悪魔の支配した国
目の前の状況は、誰が口にするでもなく「異質」という他無いように思われた。
一国の王であるバルダンが一人の旅人である少年に頭を垂れる姿。それは、この国の根底さえ揺るぎかねない事態だった。
「バルダン様、何を!」
キエルさんの反応は当然だった。俺ですら事態を把握するのに戸惑っているほどなのだから。
「キエル、お前は賢い。しかし、この国の歴史を知るにはまだ若かったな……。目の前にいる御方が、この国の全てを創ったという話は、今私が語っても信じまい」
俺の目の前で床を見ながらバルダンさんはそう言った。キエルさんの額からは、汗が垂れているのが見える。
「それは君もしかりだ。水帝様から伝えられた内容は、私にとっても信じ難いものだった。しかし今こうやってまじまじと対面したのだから、最早疑いようもない。君が、私達の正当な王だ」
バルダンさんは、不可解な内容を話し続ける。ここに来るまで、色んな人に伝えられた。エルドバは俺の中に眠るラグドゥルによって支配されていた地域だと。だがその言葉を、俺はマイナスのイメージで捉えていた。
ラグドゥルがこの地を支配した時に残った傷跡こそが、今の彼らを尚傷つける獣人差別思考に繋がっているのではないか、と。だから俺は自分の中に居る存在について話すことを躊躇っていた。でもこの状況は……。
「君は、エルドバに過去を知りに来そうじゃないか」
バルダンさんは顔を上げてそう言った。その瞳は、俺にはどうも嘘をついているようには見えなかった。
「教えよう。代々エルドバ国王にのみ伝わるこの国の真実と、君が背負っているものの大きさを」
バルダンさんは立ち上がり、座っていた椅子の前まで歩く。そしてその椅子を、床の方に向かって押し込んだ。
ゴゴゴゴゴゴ……
その瞬間椅子は地面へと埋まっていき、そこには階段のようなものが現れる。
「この方法は、国王にのみ伝えられる。国民が知らないのも無理は無いのだ……。それほどまでに、この国に起こった出来事は重要であり、知る者によっては悲劇の引き金になりかねない」
そう言ってバルダンさんは俺達の方を向いた。
「過去を知る覚悟はあるか?」
「……はい」
俺の返答ににっこりと笑ったバルダンさんは、手招きして階段の方へと案内してくれた。驚きを隠せないキエルさんとフィスタも俺の後に続いて階段の方へと向かう。
その階段は王城の地下へと降っているようだった。埃っぽい空気が漂い、この場所が古くから存在する事と、滅多に人が出入りしないことを俺達に伝えていた。
「私がエルドバ国王に就任したのは今から10年前。かの大戦が起こり、世界が変革を迎えた時だ。そのタイミングで、私は前王からこの場所の存在を教えられ、エルドバに起きた真実を知った」
バルダンさんはそう言ってひたすらに下へと下っていく。そうやって少し歩いた後、そこには一つの扉があるだけだった。
「この先にあるのは資料室。最早遺産とも言えるこの国の過去を語った文献たちがそこには遺されている」
バルダンさんが扉を開くと、そこには人が一人二人入ってやっとのスペースしか残されていない、本が敷きつめられた空間が広がっていた。
「王城の地下に、このような場所が……」
キエルさんは初めて見る光景に息を呑んでいる。それは俺達も同様だった。
そんな中でバルダンさんは、一冊だけやけに丁重に保存されている本に手を伸ばし、それを開いて見せた。そこにあったのは、エルドバの初代国王の名前と、ラグドゥル・フォン・ソロキオットの署名がなされたページだった。
「ラグドゥル・フォン・ソロキオット。彼はこの地を救い、我々に手を差し伸べた。初代国王がこの地に就くことが出来たのは、彼がこの地を解放してくれたからに他ならない」
そう言ってバルダンさんは、ラグドゥル本人を描いたのだと思われる絵のようなものを見せてくれた。そこに描かれていたのは、俺が意識を失う度に何も出来ない世界で見ていた人物そのものの姿だった。
「これを見て、何か分かることはあるかい?」
バルダンさんの問いかけに、俺は正直に答える。
「えぇ……。少なくとも俺は、この人物に会ってます。現実の世界ではないですけど」
「ふむ、そうだとしたらまず間違いないだろう。彼女を含め、五大英雄の生きた時代に存在したという4人の『古代悪魔』達。彼女らは文献上、五大英雄に匹敵する所かそれを打ち破るほどの強さを持っていたとされる」
俺ははっきりとした記憶でないものの、今までに体を奪われた時のことを思い返す。
ザバンでのアンバーセンとの戦い。ミスティアでのファワンシーと謎の覆面の男との戦い。サドムでベルちゃんとゼルちゃんに手を出してしまったこと。
それらの戦い全てで、ラグドゥルを名乗る人格は少なくとも敵を圧倒してきた。しかもその全てで、実力のそこを見せた訳では無いのだから、バルダンさんの話も真実だろう。
「4人の古代悪魔はその強さ故に人々から恐れられ、それぞれに相応しい名前が付けられた」
「死」を司る悪魔 ラグドゥル・フォン・ソロキオット
「飢餓」を司る悪魔 ハロー・ヘイ・ショウラー
「戦争」を司る悪魔 シビルモア・ド・オーネッツ
「疫災」を司る悪魔 アーキン・セン・デッペンハイム
「しかし彼らは悪魔と呼ばれた人間に過ぎないのだ。寿命が来れば当然死ぬ。その運命からは誰一人逃れられなかった。しかし、その強すぎる残存意識は数百年間残り続けた。『依代』を探して……」
バルダンさんがそこまで説明してくれ、俺はようやく自分の置かれた立場を理解した。ハピナスさんが俺の事を「運命の子」と呼んだ意味。それは、俺が過去の大罪を背負った状況で生まれてきたことを意味していたのだった。
「でもなんでダリアさんの別の人格のことをバルダン様は知ってらっしゃるんですか?」
フィスタは素朴な疑問をバルダンさんに投げかけた。フィスタは精霊の神殿でラグドゥルが体を奪った時の事を覚えている。そもそも俺の中の人格を知る者はそう多くないはずだ。
「サドムとエルドバは、その領土が近いこともあって同盟に近い関係にあるのだ。少なくともフォルリンクレーよりも遥かに昔からな。それこそ初代エルドバ国王の時代からの付き合いだそうだ。それ故に、君達がサドムからラグドゥル様の事を知るためにここを訪れることを前もって聞いていたのだ。てっきりリュドと争っていた青年がそうなのかと思ったが、君に会った瞬間にそれは間違いだとすぐに分かったよ」
ハピナスさんは少なくとも俺の正体について気がついた上で、同じように俺の事を助援してくれるエルドバへと向かわせてくれたのかもしれない。
今冷静になって考えてみれば、ラグドゥルがこの地を暴力で支配していたのならばハピナスさんは俺をこの国に行くように仕向けなかっただろう。
「今からこの国の過去を君達に伝える。悲惨な部分もあるが、ラグドゥル様の依代である君には是非耳に入れておいて欲しい話だ」
そう言ってバルダンさんは、静かに本のページをめくり過去を語り始めた。
皆様お待たせ致しました!最新話になります!
今回のあとがきでは、古代悪魔について少し書いていきたいと思います(あくまでも今の段階の内容ですが……)
水の帝国サドムで初めて明確にその名前が登場した「古代悪魔」ですが、霧の王国ミスティアで登場したような「魔獣」とは別種のものだと考えてください。
彼ら4人は全員人間です。ただ、彼らが生きた間に起こした事件、問題の数々から「悪魔的な人間」としてはるか昔に恐れられた人間たちになります。それが長い時間をかけて、かつて居た古代の悪魔、つまり「古代悪魔」と呼ばれるようになったのです。
ちなみに、古代悪魔の一人、ラグドゥル・フォン・ソロキオットは「死」を司る悪魔と呼ばれていますが、それは彼女が通った場所に生きた人間が残らないという過去から人々から恐れられた人物です。
このような感じで他の3人もそれぞれ「疫病」「戦争」「飢餓」という異名が付けられるきっかけとなる事件を起こしており、それが現代まで語り継がれているということになります。
次回は、世界連邦トップクラスの騎士達、帝下七剣について説明していきたいと思います!




