女王への謁見
奴隷市場の内部、謎の地下部屋へと辿り着いたダリアが目にしたのは、フォルリンクレーの商人によってエルドバ国民が奴隷として売られている現場だった。
そしてその中には、エルドバで出会った少女パウエの姿があり、それを知ったダリアは怒りの限界を迎え、その場にいる者達を蹂躙してしまう。
その騒動に気がついたシンとフィスタはダリアの元へと駆けつけ、ダリアと共にフォルリンクレーの闇と戦う決意をする。
「赤の魔女」テトラは、魔導王朝フォルリンクレー女王のクラリア・アナーキーの、随一の側近である。
テトラにとっても、クラリアにとっても、お互いが常に最高の理解者であり、フォルリンクレーを導く上で欠かせない存在であると認識してきた。
魔導王朝フォルリンクレーにおける「七色の魔女」は、クラリアによって素質を見込まれた同世代の女児達が成長し、今の立場を担っている。
執政の中でも外交、国内行政、技術発展、歴史研究、司法、民間交渉、軍事とその細目が分けられており、それぞれに専門の「七色の魔女」が国を代表して就いている。
テトラはその中で最も重要とされる「国内行政」、つまりは女王と七色の魔女、そして国民との橋渡しとなる存在を司っている。これは彼女の「七色の魔女」からの信頼や女王に対する貢献、そして何より実力が評価されてのことであった。
「女王への謁見」は、七色の魔女と呼ばれるこの国の重要ポストに就いているテトラを筆頭とした執政官達が一同に集められ、重要な問題についての報告、解決を行う場である。
今までも何度か行われてきた事ではあるが、テトラは今回の謁見がフォルリンクレーの今後を左右する重要な局面であることを理解していた。
「今日の謁見、何としてもクラリア様を、そしてダスクを説得しなければならない」
テトラはハクアと共に「女王の間」と呼ばれる、魔女の塔の最上階に位置する場所へと続く階段を登っていた。
「ええ、そうですね。他の魔女達がどう出るかは分かりませんが、少なくともダスクは私達に敵対してくるでしょうから」
獣王国エルドバの支配という議題は「黒の魔女」ダスクによって七色の魔女各位に知らされたが、テトラとハクアは断固としてその考えに反対してきた。
「この国が成長するべきだという理屈は分かる。しかし、そのために彼の友好国を踏み台のような扱いにしていい訳では無い。私達が正式な国家として認められた事の恩義を忘れたというのなら、正さなければいけないんだ、その考えを……」
テトラがそう呟いたのに対し、ハクアは優しく彼女の手を握った。その手は暖かく、どこか懐かしさを感じる。
「私も一緒です。一人で戦ってるなんて、思わないで」
「ああ、ありがとうハクア」
二人は女王の間へと辿り着き、遂に女王クラリア・アナーキーへの謁見の場へと現れた。
「執政官テトラ並びにハクア、只今到着致しました」
テトラとハクアはそう言って自身の胸の前で両手の指を交差させて組む。これはフォルリンクレーにおける目上の人間に対する挨拶の基本的な様式である。
「……ご苦労様。他の子達は既に到着しているわ。今回の『謁見』を始めましょうか」
女王の間の最奥に居座るその女は、ゆっくりと立ち上がりその姿を露にした。
白銀に輝く長い髪は胸の辺りまで下ろされ、その1本1本が光に照らされて妖しい光を放っている。長年変わることの無い美貌は年齢を感じさせず、まるで時が止まったままかのような印象を受けるのは、毎回のことである。
「クラリア様、早速本題に入っても?」
クラリアの後ろの柱の陰から、「黒の魔女」ダスクと「紫の魔女」ポルトが姿を表した。ダスクは何を考えているのか、ニヤついている。
「ええ。貴方達の意思は国の意思。私は貴方達が決めたことに意義は唱えないわ」
クラリアはそう言って椅子に再び腰掛け、魔女達の動向を見守った。
「まあ内容ってのはあれだ。前々から言ってる通り、俺とポルトは獣王国エルドバに対する完全な主従関係、平たく言えばエルドバ領の完全支配化を提案する」
ダスクがそう言ったのに合わせて、ポルトは手に持った紙の束をクラリアに提出する。クラリアはそれを手に取って興味深そうに眺めている。
仮にも、フォルリンクレーにおける「国内行政」の執政官を務めるポルトによる書面のはずだ。計画書ならば間違いなく完成度の高いものになっている。
「私達がこの件を提案する理由は主に2つ。1つは既にフォルリンクレーの技術がエルドバに行き渡っており、対等な友好国の関係を継続することに疑問視していること。もう1つは、直近の王朝大使の殺害事件ですわ。少なくとも友好国としての関係はその時点で破綻している、と私達は考えますの」
ポルトはそう言ってテトラとハクアの方を見据える。なるほど、確かにあくまでも筋は通った話のようだ。
「だが、大使殺害に関してはもう既にエルドバとの間で解決した問題だ。実際に私が赴き、調停書をまとめてきたのだからな。その事実がある以上、大使の件は理由として提出するのは無理があるだろうな」
テトラがそう反論したのに付け加えるようにして、ハクアもそれを援護する。
「技術力の件に関してもそうです。少なくともフォルリンクレーの技術産業はエルドバ国民の労働力によって担保されているはずです。それを蔑ろにして、そのような横暴を許す訳にはいきません」
ハクアとテトラの真っ向からの否定意見に、ダスクは顔を曇らせた。そしてテトラ達にわざと聞こえるように舌打ちを鳴らした。
「お前らはさぁ、この国のことなんも分かってねえんだな?」
「……どういう意味だ」
ダスクの含みのある発言に、テトラは何か嫌な予感がした。自分のこれまでを全て否定されるかもしれない、といった得体のしれない恐怖を感じ取っていた。
「なあ、ハクア。お前今、フォルリンクレーの技術がエルドバの奴らの労働力に支えられてるとか言ってたけどよぉ、根拠でもあんのか?」
「……私は、フォルリンクレーの技術産業の製造工場の監督を任されているのです。民間交渉の任に就く魔女として、それを否定される訳にはいきません」
ハクアはそれでも毅然とした態度でダスクに正面から向き合う。彼女もまた、テトラと同様の恐怖に襲われていたが、それを跳ねのけるようにして強気な態度をとって見せた。
「へぇ、じゃあそれがよ……」
ダスクはニヤリと笑って言った。
「幻覚だったと、してもか?」
その言葉に、テトラとハクアは背後からナイフで刺されたかのような衝撃を受けた。額からは冷や汗が垂れ、自分の体が震えているのが分かる。
「つまらない嘘をつくな……!私も実際にこの目でエルドバ国民が魔道具を生産しているのを見ている!」
テトラはハクアを庇うために必死に抵抗するが、ダスクにとっては最早相手をする程の問題ではなかった。
「だったら教えてやるよ。……ポルト」
その呼び掛けに応じて、ポルトは自身の腕に取り付けた器具から、霧のようなものをテトラとハクアに向かって噴射した。
「これは貴方達の記憶を改竄する毒を、元に戻す薬。……これで記憶が戻ってもまだ、貴方達は現状維持を唱えるのかしら?」
そう言って微笑むポルトの表情の意味を、テトラとハクアは無理矢理にでも理解させられる。
自分達の記憶の中にあったエルドバ国民達の記憶が失われていき、その代わりにフォルリンクレーの国民が置き換えられていく。そうやって、テトラとハクアの記憶の中に、エルドバ国民と出会った日々は徐々に残されなくなっていくのだった。
しかし、ハクアはそれでも、最後の抵抗を見せる。
「嘘!ポルト、貴方の魔法で今記憶を塗り替えたのでしょう?そんな手には、引っかからない!」
ハクアのその言葉をダスクとポルトは一瞬真顔で受け止めたが、すぐに声を出して笑い始めた。
「おいおい、つまらない冗談言うんじゃねえよ、ハクア。これが真実なんだよ!エルドバはもう要らねぇ。フォルリンクレーは自分達の力だけでこれから世界に羽ばたくんだよ!」
「そんなの間違ってるっ!」
ドスッ
その瞬間、ハクアの必死の叫びを遮るように、彼女の胸には氷の柱が突き刺さっていた。
じんわりと広がる赤い液体は、それが彼女のものであるということを残酷に告げる。
「うるせえんだよ、お前」
ダスクは目の前で倒れ込むハクアに対して、そう言葉を吐き捨てたのだった。
作者のぜいろです!
遂に胸糞展開が始まってしまいましたね……。ここから先はダリア達がフォルリンクレーの闇と戦うシーンに入っていくわけですが、ハクアが胸を貫かれるシーンは作者としても心が痛かったです……。
今後の展開を是非お楽しみに……。




