奴隷市場
フォルリンクレーの屋台の店主から、自分達と同じようにエルドバ国民を見かけないという話を聞き、疑問を感じたダリア達。
ダリアはフォルリンクレーにおける「奴隷市場」の調査のため、能力を使ってそこに潜入を試みる。
怪しげな二人の男に着いて行ったダリアがそこで見たものとは……
奴隷市場でエルドバ国民の奴隷売買をほのめかす二人の男に悟られないように、俺は二人の後を追った。二人は裏路地の途中にある扉を開け、そこから地下に続く階段を降りていく。
俺はそのドアが締まりきる前に中へと入り込み、二人の足音が下へと向かっているのを確認した。
この先に何があるのかは分からないが、全身で感じ取るのことの出来る異様な寒気は、俺に気を引き締めさせるのに充分であった。
階段の先に辿り着くと、薄暗い照明が天井から吊るされている広い部屋に出た。そこには外で見たような正装に身を包んだ人間達が、怪しげな仮面をつけて酒を酌み交わしている。
(なんだ、ここは……)
少なくとも人生で感じたことの無い不気味な光景に、俺は少々たじろいだ。すると、仮面をつけた人間達の視線の先、煌々と照らされたステージに、先程外で客引きのようなものをしていた商人が姿を現した。
「本日も当オークション会場へ足を運んで頂き感謝致します。私本日の司会を務めます、スティグマ商会の商人、テスラーと申します」
俺は、その名前に困惑せざるを得なかった。「スティグマ」。ミスティアで俺達とノエルさんの前に現れた謎の覆面の男が発していた言葉を、目の前の商人は口に出したのだ。
何の関係性がある……?神獣から「神威」と呼ばれる神からの恩寵を奪い去って行ったあの男と、何か繋がりがあるのだろうか。
「さて、本日もオークションを始めさせて頂く前に、いつも通りご忠告から。ここでの競売は他言無用。この唯一にして絶対のルールを犯した方には、それ相応の処置を取らせて頂きますので、あしからず……」
そう言ってテスラーと名乗った商人は舞台袖へと一旦下がると、鎖に繋がれた人物を連れてステージへと戻ってきた。
そこで、俺はこの国の、フォルリンクレーの闇を知ることになる。
「さあ!まず一人目の奴隷は、『シマウマの獣人』ストライプ!年齢は23歳で働き盛りの男。ここに来るまでは配達業をやっていたとの事で、小間使いにはうってつけ。スタートは3000ガルより!」
「3200!」
「こっちは3400だ!」
俺は、目の前の光景を信じたくは無かった。フォルリンクレーという国のことを、テトラさんが変えたいと願っているこの国を、心のどこかで信じていた。しかし、現実はそう甘くは無かったようだ。
そこに集まる下衆な人間達は、あろうことか同じ人間に対して価値を付ける。なんて醜い姿だろうか。これが、「友好国」とでもいうのか……!
俺は暫く目の前で繰り広げられるオークションを止める方法を考えていた。このオークションを仕切る者の背後にスティグマの存在が居るのなら、手出しすることは危険かもしれない。
そんな考えをめぐらせている時だった。俺は自分の心臓を鷲掴みにされるような衝撃に陥った。
「さあ、本日の目玉商品!つい先程手に入った、発達前の女児のリスの獣人!残念ながら名前については聞き出せておりませんので、皆様の方でお付けになってください……」
テスラーがステージ中央に連れて来たのは、意識を失ったまま手足を縛られたパウエの姿だった。エルドバで俺達にリンゴを売りつけてきた、いたいけな少女は、愚かな人間の毒牙にかかっていた。
その時、俺の内側からドス黒い感情が膨れ上がるのを感じた。今までには無かった感情、湧き上がる力の昂りを感じる。
「全員、殺す」
その感情をなんと呼ぶのか、俺には分からなかったのだ。
「ダリアさん、遅いですね……」
「まあ、こればっかりはアイツを待つしかねえよ。ダリアの言う通り、この国に何か闇があるとして、今俺達の中でそれをバレずに調べられるのはアイツだけだ」
シンとフィスタは、ダリアが潜入した奴隷市場へと繋がる路地を見張れる場所で待機していた。何か問題が起きればすぐに駆けつける手筈だった。
「そろそろ15分くらい経ちますね……。ダリアさんの事だから大丈夫でしょうけど、何か不穏な空気がして嫌です……」
「まあ、確かにな」
普段ならばフィスタを小馬鹿にしたような態度をとるシンだが、この時ばかりはフィスタと同じ様に胸騒ぎがしていた。
するとその時、奴隷市場への入口の路地裏から、多くの人間達が我先にと飛び出してきた。その誰もが後ろを振り返ることなく、ただひたすらにその場から離れることだけを考えているように見えた。
「シンさん!」
「あぁ、行くぞ……!」
奴隷市場の内部で何かが起きたことは明白だった。そしてそれにダリアが関与していることも、恐らく間違いないと思われた。
(間違いは起こすんじゃねえぞ、ダリア……!)
シンは自分が焦燥に駆られていることに気がつきながらも、安否の確認のために奴隷市場へと入っていく。それを追うようにして、フィスタもそこへ足を踏み入れた。
その場所は、かつて奴隷市場があったと思われる路地裏の商店街のような場所。しかし既にそこには、何かがあった気配すら消え失せるほど、忽然と物が消えてしまっていた。
地面には抉られたかのような傷、散乱する木の破片や、引きちぎられたかのような鉄格子が、現場の凄惨さを物語っていた。
「あ、あんたらっ!今すぐここを離れた方が良い!地下に、バケモノがいる!」
路地裏に取り残されていた男は、シンとフィスタにそれだけ言い残して、足早に走り去っていった。
「地下ってどこだよ!」
「シンさん、こっち側で壁が崩れてます!中に、地下に続く階段があります!」
フィスタは奴隷市場があったであろう場所から更に少し横道に入った所の壁を指さして言った。
シンが駆けつけると、確かにそこには地下へと続く階段が見られた。しかし、その場所から感じ取ることの出来る雰囲気は、絶望的なまでに「恐怖」を押し付けてくるものだった。
「行くしか……ねぇよな」
シンは覚悟を決めて、階段に足を掛けた。フィスタは一つ深呼吸をした後に、シンに続いて階段を降りていく。
二人が薄暗い照明を頼りに階段を下って行った先、そこには広い部屋が広がっていた。
そこでは、気絶しているのか、ピクリとも体を動かさず地面に横たわる複数の人間の姿があった。そして悪趣味なステージの中央に、女の子を抱えたダリアが座り込んでいた。
ダリアが悲しみを浮かべた表情で見つめるその子供は、シンとフィスタにとっても見覚えのある顔。そして、手に嵌められた手錠が、その場で起きたことのきっかけを物語る。
シンはゆっくりとダリアに近づき、尋ねた。
「殺してねぇよな?」
その言葉に、ダリアは小さく頷いた。それを見てシンは息を吐き出し、安堵の表情を浮かべる。
「……いつまでそうしてるつもりだ。もう、やる事は決まっただろ」
「……ああ」
ダリアは女の子を抱えて外へと繋がる階段の方へ歩き始める。そして、恨みや悲しみ、怒りを孕んだ目を以て、ダリアは二人に宣言した。
「この国を、許さない」
作者のぜいろです!
本章においてダリア達が戦う理由が書かれていった本話でしたが、どうでしたでしょうか?ここから、獣の王国と魔導王朝編は折り返しといった予定になります。この先はバトル展開などもございますので、是非お楽しみに!




