬉しい楽しい、これからもっと自分の名を知らしめてやる、というやや大きな自己顕示欲と、未来への不安。

 喜怒哀楽すべてがまだらに、複雑に入り混じっていた。

 桶川自身でさえ自分の中に湧き上がっている感情がわからなかった。

 腹が立っているし、憎いし、殺したいし、悲しいし、辛いし、どこかわからない部分が痛い。

 だが鬱屈した感情の吐き出し先を見つけたという喜びが確かにあった。


 嬉しかった。

 自分を殺したやつがいるということが。


 まさかこんなレビューひとつで殺されることになるとは思っていないだろうどこかの誰かを追い詰める楽しみが込み上げていた。


 仕事もしながら寝る間も削って精魂込めて書いた本を貶された怒りは復讐心に変わり、作品が受け入れられなかったことへの哀しみは殺意へと転換されていた。


 ただ一体、どれが一番強い感情なのか、桶川にはわからない。

 それくらい彼の精神は壊れていた。


 たった一文の「レビュー」によって。


 とどめを刺されていた。


 今日、桶川は縋る思いで過去出版した己の書籍のレビューを見た。


 過去何度も疲労した心を救ってくれた、誰かの言葉を目にするために。

 死にかけの心を助けてもらうために。


 けれどレビューとは、基本的に最新のものが一番上に表示されてしまう。


 桶川がそれを目にしたのは偶々だった。


 レビュー者もまさかやや悪気のある、けれど誰でもやってしまいそうないちゃもん混じりの感想に、実行に移されるほどの深い殺意を抱かれるなどとは思ってもみなかったろう。


 間が悪かった、ただそれだけのことなのかもしれない。

 けれどたった一つのレビューで、桶川和樹という作家の命は絶たれたのだ。


 今にも折れそうだったぎりぎりの心の骨を、極簡単でありふれたナイフのような言葉にぼきりと圧し切られてしまった。

 か細い息の根を止められてしまった。


 今日、桶川は作家として死んだ。

 殺された。

 ただ一人のレビュー者によって。


 目には目を、歯には歯を。


 子供でも知っている復讐の言葉だ。

 桶川も同感だった。


 人が殺意を抱く瞬間、それはきっと、こんな風な些細な一瞬なのかも知れない。


「殺したんだから、殺されても文句言えねーよなあ……」


 閉じた赤いノートパソコンの上面を四本の指でとんとん、と軽く叩きながら桶川は言葉を落とす。


 その手がぐっと握り込まれた瞬間、振り上げられた拳が急速な勢いでバン、とノートパソコンの上面を叩く。

 つるりとした面に、蜘蛛の巣に似たひびが入った。


 国内でも有名なメーカーが生産しているその赤いノートパソコンは、桶川がネット小説で受賞した時にもらった賞金で買ったものだ。


 赤いから三倍書くのが早くなるかも、なんて笑って。 


 けれどもう、桶川にとってそれはどうでもいいことだった。


 もう、小説を書くためのノートパソコンは必要ないから。


 これから彼がする『殺人』はスマホ一台あればこと足りてしまう。

 文明の利器により現代は『加害者』にとって最も優しい世界となった。

 殺したい相手を追い詰める方法も、探して出して殺す方法も、依頼殺人さえ指先一つで検索できる。


 3Dプリンタで本物に近い殺傷能力を備えた銃を作ることもできるし、爆弾だろうがボウガン等の武器類だろうが実現する。

 ただ実行する人間が少ないだけだと、誰もが知っていた。


 桶川はバキバキに割れた真っ赤なノートパソコンの上から右手をどけると、左手の本棚の隙間に置いておいたスマホを手に取った。

 指を滑らせ、フリック入力で文章を入力していく。


 検索ツールを少しだけ使い、その後また文章を少しだけ指で入力して、それから数分の間似たようなことを繰り返した。


 そうして二十分ほどが経過した頃、桶川のスマホが「ピコン」と呑気な、けれど確実に通知音を鳴らした。


 桶川がノートパソコンよりずっと小さな画面に目を走らせる。



◆レビュー者情報◆


ユーザー名:すずむし


本名:中田颯太なかたそうた

住所:和歌山県◯◯市南広山五丁目三ー八 夢ハイツ204号

勤務先:ドラッグストアサクラ 南広山店勤務


◆ーーーー◆



「……へ、……へ、へ」


『誰か』から送られてきたメッセージに目を通し終えると、桶川は暗い六畳一間でうっそりと嗤った。


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