蜃気楼
カルマさんの家の中へと、俺はようやく招かれた。中には俺からすればガラクタにしか見えない、なにかの部品や骨董品のような物が乱雑に置かれていた。
「ここはあくまで物置だからな!儂の本当の家はこの先だ」
物置で合っていたらしい。カルマさんが指差した先は、床だった。
「この先にかなりの広さの地下室がある。俺の弟子達もそこにいるからな、紹介しよう」
そう言ってカルマさんが床に手を触れると、床の一部が大きく開き、地下へと続く階段が現れた。覗き込んでみるが、だいぶ深くまで続いているようで肉眼ではその先が確認できなかった。
「さあ、行こうか」
カルマさんはランタンを手に持って階段を下り始めた。階段はかなり暗く、カルマさんにピッタリとくっつかなければ怪我をしてしまいそうな程だった。
そこから数分ほど降り、カルマさんが俺を静止させた。そこは行き止まりのようだ。
「この先だ」
カルマさんは、床に手を当てたのと同じように行き止まりのはずの壁に手を触れた。すると、カルマさんが触れた部分から、壁がバラバラと崩れ落ちていき、眩しい光が差し込んできた。
「うおおおおっ!」
中では、上裸の男が2人、必死の形相をして睨み合う競技場。そしてそれを囲む屈強な男達で溢れかえっていた。その熱気は、真昼の砂漠と遜色ないほどだった。
「注目ぅっ!!!」
俺の隣にいたカルマさんは、いきなりとんでもない大声を出したので、俺は思わずビクッとなってしまった。心臓に悪い。
「まあだ決着が着いとらんのか、オリバーにキーン。何十分そうしとるんだお前らは!」
カルマさんは俺に手招きして、競技場の方へと一緒に連れて行ってくれた。屈強な男達からの視線が痛いが、カルマさんの影に隠れながらついて行く。
「今日は闘技は解散だ。その代わり、お前らに紹介したいやつがいる」
筋骨隆々のゴリマッチョたちは、明らかにざわめいているのが分かった。闘技とかいうものが無くなったからなのか、俺に対するものなのかは定かではない。
「俺の古くからの親友の一番弟子、そしてかつて国際指名手配に大きく名前が上がったやつだ」
そして、カルマさんは、先程まで男が睨み合っていた舞台に俺を招いた。自分の隣に俺を置くと、顎を男たちの方にクイッとやった。自己紹介をしろというのだろうか。
「……この国ではセリアと名乗っています。本名はダリア・ローレンス……」
そこまで言うと、明らかに男達の目が変わったのが分かった。先程までの知らない人間を見る目ではない。恐れているような、蔑むような、そんな目をしていた。
「お前みたいなやつが、あのダリア・ローレンスだって?」
俺の前にズカズカと歩いてきたのは、先程まで舞台に上がっていた男の1人だった。近くで見ると威圧感が凄まじく、鍛え上げられた肉体だと言うのが分かる。
「はっ、とても大量殺人者の見た目には見えねぇな。ここにいる誰にも勝てそうにないじゃないか」
俺は、その言葉に沈黙で返した。この男に怖気付いているからでは無い。アラポネラの神林で俺を鍛えてくれた時ゴーシュさんの方が、何倍も怖かった。
「じゃあ今やるか?」
そこに割り込んできたのは、カルマさんだった。腕を組んでニコニコしている。こうなることが分かっていて、俺に自己紹介させたのだろうか。
「いいですよ俺は別に。こんなガキの相手するだけなら他愛もない」
男の目は、臨戦態勢をとったのが分かるようだった。ゴーシュさんを通して何度も見た目だった。
「俺はザバン王国軍兵長キーン。手加減はしてやれないぞ」
キーンがそこまで言うと、どこからともなくカァーンッ!というゴングの音が聞こえてきた。
その瞬間、キーンの右ストレートが俺の顔をかすめた。いや、正確にはギリギリのところで俺が避けた。一撃で仕留める自信があったのか、キーンの表情は驚きと喜びが混ざりあっているようだった。
直ぐに戦闘態勢に戻ったキーンは、続けざまに右フックと左アッパーを繰り出してくる。しかし、俺はそれを余裕を持って避ける。
ここまで来るとキーンも驚きの表情を隠せなくなっていた。まぐれではなく、完全に避けているというその事実に。
「俺も、手加減は出来ません」
闇纏 - 黒腕ー
俺の両腕を黒い痣がおおっていく。かつてアーバの街を壊したこの力は、一部であるものの俺に協力してくれるようになっていた。いや、その力を意図的に引き出せるところまで成長していた。
「なんだよ、それ……!」
最後にそう言い残したキーンは、一瞬にして地下室の壁にたたきつけられていた。その場にいた男達も驚きを隠せない。
「はっはっは!その若さでこの強さ。やはりゴーシュが認めるだけのことはあるな!」
その場でその事態に驚いていなかったのは、カルマさんだけだった。マッチョたちは未だに困惑しているようで、近くの人間と何かを話している。
「それ、もう解いていいぞ」
「……あ、分かりました」
俺は両腕に巡らせた黒い痣を引かせていった。カルマさんの物言いからして、俺の力についてゴーシュさんから事前に聞いていたのだろう。
「……あ!」
俺はそこまできてようやく気がついた。自分が叩きのめした相手が、王国軍であるということに……。
「ん?どうかしたか?」
「いや……その……。罪人の俺が王国軍の兵士を殴ったという事実はあまり良くないかと思って……」
カルマさんはしばらくキョトンとした顔をしていたが、そのうち意味を理解して笑い始めた。
「はっはっは!あいつは、「元」王国軍だ。色々やらかしてなぁ。今でも王国軍にいた事を誇りに思っとるらしいが……。それに、ここにいる人間は全員同じ境遇よ」
それにつられて、周りのマッチョたちは、俺に対して向けていた驚きの目を上書きするように笑い始めた。
「歓迎しよう、儂の名前はカルマ・ロリック。お前さんが乗ってきた馬車を襲ったあの馬鹿弟子シン・ネオラルドの師匠よ!」
俺はその言葉に驚きを隠せなかった。あのバンダナの男とカルマさんが師弟関係?
「まあ、あいつはゴロツキを集めて蜃気楼とかいう集団を作っとるようだが、そもそもその名前は儂がこいつらに与えたものだ」
そう言ってカルマさんは、後ろにいるマッチョたちを指さした。
「蜃気楼は元々正義の集団だった」
カルマさんは俺に、この国の過去を語り始めた。




