長く短い悪夢 ep.8 銀狼 vs. 黒の魔女
牢獄に囚われていたシルバーをそこから出したのは、エルドバの新米騎士であった。シルバーは自らの過去から、体だけでなく心まで牢に繋ぎ止められて閉まっていたのだった。
新米騎士の思いに動かされたシルバーは、自分の本心を思い出し、エルドバに迫る脅威への対処を心に決める。
そして黒の魔女ダスクの前に、現エルドバ騎士最強の男が対峙する……。
シルバーとダスク両名の戦いは、序盤、シルバーがかなり有利な立場を築いていた。両者心に宿す思いは違えど、国のためという感情に変わりは無いが、シルバーのそれがダスクを凌駕していたのだ。
「そんなもんじゃねえだろ。それだとキエルやドーフがお前に負けた理由が説明出来ねぇ」
シルバーは怒りながらも、冷静さを保っていた。しかし依然として毛は逆立ち、その様相はまさに修羅そのものであった。
「その力、獣人にしても有り余り過ぎてるだろ……!……加護か」
「ああ。でもお前もそうなんだろ?」
シルバーは立ち上がろうとするダスクに向かって追撃を入れようと近づくが、ダスクはすぐに自分の分身達を盾として使う。
「だけどな、手数が違うんだよ。お前は一人、俺は幾らでも兵隊を生み出せる!限度があんだろ、流石にな!」
シルバーは正面に立ち塞がったダスクの分身を蹴り飛ばすが、横から現れた分身達によって腕を抑えられる。
「ちっ」
シルバーは痺れを切らしてその場で回転し、腕にまとわりついた分身を振りほどこうとする。しかし、その瞬間に僅かに隙が生まれてしまう。
氷の牢獄
それを見逃さず、ダスクの本体はシルバーの懐に潜り込み、シルバーの体全体を包む巨大な氷の塊をその場に発生させた。
更にダスクは右手に電撃を集中させ、五指を揃えて尖らせる。氷によって身動きが取れなくなっているシルバーに対して、その胸めがけて鋭利な一撃を叩き込む。
電槍
その攻撃の瞬間にダスクは氷の牢獄を解き、無防備となったシルバーの体に右手をめり込ませる。
シルバーは急所を避けるために身をよじるが、それでもダスクの一撃が左肩に命中してしまう。
「おらぁっ!」
ダスクの右手はシルバーの左肩の肉を抉りとり、その部分からは鮮血が飛び散る。ダスクはそれにシルバーが怯んだのを見逃さず、左脚に瞬時に氷で武装をする。
氷滅脚
シルバーはその一撃をまともに受ける事が敗北に繋がることを咄嗟に判断した。そして、痛む肩をものともせずダスクの脚を側面から握り込む。
「させるかよ」
そのまま後ろに飛ばされる勢いを利用して、シルバーはダスクの脚を起点に背負い投げのような形をとる。勢いを止めることが出来ないダスクは、自らとシルバーの速度をもって地面に強烈に叩きつけられる事になる。
「グハッ……!」
ダスクにとって、3度目の強烈な地面への打ち付け。それによる肉体へのダメージは既にダスクの想定を超えていた。
それでもダスクはシルバーの攻撃の間合いの外に出て、反撃のタイミングを伺う。分身達もまた、シルバーを取り囲むようにして本体のバックアップを行なう。
「……分身とは言え、お前の体だろ?痛めつけられることに対する感情はねえのかよ?」
シルバーは、周囲に居るダスクの分身達を見て言った。ダスクはそれに笑って答える。
「そんなもんある訳ねぇだろ!俺の全てはフォルリンクレー、つまりクラリア様のためだけにある!俺自身も俺の分身達も、その意志を遂行するためだけに生きてきたんだからな……!行け、お前らぁっ!」
ダスクはそう言って、分身達にシルバーを攻撃するように命令する。
ダスクの分身達はシルバーに何体も惨殺されながらも、その屍を踏み越えて攻撃し続けた。
やがてシルバーの体が返り血に染まり、息を切らし始めた時、シルバーは怒髪天を解いた。
「なんだぁ、降参か?俺の分身達はまだまだ出てくるけどな!」
ダスクの言った通り、彼女の体から黒い液体のようなものが溢れ出し始め、地面に落ちたそれはひとりでに形を成して行く。そして再び何体ものダスクの分身達が現れる。
「命令に忠実な死をも恐れぬ兵隊。こいつらを乗り越えてお前に俺が倒せんのかよ!」
ダスクの問いかけに、シルバーは沈黙をもって答えた。そして、ゆっくりとダスクの方へと向かって近づいて行く。
「抵抗しねぇならこっちから行くからよ!」
ダスクは分身達に先導させ、自らもシルバーの方へと勢い良く襲いかかった。
「……憐れだな、お前ら」
情動 慟哭
一斉に襲いかかるダスクの分身達だったが、その激流のような攻撃は、何一つシルバーに当たることは無かった。シルバーはその際、ほとんど避ける動作すらしていないというのに、だ。
「なっ……!」
ダスクは肉壁としてシルバーを襲わせた自分の分身達が入れ違いとなり、なんの干渉も受けることの無かったシルバーと対峙してしまう。
ドゴッ!
シルバーの容赦の無い拳は、不意をつかれたダスクの鳩尾に思い切り突き刺さった。それを受けて、ダスクはその場で膝をつく。
「生きてる意味のねぇ奴なんてこの世にいねぇよ。……それがたとえ生き物じゃなかったとしても、俺はそいつの『心』を否定しねぇ」
ダスクはシルバーの一撃によって呼吸が乱れ、視界がグラつく。身体中が痛みによって悲鳴を上げ、動こうとする事自体を否定する。
「俺は……。俺はこんな所で……!」
ダスクは何とか立ち上がり、ゆっくりと顔を上げてシルバーの方を見る。そこでは既に、怒髪天の状態に戻ったシルバーが、ダスクの分身を全員仕留め終わっていた。
「……終わりだよ、お前は。分身を出すのも無限じゃねぇんだろ?目に見えて動けなくなってんじゃねえか」
シルバーのその考えは当たっていた。自分を催眠することによる身体能力の向上、分身達を生み出すためのエネルギー消費、そして度重なるシルバーからの強烈な攻撃の連続によって、ダスクの体は既に限界を迎えていた。
「こんな、所で……!俺は……!」
しかしダスクの目はまだ死んでいなかった。
ーエルドバ近郊の森ー
「……ファファイニーさん、貴方が来ようって言ったんですから自分で歩いてくれませんかね」
「……んぁ?めんどくせぇから、やだ」
スーツを着た金髪の男は、上下ダルダルの服を羽織った人間を背負ったまま、とある場所を目指していた。
「……はぁ、ったくこの人は。連邦長からの命令、脱獄囚の捜索任務のためにここまで来たってこと、忘れないで下さいよ」
「……なにそれ?」
「……は?貴方の担当区域がこの辺りだって教えられたから私はわざわざアルカラからここまで貴方を送って……!」
「俺の担当は東側だよ、ジェバーセン」
「そんな……!私の苦労、返してくださいよ!」
「返せるもんなら返してやるよ〜」
「……ファファイニーさん!」
背負われていた男は急に、ジェバーセンと呼ばれた男の背中を蹴ると、空中で1回転して綺麗に着地した。
見るからに体中からやる気の感じられない服、そしてお気に入りの猫耳付きのフードで目元を隠したその男は、世界連邦直属の聖騎士。
選ばれし精鋭の筆頭騎士の1人である、『怠惰』のファファイニーであった。
「なんだか面白そうな気配がしたから来ただけだよ。それにしても、日差しってのはウザったいね」
そう言うとファファイニーは、軽く指を鳴らした。それに合わせるようにして、世界には夜が訪れた。
「うん、やっぱり俺は夜が好きだ。さあ、行こうジェバーセン。エルドバに、さ」
「……バレても知りませんからね」
2人の男はエルドバに続く夜道を、静かに、しかし確実に歩いていく。
作者のぜいろです!
今回の話の終わりに新キャラクターが登場しましたが、彼は少し前の話で話題に上がった、世界連邦直属の聖騎士である「帝下七剣」の内の1人になります!
今後もストーリーに大きく関わってくる重要人物の1人ですので、是非覚えておいていただけると幸いです!
ちなみに、ファファイニーに関してはイラストレーターの方に挿絵を依頼済みですので、そちらの登場もお楽しみに!
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