過去との邂逅
意識が、はっきりとしている。
だからこそ、今まで霞んで見えていたその人物の姿が俺の目には鮮明に捉えられていた。
「待っておりました。数百年もの間」
目の前の黒い服に身を包んだ覆面の女はそう言って笑ったように思う。
よく見るとよく整った体つきをしている。顔を隠しながらも、うっすらと見える顔の輪郭はスラッとしていて、光を通さない黒い髪は、心を飲み込んでしまいそうだ。
身長は、多分俺よりも高い。ヒールのようなものを履いているように見えるが、それ無しでも恐らく俺の方が下に見られることだろう。
「あなたは……誰、ですか?」
俺は初めて、まともにその人物に対して言葉を発することが出来たように思う。今考えれば、アラポネラの森林でも、アンバーセン、ファワンシーとの対決の時にも、俺の体を乗っ取るようにして彼女が出てきただけで、俺はコミュニケーションをとっていない。
「ああ、初めましてですものね、主!私としたことが会話をできる喜びに少し昇天しておりました」
そう言って彼女は頬を赤らめる。どこまでが本心で言っているのか分からない空虚さも感じるが。
「今の主には、精霊の神殿に訪れた貴方になら、ようやく話すことが出来ますね」
彼女はゆっくりと、目元から鼻先までその顔を覆っている黒い布を取り外した。
そこから表れたのは、透き通った黄色い瞳。しかしどこか獣のような凶暴さを孕んだ、邪悪な目。
「私の名前はラグドゥル。ラグドゥル・フォン・ソロキオット、と申します」
そう言ってラグドゥルはにっこりと笑った。その笑顔を可愛いと思ってしまったのは、多分気のせいだ。
「えーっと、ラグドゥル、さん?」
「是非、ラグドゥルとお呼びください」
「じゃあ……ラグドゥル。君にいくつか聞きたいことがあるんだ」
「主の問いかけなら何でもお申し付けください」
ラグドゥルはそう言うと、指をパチンと鳴らした。その音に反応するようにして、白一色だった周囲の世界が変貌を遂げていく。
俺とラグドゥルの間には大きなテーブルのようなものが置かれ、椅子までご丁寧に準備された。ラグドゥルはそこに座れと言わんばかりに手を差し伸べているので、俺はぎこちなくも椅子に座った。
「して主よ。聞きたいこととは何でしょう?」
ラグドゥルは手を膝の上に置き、行儀よく俺の顔を見つめている。あまり直視できないのだが……。
「えっと、色んなことがあって俺の中でも整理出来てない事が多いんだけど……。とりあえずこれだけは聞かせて欲しい」
「はい。なんなりと」
「アーバの街での事は、君の仕業?」
「……」
ラグドゥルは貼り付けたような笑顔のまま、固まった。そしてその顔を歪ませることなく答える。
「それは、今は答えられません。それを聞く資格が、今の主には無いのです」
「なんだよそれ!」
「主の怒りはもっともです。しかし、答えられないものは答えられないのです。ただ、主のためを思って言うならば……」
そこまで言ってラグドゥルは静かに目を開く。黄色の瞳か俺のことを捉えていた。
「あれは、紛れもなく主が行なったことです」
「……!」
俺はその言葉に、何も言い出せなかった。いや、その可能性をずっと考えないようにしてきた。きっと俺の中にある力が暴走しただけなんだって……。
「信じ、られるかよ」
「主……」
「……お前がやったんじゃないのかよ!俺の体を乗っ取って、お前が殺したんじゃないのか!」
俺はいつの間にか立ち上がり、そう叫んでいた。
「私は、嘘はつきません。私の力を使って、主が行なったのです」
そう言うラグドゥルの目は、疑う余地も無いほどに真っ直ぐに俺を見つめていた。今まで力を貸してくれたこいつを疑うのは、俺だって気が進まない。でも、それでも……。
「もう、分かった……」
俺は力無く椅子に座った。俺が1番消したい過去は、どう足掻いても俺に付きまとって来るものらしい。
ハピナスさんが信じてくれた。守ると言ってくれた。その想いに、俺は応えることが出来るのだろうか。相も変わらず大罪人の俺に、あの人の後ろを着いていくことは許されているのだろうか……。
「……もう一つだけ、聞かせてくれないか?」
「ええ、何でも」
「お前は、何者だ?」
俺がそう聞いた途端、ラグドゥルは不敵な笑みを浮かべる。まるでそれは御伽噺に聞く悪魔のような笑み……。
「古代悪魔、という存在を知っておられるでしょうか」
ラグドゥルはそう言った。
「いや、知らないな。お前がそうだって言いたいのか?」
「如何にも」
俺の中の何かが、崩れ落ちていく音がした。俺が自分の力だと、正義のために使ってきた力は、悪魔から借りたものだったのか……。
「主が先日相対した魔人が居ましたね」
「ああ、あの鎧を着た」
「あれは言ってみれば、成りかけの悪魔といった所でしょうか。悪魔とはもっと純粋なもの。悪を悪だと思わない、それ故に絶対な悪」
ラグドゥルは立ち上がって俺の後ろから囁くようにして言った。
「悪魔には依代が必要なのです。私はラグドゥル・フォン・ソロキオットという存在であり、それだけでは現実に体を持てないのです」
そこまで言われて、俺でも理解することが出来た。
「……俺は、お前にとって依代みたいなものってことか」
「話が早いですね、主」
そう言ってラグドゥルはパチパチと拍手をしながら、俺の目の前に戻り、椅子に座り直す。
「古代悪魔は私を含めて4人。そのいずれもが今の時代にも残るであろう悪名高き悪魔達。少なくとも私の気配に気がついたものが3人。1人は水帝ハピナス・ラハン。もう1人は世界連邦長セイバ・オリバー。そしてもう1人は……」
ラグドゥルは笑顔を取り払って言った。
「聖痕の意志を語るオノコスと名乗った男です」
「ジュカテブラの遺跡群にいた、あの派手な人か?」
「ええ。何の因果か、私達古代悪魔とスティグマとは、切っても切れぬ関係がありますので。それに、初代の五代英雄にも……」
ラグドゥルの言葉から、本当に目の前にいる女が世界の根源に関わっているのだと理解出来る。
「その話はまたいずれ。私のこの場所での目的は、主に更なる力を授けること」
ラグドゥルがそう言って指をパチンと鳴らすと、俺達が座っていた椅子や、目の前にあったテーブルが一瞬で姿を消した。
「今日の所はここまでです。また会いましょう、『死を司る』英雄よ」
作者のぜいろです!
ラグドゥルに関して、色々な謎を投下して行った所で今回はここまでです!
勘の良い方は幾つかラグドゥルに関する謎が分かるかもしれませんね!
是非ブクマ、評価等お待ちしてます!




