罠師、お金を手にする
「よっこらせ」
床に荷物を置いて、ミールさんだっけ? 受付の赤毛の女性に声をかける。
「すみません、モグラ退治の仕事が終わって、これをあなたに渡すよう言われたんですけど」
カウンターの上に木札と依頼票を置く。
「お疲れ様でした。ゴローザさんが昨日来て、モグラが3匹も獲れたって喜んでましたよ」
「あ、はい」
「その場でまた新しくモグラ退治の依頼をしていきましたよ。またよかったら受けてあげてくださいね。それとお隣の畑のガジールさんからも依頼がきていますので、できればそちらもお願いしますね」
「は、はひ。罠が壊れてしまったので、新しく作り直してからまた来まふ」
ここ数年は母ちゃん以外はコンビニの店員さんと温めますか? いやいいです。袋要りますか? 大丈夫です。くらいの会話しかしていなくて、会話能力下がってたけど、さっきの農家のおじさんとかといろいろ喋ったりして会話能力戻ってきたかなと思ったが、女性とはやっぱまだ難しいみたい。
美人さんだし、それに外人さんだしね。
相手が日本語喋ってるといっても、日本人は外人さんと話をするのは緊張してしまうんだよ。
「はい、これが今回の報酬ね。モグラの買取代金も入ってるわよ」
カウンターには何枚かのコインが置かれている。
えっ、小銭のみ!?
1000円札もなし?
恥ずかしくてカウンターの上のコインを急いでポケットに突っ込みその場を後にする。
いや、後にしようと思って荷物を持とうとしたが、農家のおじさんに積み上げられた野菜は自分ひとりだとうまく持てない。
「お、おねえさん。この野菜は依頼人のおじさんがくれたんだけど、荷物が多すぎて持って帰れないんです。よかったらもらってくれませんか」
「あら、嬉しい。でも、わたしにプレゼントだなんて周りの男たちを敵に回すわよ」
「えっ!?」
きょろきょろと周りを見回すと併設された食堂みたいなとこに座ってる人とかがこっち見てる。
カウンター奥にいる人たちもこっち見てる。
「えっ、えっ? すみませーん、下心はないんです。ほんと持てないからって」
「いいのよ、分かってるから。お野菜ありがとうね」
「は、はひ。それでわ~」
ガチャガチャとぼろぼろになった罠だけを抱えて、廊下を小走りで駆け、扉を抜ける。
この扉を抜けると雰囲気が変わるみたいで、少し心を落ち着けることができた。
でも、久しぶりの給料が小銭だけってのは悲しいものがあるわ。
この罠だけで2000円くらいはかかってるんだぞ。
それにこんなにぼろぼろになったらまた買い直さなきゃだめだろうし。
ポケットに手を突っ込み、コインを引っ張り出した。
ん、んん???
茶色いのと銀色のコインがあるんだけど、10円玉でも100円玉でもない。
なんじゃこりゃ。
ゲーセンのメダル?
スロットのメダル?
よくわからん。
戻って聞くのは恥ずかしいので、役場のおばちゃんに聞いてみるか。
パチンコ屋ではケースに入ったコインとかを外の換金所で日本円に交換してもらったりとかするし、あれかな。
「すみません、先ほど仕事してこれもらったんですけど、これってなんですか?」
「何って、あんたここは役場だよ。そんなこと聞くんじゃないよ。質屋なら役場の前の通りを右に行って信号の道を左に曲がってすぐのとこだよ」
「は、はあ。ありがとうございます」
説明を受けると、そそくさとその場を後にする。
どうもこのおばちゃん苦手なんだよな。
ボロボロの罠をリュックと前かごに詰め、先ほど教えてもらった場所へと自転車を走らせる。
もう捨てるしかないかもしれないけど、その辺に不法投棄ってわけにもいかないし、最近は公園にカゴみたいなゴミ箱とかもみかけなくなったし、持って帰るしかないんだよな。
『岡本質店』
ここか、おばちゃんの言ってたのは。
「ごめんくださ~い」
「なんじゃい、お客かな」
店の中には誰もいなかったが、声をかけると奥から老人が出てきた。
「これをここで換金してもらえるって聞いたんですけど」
「換金って、ここは質屋だから買取はしてやらんこともない。どれどれ」
カウンターの上に置かれた2種類、9枚のコインをひっくり返したりしながら眺めた後、メガネを上にずらしルーペを目にはめひとしきり見つめた後コインを口にした。
口の動きから噛んだと思われる。
「あ、あの……噛んで何か分かるんですか?」
つい聞いてみた。
「あん? わかるわけねーだろ。なんとなくやってみただけだよ。いや、メッキかどうかはわかるのか。正直、お前さんの持ってきたこのコインがどこのものかもわからんし、価値も分からん。儂はコインの専門でもない、ただの質屋のじじいだからな。たぶんこっちのは銅、こっちのは銀だと思うんだがな」
「えっ、ここで換金できないんですか?」
「お前さん、質屋は初めてかい?」
「はい、質屋には初めて来ました」
質屋なんか来たことないよ。
買取っていったらゲーム屋か古本屋くらいでしか買取してもらったことはない。
最近は行ってないけど、パチ屋で換金してもらったことはある。
「質屋ってのは基本、物を預けてお金を借りる場所だ。期限までに借りたお金と利息を合わせたお金を返済して預けたものを返してもらう。返せなければ質流れっていって、預けたものが質屋のものになるってすんぽうさ。まぁ、預けるとか関係なく最初から買取ってこともやったりもするけどな。お前さんは質草としてこのコインを預けたいのではなく、買い取って欲しいんだろ。だがな、儂にはこのコインの価値がわからんから買い取ることができんのだ」
「そんな~」
もうこの仕事やめようかな。
キョンっての捕らえに来たのに、モグラ捕っただけだし、罠の代金も回収できないとか、家で寝てた方がましじゃねーか。
「このコインはこれで全部か?」
「う~ん、持ってるのはそれで全部です。でも、仕事の報酬にもらったんだけど、また仕事すればもらえると思います」
その答えに老人はひとしきり考えた風の後、ある提案をしてくれた。
「そっか、そんじゃぁ、これを質草として4000円貸してやる。3ヵ月後までに5000円にして返しに来い。もしくはもっとこのコインを持ってくるかしな。4000円の価値はないと思うが、とりあえず預かってやろう」
この時は知らなかったんだけど、預けた銀貨が6枚と銅貨が3枚で価値としては2000円くらいにしかならなかったらしい。
見たこともない図柄の銀貨銅貨として好事家が買い取ってくれる可能性がないとはいえないが、コインなんてものはほぼすべての種類の値段が決まっており、預けたコインはその中には含まれていない。
そのため、銀や銅の含有量から値段を出すしかないみたいだった。
質屋の爺さんの知り合いのところで鑑定してもらったら2000円っていう答えが返ってきたんだそうな。
まぁこの時点で知らなかったことは置いといて、4000円を財布に入れ、ほくほく顔で質屋を後にし、家路へと急いだ。
帰り道の途中、近所の和菓子屋で母ちゃんの好物の苺大福をお土産に買っておいた。
初めての給料ってわけではないが、久しぶりに稼いだお金で日頃迷惑をかけてる母ちゃんに感謝の気持ち……いや、賄賂を贈るのも悪くはないのではと考えたのよ。