高城十和(たかぎとわ)の失踪
『兄ちゃん俺、殺される』
仕事の休憩時間、ふとスマホを見て、高城彬は目を剥いた。
四日ぶりに届いた弟からのメッセージが、あまりにも不穏だったからだ。
休憩室の一角、今風のモダンなデザインでカラフルなソファが置かれている窓際で、柔らかく降り注ぐ春の太陽を浴びながら一瞬、冗談か? と思った。
が、すぐに違うと断定する。
弟の十和はこういった悪趣味な冗談を嫌っているからだ。
心配性な弟は、事故や事件的なことを仄めかすようなことは絶対にしない。
それは彼ら兄弟の両親が交通事故で亡くなっているせいでもあった。
彬が高校三年生の時、父と母は旅行先で帰らぬ人となった。
宿泊していたホテルの目の前で、飲酒運転の車に突っ込まれたのだ。
遺体を確認しに行った時に警察官から聞かされた話では、父は母を庇うような体勢で、二人共ホテルの壁に押し潰され死亡していたらしい。
だから、彬と十和の間で死に関する話はタブーである。
そんな弟が、冗談でこんなメッセージを送ってくるわけがない。
彬はすぐさま発信ボタンを押して十和に連絡を試みた。しかし、出ない。
コール音が鳴り続けている。
彬は祈るような気持ちで弟の声が聞こえてくるのを待ったが、一向に繋がる気配はない。それどころか、留守番電話サービスに切り替わってしまう。
「っ……」
一度発信を切ってもう一度掛け直す。
弟は今頃大学のはずだ。授業中で出られないのだろうか。
それともバイトに行っている?
気にしなくて良いと言っているのに、弟は自分だけ大学に通っていることをずっと引け目に思っていた。兄の仕送りにはなるべく頼りたくないと、かなりの時間数をバイトに費やしている。
なのに単位は落としていないのだから大した弟だ。
それもこれも、自分への罪悪感のせいなのだろうと、彬は逆に申し訳なく思っていた。
両親が亡くなった時、彬はすぐに合格していた大学への進学をやめて就職に切り替えた。
遺産はあったものの、生活の基盤を整えておくべきだと思ったからだ。
幸いにもその判断は功を奏し、保険金等は弟の大学進学費用へと回すことができた。
だが十和は、彬が進学をやめてしまったことをずっと気に病んでいた。
「俺のせいで兄ちゃん、大学諦めたんだろ」
それが十和の口癖だった。彬が違うと否定しても、弟は頑なに信じようとしなかった。
彬自身は、そもそも勉強自体そんなに好きでもないし、別に大学卒業資格くらい、社会人になってから取っても良いのだからと、割と楽天的に考えていた。
長男の彬は思考に少しばかりそういった傾向がある。反して弟の十和は慎重派だ。そして家族思いでもある。本当は県外の大学に行きたかったくせに、金銭面はもちろん、兄の彬を一人にするのが忍びなかったのか、願書を出すぎりぎりまでそれを言わなかった。
十和の友人から弟の本当の志望校を聞いた時には、彬は本気でキレて十和の胸倉を掴み、自分を理由にするなと怒鳴った。
ちゃんといきたいところに進学しないなら兄弟の縁を切るとまで言った。
その時弟はようやく泣きながら「兄ちゃん、ごめん」と胸の内を打ち明けたのだ。
だから十和は今は彬と離れて暮らしている。
県外の大学で、工学部が有名なところだ。
彬は弟に仕送りをしつつ両親が残してくれた実家に住んでいる。職場も近く、思い出もある街なので毎日に不満はない。
弟の十和も週に二回は連絡をくれるので安心して日常を過ごしていた。
なのに。
三度目の留守番電話サービスに切り替わった時点で、彬は発信をやめて十和にメッセージを送った。
『どうした? 何があった? 今どこだ?』
警察に通報するのは時期尚早だろうかと考えながら、弟が一人暮らしをしているアパートの管理会社に連絡を取った。
まだ、桜も咲き始める前の出来事だった。




