囁き
最後までお付き合い戴けたら、倖せでございます。( ・∀・)ノ
暁人はベッドに寝転がりぼんやりと鏡を見詰めていた。
夕霧は三度の食事をこっそり音を立てないように、ドアを少しだけ開けて差し入れてくれる。
暁人はそれに気付いていたが、ワザと気付いて無い振りを続けた。
自分でも莫迦な事をしたと思った。
それまで好きだと言う素振りの欠片さえも示さないで、監禁されている最中にいきなり好きと告白されて、誰が信じるだろう。
ほとほと雰囲気に流されやすい自分の性格を呪った。
あれから3日が経過している。
ほぼ1週間、暁人はこのピンクに彩られた部屋になにもすること無く閉じ込められている。
仕事の事は考えないようにした。
1週間もバックれていたら、おそらく飛んだとみなされ、既にクビになっているのは決定的だった。
それより深刻なのは、たらふく味わっている孤独の方だ。
この3日間何もせず、誰とも会話する事無く、声を発する事もないのは精神的に酷く堪える。
それでもスピーカーに話掛ける事は夕霧の心境を考えるととてもする気にはなれなかった。
夕霧は、暁人がチャンスとばかりに告白し夕霧の恋心を利用して監禁を解こうとしたと思っている。
つまり夕霧の真剣な恋心を弄ぼうとしたと思われているのだ。
そんなクズ男の言い訳を聞き入れ、受け入れてくれるとはとても思えない。
自然と夕霧の怒りが収まるのを待つしか無いだろうと覚悟した。
しかしさすがに、この孤独感は堪える。
夕霧意外、誰もここに自分が居る事を知らない。
一人、スマホも無いから誰ともコンタクトできず、このピンクの部屋に取り残されている気分を抱えていると孤独が染み入って涙が零れた。
この状態がいつまで続くのか、それは夕霧次第。
夕霧の足音が聞こえる。
暁人は涙を拭き、気付かない振りをして、毛布を被る。
気配でドアがそっと開き、夕食を置いてドアが閉まるのを感じていた。
窓さえ無いこの部屋で昼と夜を知る事ができるのは、夕霧が時間通りに差し入れる食事と緊張感の無いピンクの壁掛け時計だけだった。
昼間、何もする事が無いから、ひたすら考え事をしている。
ぼんやりと一日過ごしているのに、不思議と夜は眠れた。
眠っていると、決まって誰かの囁き声が聞こえて来る。
孤独で押し潰されそうになっているから、誰かの声を聞きたいと云う欲求のせいで、幻聴を聞いているのかもしれない。
囁きの内容は忘れてしまうのに、心地よさだけが残った。
その心地よさも目覚めれば空虚感に押し退けられ、空っぽの意識だけが浮き彫りになる。
何かする事を見付ければいいのだろうが、夕霧を傷付けてしまったと云う罪悪感は、気力さえ飲み込んでしまっていた。
脱力した意識がのろのろと過ぎていく時間を感じている。
たった数日過ごした夕霧との楽しい時間。
それだけが何度も頭の中でリプレイされる。
できる事なら謝りたいと思った。
決して夕霧を騙そうとして告白したのでは無いと知って欲しい。
直ぐ傍に夕霧は居るのに、果てしなく遠く感じる。
孤独で弱った心に、罪悪感が拍車を掛け絶望的な気持ちになった。
また今夜も心地よい囁きが聞こえる。
とても安心できて、気持ちが楽になれた。
この囁きが消える頃、空虚な朝がやって来てしまう。
眠る暁人の目尻から涙が零れていく。
暁人は逃れたい一心で手を彷徨わせる。
何かが触れて、暁人の手を包んだ。
それを強く握り返して、暁人は言った。
「行かないで、朝が来てしまうよ········
そしたらとても辛いんだ·······
とても辛くて正気を保っているのがやっとになるんだ······」
「アキト·············」
その声に暁人は目を開く。
幻覚では無くそこに夕霧が居た。
とても辛そうに顔を歪めて、涙を流している。
「夕霧! 」
夕霧は今にも爆発してしまいそうなほど顔を歪めて、暁人の手を握ったままこちらを見ている。
「囁いていたのは夕霧だったの? 」
「だってアキト、とっても辛そうだったから·········」
そう言うと、夕霧は堰を切ったように泣き出した。
「ごめんなさいーぃ! 」
くしゃくしゃな顔をして夕霧は泣きながら言った。
「アタシが悪いのに!
アキトはちっとも悪く無いのに、泣いてしまうほど辛い思いさせて、ごめんなさいぃ! 」
握った暁人の手を額に押し付け、夕霧はその場にへたり込んでしまった。
暁人は暫く泣きじゃくる夕霧を見詰めていたが、ふっと笑みを溢して夕霧の頭に手を載せた。
夕霧はピクンと身体を震わせ顔を上げた。
「アキト、怒ってないの? 」
「どうしてオレが怒るの?
怒っていたのは夕霧でしょ? 」
「だって、監禁したのはアタシだもん
アキトは帰りたかっただけで、それは当然のことだもん」
暁人は指先で夕霧の頬を撫で、涙を拭った。
「実はさ、遅刻決定になってから、結構楽しんでたんだ
誰に気兼ねする事無く夕霧と思いっきり一緒に居られたから」
夕霧は急に冷めた顔をして言った。
「そんな気のある振りの嘘は、もういいよ
鍵あけてあるから、今すぐにでも帰れるよ」
暁人は毛布を手繰り寄せ股間を死守すると正座して訴えた。
「本当なんだ、本当に夕霧の事が好きなんだ!
店で夕霧の事、避けてたのは本当
でも嫌って避けてたんじゃない!
好きだから、これ以上好きになっちゃいけないって自分を抑える為だったんだ! 」
「うそっ!! 」
夕霧はにわかに信じられず、暁人のてを振りほどき立ち上がった。
「だって、アキトそんな器用な事できるほど頭良くないでしょ! 」
暁人は憤慨する。
「ちょっと!
それ、酷くない?!
頭良くないのは認めるけどさあ」
そこは認めるのか。
「だって················」
夕霧は哀しげに顔を背ける。
「アタシ、身体は男なんだよ」
「そりゃ、最初はびっくりしたけど
だってさあ、好きって思ってた子が男って知ったら誰でも驚くと思うんだよね
でもそれはさあ、ちゃっとした欠点みたいなものでさあ
好きって思ったらそんなの重要じゃ無くなるよ」
夕霧の頬に少し赤みが注して来る。
「本当に? 」
最強の上目遣いで問い掛ける夕霧に暁人はどぎまぎする。
「オ、オレ、そんな複雑な嘘言えるほど頭良く無いし····」
「アキト! 」
夕霧は思い切り暁人にダイブした。
暁人は堪えきれずにひっくり返り、後頭部を強か壁に殴打した。
夕霧は慌てて状態を起こして暁人の顔を除き込む。
「大丈夫ぅ? 」
暁人はフッと笑った。
「これで何度目だろうな、夕霧に大丈夫って訊かれるの」
暁人に一抹の不安がよぎる。
『もしかして夕霧と居ると、この痛いのずっとつきまとうのかなあ』
「うん、ごめん」
『ま、いっかな·········』
夕霧の目が潤んでいる。
ずっと想いが通じないと思っていた相手と両想いだと知った夕霧の喜びが目から溢れ出した。
そんな夕霧を見て、暁人はそっと抱き締め背中を優しく撫で続けた。
そうしている内に、夕霧が夕食に盛っていた眠剤の効果で暁人は眠りに落ち、夜中じゅう孤独に喘ぐ暁人を元気付けようと囁き続けて寝不足していた夕霧も暁人の胸で安堵して、いつの間にか眠ってしまっていた。
今、皆上康太と一之瀬里緒、そして城冬馬は一台のタクシーに乗っていた。
あれから康太と里緒はタクシー、一台一台に聞き込み続け、やっと酔い潰れた暁人と女を乗せたと言うタクシーの運転手を探し当て、冬馬と合流して、その運転手に案内させている処だった。
「どうやら、泥酔した暁人さんを女が家から連れ出したらしいです」
康太か冬馬に言った。
「あたしが思うには、そのままその女に暁人さんは監禁されてるんじゃないかね」
里緒が言う。
さすが女の勘は鋭い。
冬馬は考え込むように指を頬に当て言った。
「それなら、あの真面目な暁人が連絡も入れずに休んでいる辻褄が合いますね」
タクシーは都心部から外れた住宅街の小さな一軒家の前で止まった。
会計を済ませ、タクシーを降りると三人は家の玄関前で打ち合わせ家を一回りした。
新しく増築した家屋が裏庭に突き出しているのを三人は同時に見付けた。
里緒が言う。
「昨日、ここいら辺の家に聞き込みしたら、女はトランスジェンダーで、一年前くらいに親戚の遺産を相続したとかで、ここに越して来たらしいの」
「トランスジェンダー········」
冬馬は増築された家屋をしげしげと見詰めた。
それから三人は再び玄関前まで来ると意を決して呼び鈴を鳴らした。
しかし応答は無かった。
ドアノブを回すと鍵は掛かっていなくて、三人は顔を見合せ恐る恐る家に入って行った。
玄関を抜けるとリビングがあり、ちょうどベランダとおぼしき向こう側にピンク色の部屋が広がっているのが見えた。
その前にはイーゼルに置かれた未完の暁人のヌードの絵が置かれている。
ピンクの部屋に男と女が折り重なってベッドに横たわっているのが見えた。
康太が窓ガラスを叩き叫ぶ。
「暁人さん!
大丈夫ですか?!
暁人さん!! 」
康太は里緒を振り返った。
「ダメだ、聞こえないのか寝てるのかわからねえが反応しねえ」
ベランダの傍にドアを見付け三人はそのドアを開いた。
一直線の廊下があった。
その向こうにドアが一つある。
どうやらそこがピンクの部屋の入り口らしかった。
康太が先頭切って廊下を走って、ドアを思い切り開き飛び込んだ。
しかし康太はそこから動けなくなった。
全裸の暁人は世にも倖せそうな顔をして女を抱き締め眠っている。
女は暁人の上に重なるようにして、暁人の胸を枕にやはり世にも倖せそうな顔をしている。
どう見ても拉致監禁している者とされている者の緊迫感がまるで無かった。
「んー、夕霧愛してる···········むにゃむにゃ·····」
暁人の寝言を聞いて康太たちは一気に脱力した。
しかも部屋は全く緊張感の無いピンク色。
康太は深いため息を吐くと小声で言った。
「そおっとしといてやりましょうや·······」
そうして里緒と冬馬の肩に手を置き部屋の外へと誘導した。
「これはやっぱりクビかな···········」
冬馬が笑う。
「それだきゃあ、勘弁だ」
康太と里緒も部屋を後にして笑うのだった。
最後に暁人の切なる思いを。
「服よこせえええーーーーーっ!!!! 」
fin
最後まで読んで戴き有り難うございました。(*- -)(*_ _)ペコリ
感想、コメントやポイントやブックマークで応援下さいました皆様有り難うございますう。m(_ _)m
とても励まされながら無事完結できて、とても感謝です。
こんなてこずった作品は初めてで、多分書き始めて一年くらい掛かっての完成です。
なんとか書き終えて、嬉しいです。
もし何か不自然な事に気付いても、生ぬるい目で見守ってやって下さい。m(_ _)m
今、新作書いてます。
こちらはマンガの下地があります。
タイトルは「ただ今、嫉妬中」です。
懲りずにまた、コメディなんですよお。笑笑
投稿した時、またお付き合い戴けたら、倖せでございます。m(_ _)m
どなたもお変わり無く、健やかでありますよう願いつつ、
see you~♪




