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罠師、ボケ老人に付き合う

「うおっ」


「えっ!?」


「おめぇさん、さっき建物の裏口案内しながら一緒に来た兄さんだよな」


「そうですけど、一緒に歩いてたはずなのに気づいたらいないんだもん。どうしたんですか?」


 きょとんとした顔をした爺さんとお互いどうしたんだって言い合ってみるも、どうも腑に落ちない。

 爺さんと話しをしながら何度か通った役場内の廊下を連れ立って歩いていたはずだったのに、気付いたら自分ひとりで廊下を歩いていた。

 おかしいなと思い廊下を戻ったところ、角を曲がったところで爺さんに遭遇したったわけだ。


「そうだよな、おめぇさんと一緒に裏口の方へ行こうとしたんだよな。どうしてトイレに入ろうとなんて思ったんだ?」


 歳とるとトイレが近くなるっていうしね。なんて言葉が浮かんだが、さすがに我慢した。

 ネットで思ったことを好き放題言う癖がついてしまっていたけど、リアルでは言わない分別はまだ残っていたようだ。

 少し迷った末に出した言葉は平凡なものだった。というかスルーした。


「そんなことより、こっちですよ。来てください」


「あ、あぁ」


 返事を耳にして、後ろをついてくるものと思い廊下の角を曲がった。


 えっ!? いない!?


「お~い」


 返事はないようだ。


 ほんの数メートル、ほんの数秒だよ。

 再度角を曲がって戻ろうとしたところ、またトイレに入ろうとしている老人に遭遇した。


「わしはなぜトイレに行こうとしておるのだ?」


 もしかしてこのお爺ちゃんは役場の人間じゃなくて、ただのボケ老人ではなかろうか。

 そんな考えが頭をよぎり、これからどうするのが正解かよくわからなかったが、もう少しだけ今までどおり続けることにした。

 爺さんの手をとって、廊下の先へ行こうと軽く引っ張った。


「離さんか、わしはトイレに行くのだ」


「いや、裏口へ行くために一緒に歩いてたんですよね」


「あぁ……そうだった」


 やっぱ、この爺さんはボケてるのではという考えに天秤が傾きかけたところに言葉が続けられた。


「それより引っ張ってどこに行こうとしたのだ?」


「どこにって、その角を曲がった先にある部屋へですよ。その部屋から外へ出る扉の場所がわからなくて、建物の外側からではなく内側から行こうって話でしたよね」


「うむ。だがここは突き当たりだぞ。廊下の脇にトイレへの入り口があるだけだ。いや……どうも考えがまとまらん。というか頭がぼんやりとする」


「突き当りって……」


 そこを曲がってまだ通路があることを証明するために右手を伸ばして爺さんが突き当たりという場所の先があることを示してみせるが、爺さんはというとなぜか視線をトイレの方に向けていた。


「どっち見てんのさ、こっち、この右手を見てよ」


「ふむ、やっぱりトイレに行っておくかの」


 どうにか通路があることを見せようとしたが、爺さんは頑なに視線を逸らしたり急にスマホのチェックをしたりして一向にらちがあかない。

 なんかここって怪しいし、一度外に出たほうがいいのかも。




 爺さんと最初に出会った場所まで戻って、ちょうどいい高さにあり椅子の代わりになるブロックの上に腰掛けてさっきのことをふたりして話し合った。


「裏口を見に行ってくれるって言ったのに、なんかトイレトイレ言いだしてどうしたんですか?」


「どうにもさっきのことがぼんやりとしててはっきりと思い出せんのだ。すまんがさっきはどうだったのか話してくれんか」


 そう聞かれれば説明するしかないよね。

 一緒に行ったはずなのに廊下の途中ではぐれ、戻ったら爺さんはトイレとか言ってるし、裏口があるはずの廊下は壁があるだけで先に通路は見えていないようだったこと。その場所での爺さんの言動がどうもあやふやではっきりしなかったことを話して聞かせた。


「ふうむ。役場内で七不思議ではないがいくつか不思議なことがおこるという噂話があったのを思い出した。消える人影というのがあって、あのトイレのある廊下へいったはずの人間が消えてしまったという話だ。勘違いか窓から外に出たかだと思われていたがそれかもしれん。40年ほど前に同僚が仕事中に失踪して、翌朝一番に出社した人がその失踪したものが待合室のベンチに倒れ掛かるように気を失っているのを発見したということがあった。その男はわけのわからないことを口走っていたが、しこたま酒のにおいをさせていたため酔っ払いのたわ言として片付けられ、その後すぐ辞めてしまいおった。もしかするとおめぇさんのいう廊下の先にでも行って神隠しにでもあっていたのかもしれぬな」


「神隠しですか……。その男がどんなことを言ってたのか分かりませんか」


「ふむ。我が家にわしの書いた業務日報が残っておるが、そこにその時のことをいろいろ書いたはず。もうすぐ昼休みだからわしの家に来い。おまえさんがわしのことをボケ老人ではないかと勘ぐっているがそんなことはない」


「そうですね、差し支えなければその時の資料をみせてくださるとありがたいです」


 若干ボケ老人だと疑ってるんだけどね。

 急いで罠を仕掛けなおしに行かなきゃいけないわけでもないからいいか。




 歩いて5分程度のところにある大きな家が爺さんの家だった。

 農家でもあるらしく、納屋に農機具が見え隠れしている。

 玄関からお邪魔しますって行くものだと思ったら、縁側からガラス戸を開いてそこから入るよう促されお邪魔した。


「すみませ~ん、おじゃまします」


 マナーとしてひと言発してから中へと入る。

 爺さんの後をついて、お婆さんが座ってテレビを見ている横を通って爺さんの書斎へと行く。

 書斎の押入れにダンボールがたくさんあり、その中に業務日報が入っているのだという。

 持ち出し禁止だと思うのだが、なんかあの役場は緩く、爺さんの退職の時に業務日報といってもわしの日記みたいなものだといって自分の書いた40年近く分をもらってきたらしい。

 あれは昭和65年の3月のことだったはず、とかいって指示だけ出して爺さんは昼食をとりに台所へと一人で向かった。

 その間自分はというと、押入れのダンボールと格闘していましたよ。

 ていうか、何年も前のことをあれは○年の△月のことだったとか言える人ってすごいと思うわ。


 ほんの10分程度で食べ終えて爺さんはお盆に麦茶を乗せて戻ってきた。



「ほれ、ここじゃ」


 麦茶を口にして一服していると、開いたページを指差してこちらに見せてきた。


「あ~、読めん。達筆すぎて読めないです」


「昔はパソコンなんていうものは使ってなかったからの」


 今でも手書きで色々書くことあるけど、これは酷いと思うよ。

 爺さん以外が読めてたとしたら驚きだ。


 なんでもそこにはその同僚は夕方仕事が終わる前にトイレに隠れて一杯やってて、戻ろうと思ったらいつもの見慣れた廊下ではない廊下を歩いており、その先で外人さんにぶつかって喧嘩になった後仲直りして何人かで一緒に明け方まで飲んでたって書いてあったそうだ。

 その人はトイレの先の廊下を通ったと言っていたが、どうみてもそんなものは見つからず酔っ払いのたわ言ということで終わったらしい。

 酔っ払いのたわ言なんだが、外人がたくさんいたということとトイレの先の廊下という点が似ていると爺さんは指摘する。


「神隠しにあって戻ってきたのでないか」


「神隠し? ……あ~、もしかして異世界ってやつ?」


 そういえばあのモグラって、ネットでみた情報のと大きさも見た目もずいぶん違ってたよな。

 なんか角まであったし。

 田舎くさいと思った村だけど、そういえば田舎すぎて電化製品とかも見なかったような。

 服装もなんか変だったし……


 思い出して血の気が引いていき、ひんやりとした汗が頬を伝ってきた。自分でも顔が真っ青になっているのがわかる。


「おい、大丈夫か?」


 ぺたんと畳の上に腰を落とし、壁に背を預ける。

 体中の力が抜けた感じがした。


「自分はどこいってたんでしょうか?」


「ふむ、あの世と繋がっている門があるという話や、鳥居は異界へと繋がっているという噂を昔聞いたことがあるがそんなようなもんか」


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