表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

好きな子の誕生日を1日間違えてしまった

作者: 墨江夢

 9月20日、日曜日。

 休日は家でゴロゴロして過ごすがモットーの俺・和泉光也(いずみこうや)だが、この日に限っては珍しく外出していた。


「うーん、どれにしようかな? 犬も可愛いけど、どっちかと言うと彼女は猫って印象だし。だけど熊も捨て難いなぁ」


 市内のショッピングモールの雑貨売り場で、俺は可愛らしい動物のキーホルダーを眺めながら頭を悩ませる。

 別に自分が欲しくて、どれを買うか迷っているわけじゃない。俺はキーホルダーを、想い人である綾崎爽香(あやさきさやか)さんにプレゼントしようとしているのだ。


 俺と綾崎さんは、付き合っているわけじゃない。部活が同じわけでもなければ、同じ委員会に所属しているわけでもない。

 実は幼馴染だとか義理の兄妹みたいなラブコメ的関係性なわけでもなく、辛うじての接点といえば、出席番号が近い為に何度か一緒に日直をしたくらいだ。


 友達と呼ぶのもおこがましいくらい、希薄な関係。しかしたったそれだけの接点で、俺は彼女に惚れ込んでしまっているわけで。


 日直の日の朝、誰もいない教室で綾崎さんは「和泉くん、おはよう」と俺に挨拶をしてくれた。

 俺みたいな地味キャラの名前なんて、絶対覚えていないと思っていたのに、彼女は苗字どころか俺の下の名前まで覚えてくれていた。


 それからクラスメイトたちが登校するまでの数十分間、他愛ない会話を繰り返して。それが何とも言えないくらい楽しくて。

 そんなひと時を何度か体験する内に、気付けば綾崎さんのことが好きになっていた。


 何でもない日に俺が綾崎さんにプレゼントを渡したら、「え? もしかしてこいつ、私のこと好きなの?」と思われるに決まっている。そんなの告白同然だ。

 

 だけど、明日だけは違う。明日は何でもない日ではない。

 明日、9月21日は……綾崎さんの誕生日なのだ。


 誕生日にプレゼントを渡すことは、何らおかしな話じゃない。

 俺の場合日直でお世話になっているわけだし、そのお礼と言えば違和感なく受け取って貰えるだろう。


 プレゼントも高価な物だと重いと思われてしまうので、無難にキーホルダーを選んだ。これならば、綾崎さんにも迷惑がかからないと思う。


 さて、肝心のキーホルダーだが……悩みに悩み抜いた結果、猫にすることにした。

 会計をする直前で、思い出したのだ。そういえば、綾崎さんは猫を飼っていたのだと。

 

 翌日。

 俺は朝からドキドキしっぱなしだった。


 鞄の中には、昨日買った猫のキーホルダーが、綺麗にラッピングされて入っている。問題は、このプレゼントをいつ渡すのかだ。


 プレゼントに他意はない。純粋に、日頃の感謝の気持ちだ。

 ……すみません、嘘つきました。他意どころか、下心ありまくりです。


 出来るなら、直接綾崎さんに渡したい。でも人がいるところで渡すのは、正直恥ずかしいしなぁ。

 

 色々考えたけれど、やはり朝一番で渡すのが最適解だろう。

「おはよう、綾崎さん。そういえば、今日誕生日だよね? これ、俺からのプレゼント。……え? 何でかって? そりゃあ、日頃お世話になっているからだよ」みたいな感じで、サッと渡して立ち去るとしよう。


 そうこうしている内に、綾崎さんが登校してきたようで。

 よし、計画実行だ! 俺が席を立った、その時、


「あっ、爽香おはよ〜。昨日の誕生日会、楽しかったね」

「サプライズとか言って、突然来るからびっくりしたよ。でも、ありがとう。嬉しかった」

「たまたま誕生日が日曜日だったからね。これはパーティーしなきゃって思ったわけですよ」


 綾崎さんとその友達の会話を聞いて、俺は固まる。

 今綾崎さんの誕生日が……昨日だったって言ったか?


 綾崎さんの友達は言った。「たまたま誕生日が日曜日だったから、パーティーを催した」と。

 つまり彼女の誕生日は、9月21日ではなくその前日の9月20日だということで。


 どうやら俺は、好きな人の誕生日を1日間違えて覚えていたようだ。



 


 ……やっちまった。それが率直な感想だった。


 好きな人の誕生日を間違えるとか、俺はとんでもないミスをしてしまった。

 たった1日、されど1日。仮に定期試験の日を1日間違えたら、どうなる? 追試確定だ。

 それと同じで、好きな人の誕生日を1日間違えるだけで、「あっ、この人それ程自分に興味ないんだな」と思われてしまう。恋愛においては、想像を絶するマイナスポイントだ。


 その後も綾崎さんのことを観察していると、彼女はクラスメイトたちから次々と誕生日プレゼントを貰っていた。


 誕生日当日が日曜だったから、プレゼントを翌日の月曜日に渡す。行為自体は、俺のしようとしていたことと同じだ。

 だけど俺とクラスメイトたちとで異なっているのは、綾崎さんの誕生日を正確に覚えていたかどうか。現に彼らは昨日の段階で、メッセージで「おめでとう」と伝えていた。


 誕生日を間違えていた分際で、何食わぬ顔をしてプレゼントを渡すのはどうだろうか? きちんと昨日「おめでとう」を伝えたクラスメイトたちにも、何より綾崎さん自身に失礼なのではないだろうか?


「……これ、どうしようかな?」


 俺は鞄の中で、キーホルダーに触れる。


 今更渡すのは、はばかられる。だけど本音を言えば、折角買ったからにはプレゼントしたい。

 授業そっちのけで悩んだ結果、俺はある一つの結論に行き着いた。

 

 ……そうだ。匿名で渡そう。

 匿名ならば、罪悪感を軽減させつつプレゼントを贈ることが出来る。


 贈り方だが、綾崎さんの机や鞄にこっそり入れるのはリスクが高すぎる。

 その光景を誰かに目撃されたりしてみろ。俺が綾崎さんの荷物をあさっていると勘違いされて、変態の烙印を押されてしまう。


 そうなると、好きだと告白するなんて論外。俺は金輪際、綾崎さんに近づくことすら出来なくなるだろう。


 机や鞄以外となると、あと残されている選択肢は……。

 俺は猫のキーホルダーを、綾崎さんの下駄箱に入れた。


 放課後下駄箱を開けた綾崎さんの目には、ラッピングに包まれた猫のキーホルダーが飛び込んでくる。

 果たしてこれを見て、彼女がどう思うのかはわからない。だけど、そんなことどうだって良いんだ。


 キーホルダーを贈ることが出来た。それだけで、今の俺は十分満足していたのだから。





 9月22日。

 俺はいつもより小一時間早く起床する。


 今日は特別な日じゃない。何でもない平日だ。

 一年は365日しかないし、そりゃあ世界中の誰かの誕生日ではあるかもしれないけれど、少なくとも俺や俺の好きな人の誕生日ではない。よって俺にとっては、何でもない平日だ。


 だけどまぁ、唯一特筆すべきことがあるとしたら……今日は俺と綾崎さんが日直を担当する日だった。


 黒板を綺麗にしたり、教室内を軽く掃いたり。日直には、始業前にやることがいくつもある。

 だから今朝は、いつもより早く登校することにした。


 教室に着いた。

 流石にこの時間から教室にいる生徒はいない。綾崎さんもまだ、学校に来ていないようだ。


 綾崎さんを待っていても良いが、その間特にすることもないしな。俺は彼女の登校を待たずに、日直の仕事を始めることにした。


 取り敢えず、クラスメイト全員分の机を拭くところから始める。

 廊下側先頭の席から順に拭いていくこと、およそ5分。若干息を切らしながら、綾崎さんが教室に入ってきた。


「遅くなって、ごめんね! 今日に限って、寝坊しちゃって!」

「おはよう、綾崎さん。俺も5分くらい前に来たばかりだし、気にしなくて良いよ」

「本当? なら良かった。……って、仮に嘘だとしても和泉くんなら私を気遣ってそう言うよね。君は優しい人だから」


 優しい人、かぁ。

 綾崎さんに褒められて、俺の頬はつい緩んでしまう。

 俺が本当に優しいかどうかはさて置き、彼女からそう評価されていることが素直に嬉しかった。


「よっこいしょ」と、綾崎さんは鞄を自身の机の上に置く。

 その拍子に、鞄に見覚えのあるキーホルダーが付けられているのを俺は目撃した。


「綾崎さん、そのキーホルダーって……」

「あぁ、これ? 可愛いでしょ、この猫のキーホルダー」


 見覚えがあるのも、当たり前だ。なぜならそれは、他でもない俺が綾崎さんに贈ったキーホルダーなのだから。


「昨日下駄箱に入っていたんだよ。多分、誕生日プレゼントとして誰かが贈ってくれたんだと思う。あんまりにも可愛いから、付けてきちゃった」

「……へぇ。そうなんだ」


 ポーカーフェイスを貫いているけど、俺は内心安堵していた。

 良かった。そのキーホルダー、気に入ってくれたんだな。


「くれた人にお礼を言いたいんだけど、キーホルダーが入っていた袋には差出人の名前が書いていなくてね。絶賛困っているんだ」

「それは……大丈夫なんじゃないかな。綾崎さんが喜んでいたら、贈った相手もきっと満足しているよ」

「……そうなのかな?」

「絶対そうだよ」


 実際俺は満足している。それが何よりの証拠だ。

 

 それから暫く二人で日直の仕事に励んでいると、教室に担任が入ってきた。


「おう、綾崎に和泉。朝から感心だな」

「日直ですからね。……で、先生はどうしたんです? ホームルームには早すぎますよ?」


 今から点呼を取られては、俺たち以外全員遅刻扱いになってしまう。


「ホームルームじゃねーよ。取り急ぎ一つ連絡事項があってな。……今日の1時間目、数学に変わったから。そのことを、みんなにも伝えておいてくれ」

「わかりました」

「あとこの前提出して貰ったノートを返すから、職員室まで取りに来てくれないか?」


 教室は3階にあるのに対して、職員室があるのは1階。2階層分上り降りしなければならない為、結構な距離がある。


 そしてクラスメイト全員分とはいえ、所詮はノート。二人で運ぶ程の物じゃない。

 かといって、綾崎さん一人に運ばせるのもどうかと思うし……。


 俺が一人でノートを取りに行くという結論には、すぐに至った。

 しかしそんなことを言えば、きっと綾崎さんは「そんなの悪いよ! 私も手伝う!」と言い出すことだろう。なので、


「ノートは俺が取ってくるからさ、綾崎さんは教室にいてくれよ。授業変更のことをなるべく早くみんなに伝えてあげたいし、黒板にでも書いておいてくれないかな?」


 必要のない仕事を、綾崎さんに与えることにした。これで彼女も、気兼ねなく俺に雑務を押し付けられる筈だ。


 俺の提案を受けて、綾崎さんは僅かに口角を上げる。


「……そう言うところだよ」

「ん? 何か言った?」

「ううん、何でもない。ノート運び、お願いね」


 彼女が何を言ったのかは、終ぞわからなかった。


 この日放課後まで綾崎さんと一緒に日直の仕事をして、思ったことがある。綾崎さん、なんだか普段より上機嫌じゃなかったか?

 しかし俺以外にそのことを指摘する人間はいない。彼女の友達も含めて。

 

 そうなると、上機嫌のように感じたのは、俺の気のせいだったのかもしれないな。





 9月23日。

 朝のホームルームが終わったタイミングで、綾崎さんが予想外の発言をし始めた。


「一昨日私に猫のキーホルダーを贈ってくれた人を探しています。贈った本人はそれで満足しているかもしれないけれど、それでも私はお礼が言いたいんです。お願いですから、名乗り出てくれませんか?」


 綾崎さんの発言を受けて、クラス中が騒つき出す。


「なぁ、猫のキーホルダーなんて知ってるか?」

「いいや、俺は贈ってないぞ。別のクラスの奴なんじゃないか?」


 クラスメイトたちが互いの贈ったプレゼントを確認し合うが、当然猫のキーホルダーなんて単語が出るわけもない。贈った本人は、誰とも会話していないんだし。


 しかしまさか綾崎さんがお礼がしたいと考えていて、こんな大それた行動に出るなんて、思ってもいなかった。


 猫のキーホルダーを、綾崎さんに贈った。それで完結したのは、あくまで自己満足だ。

 俺が満足して、綾崎さんに喜んで貰って終わりじゃない。綾崎さんにも、満足してもらわないと。


 ……よし。


 暫く考えた末に、俺は覚悟を決める。

 猫のキーホルダーを贈ったのが俺だと、名乗り出よう。そして実は誕生日を間違えていたことを、謝るとしよう。

 そこまでして初めて、憂いのない誕生日プレゼントになる筈だ。


 昼休み。

 綾崎さんが一人になるタイミングを見計らって、俺は彼女に話しかける。


「綾崎さん、ちょっと話があるんだけど」

「うん、良いよ」


 みんなの前で話す内容でもないので、俺は綾崎さんを下駄箱に連れ出す。

 ひと気もないし、俺がキーホルダーを入れた場所だし。全てを語るのに、ここ以上に相応しい場所はないだろう。


「それで、話って何かな?」

「信じられないかもしれないけど……あの猫のキーホルダーを贈ったのは、俺なんだ」

「うん、知ってた」

「そうか。知ってたのか……って、え?」


 俺が聞き返すと、綾崎さんは苦笑を浮かべながら頬をかいていた。


「実はね、偶然見ちゃったんだ。あの日和泉くんが、下駄箱に何か入れているところを」

「そうだったのか……」


 ん、待てよ? だとしたらおかしくないか?

 キーホルダーを贈ったのが俺だとわかっていたのなら、どうしてわざわざ贈り主探しなんてしていたのだろうか?

 そんな面倒なことしなくても、俺を問い詰めれば済む話である。


「変に気を遣わないで、自分の名前を書けば良かったのに。すぐに名乗り出れば良かったのに。格好つけ過ぎだよ、もう」


 そうじゃない。そうじゃないんだ。

 俺は格好を付けて、名乗り出なかったんじゃない。寧ろ格好悪いことをしてしまったから、恥ずかしくて名乗り出れなかったのだ。


「違うんだ。とても申し訳ないんだけど……俺は綾崎さんの誕生日を、間違えて覚えていたんだよ。だから名乗り出ちゃいけないように感じて。……本当、笑っちゃうよな。綾崎さんのことが好きだっていうのに」


 だから俺にはこうして名乗り出る資格も、綾崎さんに「優しいね」と褒めて貰う資格もなくて。

 ……好きだと伝えることだって、本当は許されなかったのかもしれない。


 俺の懺悔と告白を聞いた綾崎さんは……「和泉くんらしいね」と笑みをこぼした。

 不思議と彼女の表情に、俺への非難の色はない。


「白状します。私も和泉くんのこと、ずっと「泉くん」だと思っていたんだよね。……漢字だけとはいえ、好きな人の苗字を間違えるなんてダメだよね。だからこれで、おあいこだ」


 綾崎さんに名前を間違って覚えられていた。そんなことは、どうでも良い。

 彼女は今、何て言った? 俺を好きな人と言ったような気がするが……聞き間違いか?


 呆けている俺を見て、何を考えているのか察したのだろう。綾崎さんはもう一度、俺に「好き」と言った。


「何回君と一緒に日直をやって、何回君の優しさを目の当たりにしてきたと思ってるの?」

「いや、俺は別に優しくしてるつもりなんて……」

「そう。和泉くんに、そんなつもりはない。……無意識に人に優しく出来る。君は素晴らしい人なんだよ」


 そう語る綾崎さんの顔が、徐々に赤くなっていくように見えた。


「私も和泉くんの名前を間違って覚えていたことで、和泉くんが私の誕生日を間違えたことは帳消しになりました。……晴れて私たちは対等な関係になったわけだけど、どうする? 付き合う?」

「……はい。俺は綾崎さんと、付き合いたいです」


 ようやく綾崎さんへの罪悪感が払拭されたのだ。

 9月20日。しっかり覚えたぞ。綾崎さんの誕生日を、もう二度間違えない。


 そして9月23日。俺たちの気持ちが通じ合ったこの記念日も、生涯忘れることはないだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ