黒豹
「可愛いー!」
フィスタは、馬車を牽引する水馬に顔を擦り付けながら撫でまくっていた。
水馬は、サドムの国旗にも大々的に描かれているように、水の帝国を代表する生物らしい。
「フィスタも水馬のことは知ってるのか?」
「当たり前じゃないですか!そもそも、五大帝国にはそれぞれを象徴する動物たちがいるんです!」
「サドムなら水馬、炎の帝国アルカラは炎虎、雷の帝国ファルハラムは雷鳥ってな感じでな。国旗に分かりやすく書いてるから、行く機会が会ったら見るといい」
「へえ……」
改めてだが、田舎の街で暮らしてきた俺には、世間で言う常識、のようなものに対して少々疎い面がある。まあ、仕方が無いと言えばそうなのだが、ゴーシュさんに色々聞くまでは五大帝国のこともろくに知らなかったのは少し問題があったかも知れない。
「動物と言えば、私達がこれから行くエルドバは、『獣の王国』って呼ばれてるんですよ」
「ゼルちゃんも言ってたな、獣王が収める土地だって」
「どんだけ強い奴がいるか楽しみだぜ」
「どれだけもふもふさせてもらえるかでしょうが!」
獣王国エルドバに行く理由は、俺たちの間でも様々みたいだ。微笑ましい雰囲気に包まれながら、馬車は夜道をただ真っ直ぐに進む。
「月が綺麗ですね」
フィスタは馬車にある小窓から、外の景色を眺めていた。俺とシンも言われて覗いてみると、そこには満天の星空と夜空に佇む月の光が差し込んでいた。
「ほんとだ、綺麗だな」
そう言って、珍しくシンはフィスタと同じようなことを呟いた。
「シ、シンさんっ!?わ、私はそんなつもりないですよ……!」
するとフィスタは急に顔を赤らめ、シンの方に顔を振り向けた。
「は?何言ってんだお前」
「え、えぇ!?……だって、告白みたいじゃないですか!」
俺とシンは顔を見合わせて互いに意図を汲み取ろうとしたが、フィスタの発言の意味は理解出来なかった。
「あ、あれぇ?」
フィスタは不思議そうな顔で戸惑っている。
「私の祖国では、『月が綺麗ですね』っていうのは貴方を愛していますっていう遠回しな表現なんですけど……」
「だったらお前の方が先に言っただろ」
フィスタは自分の発言の内容を思い出し、顔から火が吹き出るほどの勢いで更に顔を赤くした。
「いや、いやいやいや!あれは違うんです!ただ本当に綺麗だなって思っただけで!」
あたふたしながらフィスタは自分の発言に理由をつけようとするが、ニヤニヤしているシンを前に、冷静ではいられなくなったようだ。
「シン、あんまりイジめるなよ……」
「つい反応が面白くてな」
「もう、ダリアさんまで!」
そんな他愛もない話をしている時だった。
「うわあああああああっ!」
突然、前方から悲鳴がした。俺たちの前方にいる人と言えば、水馬車を引いてくれている運転手の人だけだ。
「大丈夫ですか!?」
俺はその声を聞くのとほぼ同時に、運転手の方へと繋がる扉を開けていた。そこから見えた景色は、安全などとは程遠いものだった。
「命が惜しけりゃ、金目のものを置いていけ!」
ボロボロの、フード付きの布を被った10人ほどの人間が、俺達の水馬車の周りを取り囲んでいたのだった。
そして馬車の目の前に立つ人間の手には、何やら見慣れない金属の道具のようなものが付いている。
「なんか、懐かしいな」
慌ただしく運転手の元へと駆け寄った俺とは違い、シンは冷静に後ろの荷台から出て来ていた。
「懐かしいって……」
「俺とお前の出会いもこんな感じだっただろ?」
シンにそう言われて、俺はザバンへと向かう馬車の中で、シンが率いる盗賊団に襲われた時のことを思い出した。
「まあ俺の作った蜃気楼よりか、随分と余裕のない身なりみたいだけどな」
そう言ってシンは馬車から降り立つと、周囲にいる者達に向かって睨みをきかせる。
「相手が悪かったな。少なくとも、返り討ちに合う覚悟が無いやつが盗賊家業なんてやっていけねぇよ」
そう言うとシンは、目の前の男に向かって瞬時に間合いを詰める。
速度特化20%
シンの目は青く光り、盗賊の男の胸に、真っ直ぐとその拳が直撃する。男は苦悶の声を上げながら、後方へと吹っ飛んだ。
「来いよ、まとめて相手してやる」
シンがそうやって笑ったその時、シンが吹っ飛ばした盗賊の頭と思われる男はある言葉を口にした。
「使え!」
そう言うと周囲にいる者達は一斉にシンの方に向かって腕を伸ばした。その誰もが、腕に金属の装飾品を付けている。
ドガァァァンッ!
その瞬間、シンの周囲が光に包まれたかと思うと、シンを中心にして巨大な爆発が起こった。
あまりにいきなりの事で、俺は頭が真っ白になる。さっきまで普通に話していたシンが爆発に包まれたのだから、当然冷静ではいられない。
「シン!」
爆発の煙が収まったかと思うと、爆発の中心部からシンが立ったままの状態で現れた。
「いきなり、やってくれるじゃねえか」
シンは何故か、体に傷一つついておらずピンピンとしていた。
「シン、無事なのか?」
「ああ、いきなりだったから反応は遅れたが、ちゃんと防御特化は張れた。どこも痛くねえよ」
そう言って振り向くシンの目は、黄色に光っていた。シンの特化の加護は、改めて強力な加護なのだと思い知らされる。
「さあ、反撃と行こうか、盗賊共」
そう言ってシンが指をパキパキと鳴らした瞬間、周囲の森がざわめいた。と、いうよりも森の中を何者かが駆け抜けているような、そんな音がした。
「ひっ、もう来やがった!」
盗賊の頭の男は、そう言って怯えた表情で周囲の森を見渡す。しかし腰が抜けているのか、その場から動くことは出来ない。
牙突!
一瞬の出来事だった。
森の中から、何かの物体が高速で突進してきたかと思うと、10人ほどいた盗賊達をまとめて森の木々へと吹き飛ばしてしまった。
その鈍い音と衝撃による風圧が、その攻撃の威力を物語る。
盗賊達に追突したのは、まるで肉食動物の皮を被った人間。いや、動物が二足歩行で歩いていると表現した方が適切か。とにかく、目の前にいるのは、獣人ともいうべき人物だった。
夜に映える黒く美しい毛並み。それでいて敵を見逃さまいとする獣の鋭い瞳孔。目の前にいる「黒豹」の獣人は、静かに剣を収めた。
「到着が遅くなり申し訳ない、旅客の方々。怪我などはなされていないか」
その人があまりにもスラスラと言葉を発するものだから、俺の頭は思考が追いつかなくなっていた。
「あんた、エルドバの戦士か?」
シンは何の脈絡もなく、突然そう尋ねた。彼の獣人はそれに優しく答えた。
「いかにも。エルドバ獣騎士が一人、黒豹のトルーグである。ここは既に、獣王国エルドバの領域内だ」
俺達の新たな物語が、その瞬間に動き始めた。
作者のぜいろです!
作者カウントで4章目になります、「獣の王国と魔導王朝編」、ついに始まります!
ダリア達がどのような旅、戦いに巻き込まれるのか、是非期待してお待ちください!




