命の価値 ep.1 動き出す運命と共に
エルドバでの大きな戦いは終結し、シルバーは騒動の諸悪の根源に対処するために動き出した。
そして一方で、エルドバに近づく不穏な影。聖騎士の中でもトップクラスの実力を持つとされる、帝下七剣の一人である「怠惰」のファファイニー、彼の目的とは一体……。
時はエルドバにて、シルバーとダスクの間での死闘が終わりを告げた頃から少し遡る。
ダスクの恐怖による支配とも言える、女王クラリアの生誕祭を迎えた国民達への包囲網は依然として続いていた。
その指揮を任されたのはダスクの意志に従い続けてきた紫の魔女ポルトと、ダスクによる洗脳の被害を受けた緑の魔女グリムであった。
黒の魔女ダスクがフォルリンクレー国民達の前を離れ、二人の執政官だけが残されたという状況で、そこに集まった人々が何も行動を起こさないはずが無かった。
「……おい、上手くやればここから逃げられるんじゃないか?」
「やめとけって……!何人死んだと思ってる!」
「でもよぉ、あんなに体の細い女を2人だけ残して、これだけの人数を制御出来ると思うか……?」
「それは信じ難いけどよ……。仮にもあの方達は執政官だぞ。聞けば妙な術を使うらしいじゃないか」
「そんなの誰かが言い始めた噂だろう」
国民達の中には、そのような画策を練る者も少なくは無かった。
実際のところ、ダスクからポルトに下された命令はあくまでもフォルリンクレー国民を広場から外に出さないようにする、つまりは情報の拡散を防ぐためであって、殺害することが目的では無い。
もしもポルトが始めから殺しを公に許可されていたならば、広場はとうの昔に死体の山となっていたであろう。
「なんだか、つまらなくなってきたわね……」
国民達の目の前で、突然ポルトはそう呟いた。執政官のあまりに状況を弁えない発言に、国民達は騒然とした。
「ふざけるな!誰のせいでこうなってるんだ!」
「早く家に帰してちょうだい!」
「なんで私達がこんな目に合わなきゃいけないのよ……!」
国民達は、それまで言うことの出来なかった思いの丈を、迫り来る激流のように言い放った。一人では言い出せなくとも、周りの人間が同じ気持ちであると認識した時、人間は気持ちが大きくなるのだろう。
しかし、それを見たポルトの反応は、あまりに異質なものだった。
「あら、まだ元気があるじゃない」
そのポルトの一言に、国民達の背中には悪寒がはしった。そして気が付く。あれだけの恐怖を与えてこの場を去っていった「黒の魔女」が、信頼をおいて全てを任せる相手など、普通であるはずが無い、と。
「ダスクに萎縮して動けなくなってただけなのね、可哀想。だったらここから逃げても良いわ。ただし、それ相応の覚悟をすることね」
ポルトが不敵な笑みを浮かべると、国民達を取り囲むようにして禍々しい生物達が広場へと近づいてきているのが見えた。
「お、おい……。なんだあいつら……!」
「あの子達は私の可愛い玩具達。ちょうど今日はまだお昼ご飯をあげてないから、お腹が空いてることでしょうね」
フォルリンクレーの国民達は皆、ポルトの言葉の真意に気が付くと同時に、我先にと広場から逃げ惑い始めた。
「逃げろぉっ!あのバケモノに食われるぞ!」
「きゃああああっ!」
通常の動物の骨格に、外側からポルトによる毒の魔術を付与された彼女のペット達は、近くに居る人間を見境無しに襲い始める。
広場には混乱と狂騒の渦が流れ始め、最早誰にも止めることは出来なかった。
「さあ、貴方達が望んだゲームよ!生き残りたかったらそれに相応しい動きをしてもらわないとね」
紫の魔女ポルトは、フォルリンクレーの執政官「七色の魔女」の中で、最も残酷な性格の持ち主である。自分自身の快楽、愉悦のためなら他人が傷つくことを忌避せず、逆に進んで実行する。
ポルトはフォルリンクレーの執政官として「司法」の番人として存在しているが、その際の有罪の処罰については彼女自身の裁量によって罰を下す事が出来る。
そのため、彼女による死んだ方がマシとも思えるほどの刑罰は、同じ「七色の魔女」の中でも賛否が分かれるものとなっていた。
奇しくもそんな彼女がクラリアの意志に遂行に従うダスクとの間で協力関係を結んでしまったことは、エルドバとフォルリンクレーの国民達にとって最大の不幸と呼べるかもしれない。
実際のところポルトは、ダスクほどクラリアへの忠誠心は無く、あくまでも自分自身の地位や行動への制限がかからなければ、どの派閥に存在しようと構わないというスタンスをとっていた。
そんな彼女に近づいてきたのはむしろダスクの方からなのだ。
「俺にはどうしても成し遂げたい事がある。そのために、お前の力を貸して欲しい」
「それって、私にとって面白いことかしら?」
「そうなるかはお前の働き次第だ、ポルト」
「あら、興味深いこと言うじゃない。乗ったわ、その話詳しく聞かせて……」
その際ダスクから明かされたフォルリンクレーの勢力拡大、エルドバの滅亡という日常へのスパイスは、日々刺激を求めるポルトにとって願ってもない好機であったのだろう。
ダスクからの誘いをポルトは二つ返事で了承した。そしてその時、ダスクがポルトに提示した「もう一つの野望」が、ポルトにとって最も強い動機となる。
「俺は、クラリア様以外の人間を信用してねぇ。お前の判断で、この国に居る腐った人間達を殺す許可を、俺が与えてやる」
「……!」
「勿論ただでやっていいとは言わねえ。来るべきタイミング、それを俺が示した時にお前は自由に力を振るう事が出来るようになるんだ。……どうだ?悪い話じゃねえだろ?」
「えぇ、とっても素敵な話ね」
そして、現在に至る。ポルトからすれば、ダスクの意志に基づく正当な殺戮。ただその過程を楽しむためだけに、彼女は国民を巻き込む暴挙に出たのだった。
「あぁ、なんて強い刺激……!死ぬ前の人間の表情が、この世で最も美しいわ!」
ポルトのペットによる被害は留まる所を知らず、果敢にも広場からの脱出を試みた国民達は、一人残らず餌とされてしまった。
残されたのは、抵抗する気も無くなってしまった者達だけであったが、死へと抵抗する様すらないその人間達に、ポルトは少しの興味も湧かなかった。
「ねぇ、どうして逃げないの?」
「……逃げても、殺されるだけだろ!」
そこに留まった男の一人はそう言って反抗したが、ポルトはそれが気に食わなかったのか、自分の人差し指をその男の口に捩じ込む。
「ゴフ……!」
するとみるみるうちに男の口からは紫色の液体が零れ始め、やがてそれは紅い色を伴っていく。
男は力なくその場に倒れ、ポルトは汚れた指を丁寧にハンカチで拭き、残された国民達を見る。
「価値の無い命を最後に使ってあげるって言ってるのよ。だったらせめて美しくもがきなさい」
ポルトのその目は、本気でそれを信じて疑わないといったものだった。
誰かが言ったものだ。悪よりも怖いものは、純粋である事だと。純粋なものは、どんなものよりも簡単に濁ってしまい、そして綺麗すぎるが故に自分自身が汚れていることにすら気が付けない、と。
フォルリンクレーは、純粋な悪によって今、崩壊の危機を迎えていたのだ。
作者のぜいろです!
エルドバサイドの物語が終わり、フォルリンクレーへと舞台が移っていくわけですが、今回の話しを見ていただければ分かる通り、まだまだ胸糞展開は終わりません。
というより、本章最大の胸糞シーンがまだ控えているという事実があるので、作者は戦慄しております。
というわけで、胸糞シーンがお好きな方は、是非ブクマ等をして頂いて、見逃さないようにお願い致します!




