長く短い悪夢 ep.1 女王の生誕祭
生誕祭。それは魔導王朝フォルリンクレー女王クラリア・アナーキーの生誕を祝う祭りが行われる日。
フォルリンクレー全土でその前日を含む2日間は完全な休日とされ、日々の疲れを癒すと共に女王に感謝する日となっていたのだった。
しかし、フォルリンクレーの国民はその裏で渦巻く悪意に気が付くことなく、その日を迎えることとなったのだった。
ーフォルリンクレー郊外の街ー
「準備は出来たか、ダリア?」
シンは一足先に宿場で準備を済ませ、ダリアに尋ねた。俺は身だしなみを整え、首元にさげたネックレスをぎゅっと握りこんだ。
母メイン・ローレンスから幼い頃に貰ったそのネックレスは、俺にとって何よりも大切なものであり、肌身離さず身につけてきたものである。
「あぁ」
立ち上がり、深呼吸をひとつ。目を閉じて、自分のやるべきことを確認する。今日俺達は、フォルリンクレーに巣食う闇を払いに行くのだ。
「行くぞ、あいつが待ってる」
シンが扉を開けた先には、準備を終えて待っていたフィスタの姿があった。
「パウエちゃんには部屋で待っておくように言いました。念の為、私の能力で守ってますけど、完全に安全とは言いきれないです」
フィスタは不安そうな顔を見せるが、俺はそんなフィスタを労って言う。
「大丈夫。ここにまで危害が及ばないようにすれば良いだけだ。俺達は、やるべき事を成し遂げよう」
「……はい!」
フィスタはいつもの元気そうな顔に戻ると、笑みを浮かべた。緊張で体が強ばっているのか、少しだけ無理をしているようにも見える。
「心配すんな。いざとなったら俺達がいる。一人で戦うんじゃねえんだからよ」
シンはいつもとは違い、フィスタに優しい言葉をかける。シンもフィスタが体がすくんでいるのが分かったのだろう。
「そういうシンさんこそビビってるんじゃないですか?カッコつけて」
「あ?なんか言ったかよ」
「聞こえてないならもう1回言ってあげますけど?」
「上等だ、アホ女!」
「アホって言う方がアホなんですぅ!」
いや、やっぱりいつも通りみたいだ。少なくとも、さっきまであったピリついた雰囲気は無くなったようだ。
「行こう。テトラさん達の所へ」
「おう」
「はいっ!」
俺達3人は宿場を後にした。
ーフォルリンクレー首都、大広場ー
クラリアによる生誕祭での演説が行われる大広場には、朝早くから人々が押し寄せていた。普段は姿を見ることも難しい女王を一目見ようと、人々は沸き立っていた。
「クラリア様、いついらっしゃるのだろうか?」
「今年の生誕祭はお姿を見れるらしいから、待ち遠しいわぁ!」
人々は自分達の王であるクラリアの登場を、今か今かと待ちわびる。
その時、大広場と魔女の塔を繋ぐテラスに、七色の魔女達が現れた。もちろん、そこに赤の魔女テトラと白の魔女ハクアの姿は無い。
「えー、皆様。大変長らくお待たせ致しました。只今より、フォルリンクレー女王クラリア様が入場されます。盛大な拍手でお迎えください」
紫の魔女ポルトがそう言うと、大広場に居る国民の前に、一人の女が姿を現した。それと同時に、周囲にいる七色の魔女達は一斉に膝をつく。
荘厳な白いドレスに身を纏った女王は、凛とした表情で歩みを進める。自分の姿を人々に知らしめるかのように、彼女は少しの迷いもない眼で人々を見つめた。
その場にいる国民達は、その美しさと厳格さに、一瞬誰もが言葉を発するのを止めたものの、それをかき消すように数秒後には割れんばかりの歓声と拍手が広場を支配した。
「私が、魔導王朝女王、クラリア・アナーキーだ。今日は私の為に集まってくれてありがとう。どうか、皆にとって良き日となるよう願っている」
クラリアはそう言うと、黒の魔女ダスクから、一つの書類を受け取る。
「そして今日というこの日に、皆に聞いてもらいたい事がある」
クラリアが改まってそう言ったため、人々は困惑してざわつき始める。
「私達は今、獣王国エルドバという大国にその領土の一部を賜り、一国としての主権を築いている。これは、世界的に見てもあまり例を見ないものである」
そしてクラリアは、ダスクから受け取った紙を人々に見えるようにして広げた。
「これは、私と獣王国の先代国王との間で交わされた、友好関係についての記述がなされた文章、すなわち我々を友好国たらしめる公文書である」
そして次の瞬間、クラリアは衆人環視の元で、その紙を両手で真っ二つに破り捨てた。突然の出来事に人々は、目の前で起きた事を受け入れるまでに時間を要した。
静寂が支配する広場で、クラリアは続けて話した。
「我々の国力は最早、彼の友好国を凌駕する。技術力、そして軍事力、経済力。どれをとっても秀でている。しかしこの文書に縛られるが故に、私達はこの狭い国内での暮らしを続けてきたのだ。私は今の状況が、変革の時期にあると判断した!」
クラリアがそう叫ぶと、人々は揃って近くの人間と話し始める。
「そうは言っても簡単に覆せるのか?」
「不自由なことはあまりないしねぇ」
「世界連邦にも入ったばかりだし……」
すると、広場でそのようにクラリアの話に対して同意出来ないような姿勢を見せた人々の前に、黒の魔女ダスクがいつの間にか降り立っていた。
「何、お前ら。クラリア様の決定に文句があんのかよ?」
「いえ、決してそういう訳ではありません、ダスク様。ただ、あまりに突然の事で我々も……」
その瞬間、ダスクの右の手は話しかけた国民の胸を貫いていた。周囲に飛び散る鮮血が、その事態を本当の事だと伝える。
「きゃああああああ!」
「うわああああ!」
広場では当然、パニックが起こる。しかし、それを鎮静するかのように、七色の魔女が既に広場を包囲していた。
各々のやり方で、一歩でも広場を出ていこうとする者に、七色の魔女は制裁を加えていく。その悲劇が更なるパニックを引き起こすという負の連鎖があったが、やがて人々は自分の置かれた立場を理解していった。
そして、抵抗する者は居なくなった。それには、あまりにも多くの血が流れすぎた。
「お前らの意思は聞いてねぇんだよ。俺が言ってんだ。クラリア様が言ってんだ。それが、国の意思なんだよ」
ダスクはそう言い放つとクラリアのいるテラスに飛び上がって戻り、再び膝をつける。
「予定通り、実行します。クラリア様のために、必ず成功させてみせます」
「頼んだわ、ダスク」
クラリアはそう言うと広場を後にすると、魔女の塔の方へと戻って行った。
「さあ、悪夢の始まりだ。エルドバにとっても、今の生ぬりぃこの国にとってもな」
ダスクはそう言って、満面の笑みを浮かべたのだった。




