信じる理由
ハピナス・ラハン
彼女は、今の世界を創り上げた偉大な五代英雄の子孫の1人であり、水の帝国サドムに君臨する絶対的な皇帝である。
数百年もの間、他の追随を許さず、ムタファ家、シャリオット家という2つの強大な「力」と共にサドムを支えてきた家系の長。
彼女のことは、世界でこう呼ばれている。
曰く、「水帝」と
サドム中心部 エルゴール城 玉座の間
「教えてあげるわ、貴方達がまだ知らないこの世界の話と、これからの事を」
そう言って、目の前にいる少女、否、水帝は優しく微笑んだ。
「なんてね」
水帝の圧力に身動きが取れなくなっている俺達を前に、水帝はケラケラと笑っている。
「ボルザークもありがとう。私が頼んだことだけど、こんな余興に付き合ってくれて」
「……いつものことですが、ハピナス様は些かお戯れが過ぎます」
「貴方本当に正直ね」
水帝は態度を一変させて、今度は頬を膨らませてムスッとした顔になる。その様子は本当に子供のようである。
「……子供扱いしないことね」
水帝は、俺に向かってそう言った。
「……え?」
「心の中でも思っただけでも、私の耳には全て届くわ。この場所では私が絶対だから」
その目は、本気の目だった。気を抜けば殺される、そんな明確なビジョンを与えてくるような、そんな目だった。
「なんてね」
「ハピナス様……」
俺達の前にいるボルザークさんは、下を向いたまま落胆の声を上げる。顔は見えないが、どんな表情をしているかは何となく察することが出来る。
「今のどうかしら、ボルザーク!今度レオちゃん達にもやってみようかしら」
「あの方達相手では無意味でしょう」
「……やってみないと分からないじゃない」
そんな水帝とボルザークさんのやり取りを見てダリア達は皆こう思った。
(……反抗期の子供と親みたいだ)
「と・に・か・く!私は堅苦しい雰囲気が嫌いなの!だからさっきの感じは帝王の冗談ってことで水に流してね。『水帝』だけに!あははっ!」
一人で大笑いしている水帝は、先程までの気品や厳格さに満ちた人物と本当に同じ人物なのか分からなくなる程だった。
「……あ、あの」
「なぁに?ダリアちゃん」
「……名前、知ってらっしゃるんですか?」
「勿論、貴方達のことはノエルちゃんから聞いてるわ。ミスティアでのことも含めて」
含めて、ということはそれ以外のことも、ということだろう。恐らく俺の顔はとうにバレている。シンも例外では無いだろう。
「これって運命よねぇ。かつて若くして世界中に指名手配された凶悪な殺戮者と、サドムを裏切った亡国の犯罪者がここに居合わせてるんですもの」
「それは……」
「……ダリア、絶対に手出すなよ。今の俺達じゃ間違いなく瞬殺される」
俺とシンは死をも覚悟した。相手は世界の支配者の一人。先程受けた圧だけでその事は分かりきっているのだから。
「まあ、私はそんなの興味無いけど」
水帝の言葉に俺達は呆気に取られた。世界における中心人物がそんなことを言い出すとは思いもよらなかった。
「貴方達が罪を犯したのは知ってるわ。1年前くらいかしら、世界連邦からのダリアちゃんの報告には驚いたものね。もちろんシンちゃんが犯した罪のこともサドムの統治者として耳には入ってる。でもね……」
水帝は屈託のない笑みを浮かべる。
「私は信じてる。子供が罪を犯すのには何か必ず理由がある。純粋な悪意だけで行動を起こす人間なんていない。そこに至る経緯も、生い立ちも、事情も、何も知らない私が口を挟むのは筋違い」
水帝の言葉は、真っ直ぐ俺に届いた。この人はなんて器の大きさなのだろう。よく知らない俺の事すらそういう目で見てくれる。
「……あら、ダリアちゃん。泣いてるの?」
俺の頬には、いつの間にか涙が流れていた。自分の意思とは別に流れているようだった。
水帝は優しく、俺の事を抱きしめた。その匂いはどこか懐かしさを覚えるものだった。
「私は貴方の味方。世界が何と言おうとも、私は貴方を信じるわ」
俺は泣いた。水帝の胸の中で声を上げて泣いた。今まで誰にも見せることが出来なかった表情、思い、過去を乗せて、ただ泣いた。
「……すみません、こんなこと……。水帝様に迷惑をかけてしまって……」
一通り感情が通り過ぎた後、俺はふと冷静になって水帝の元から離れた。
「良いのよ。それと、私の事は名前で呼んで。水帝という名前は私のものでは無いから」
ハピナスさんは、母のような笑みを浮かべた。ああ、この人には、勝てない。力とか、権力とかそういう話じゃなくて、人間として勝てない。
「まあそれはそうと、貴方達のことを見逃さない人間だっている。そういうことも含めて、貴方達にはちゃんと話をしておかなければいけないわ」
ハピナスさんは再び厳格な表情に戻り、ボルザークさんの方を向く。
「客間に彼らを案内して。城の人間は入れないように」
「畏まりました」
ボルザークさんはそう言って玉座の間を出ていった。だだっ広い部屋に、俺達とハピナスさんだけが残された。
「水帝様!」
その時、大きな音を立てて扉が開いたかと思うと、護衛隊長であるジェイクさんとムタファさんが玉座の間に入ってきた。その様子から、只事ではないと理解するのに時間はかからなかった。
「どうしたの?」
「東側の空に混沌竜の姿を発見したとの報告がありました。我々が行きましょうか!」
冷や汗を浮かべるジェイクさんを宥めるようにして、ハピナスさんはゆっくりと歩く。
「私一人で構わないわ。念の為ビュケルには警報を」
「はっ、ただちに!」
護衛隊長の二人はそう言って颯爽と部屋を出ていった。ハピナスさんのことを止めない所を見ると、それだけハピナスさんが信頼されているのが分かる。
「だ、大丈夫なんですか!?混沌竜は凶悪な魔獣と聞きますが……」
ハピナスさんは俺達の頭をポンポンと撫で、言った。
「五大英雄の子孫の力を軽んじないことね」
そう呟いたハピナスさんは、小柄な見た目とは裏腹にとても大きな物を背負っているように見えた。
ビュケル東部 東の関門付近
ハピナスさんに連れられて俺達は、サドム王都ビュケルから東側、俺達が入ってきた門とは違う場所に来ていた。
「混沌竜はサドム近辺には居ない魔獣のはずだけど……。何にせよ来る方向が人気の無い東側で良かったわ」
ハピナスさんは右手に自身の身長よりも大きな杖を携え、襲来する魔獣に対峙しようとしていた。
「……来たわね」
遠くの空に、禍々しい気配を漂わせる飛翔体が見えたのは、到着して間もなくだった。
むき出しになった体の骨に、溶けた皮膚。幾つかの生物が合体しているようにも見えるその生物は、魔獣と呼ぶにふさわしい見た目をしていた。
「この国にはこれ以上立ち入らせないわ。私が居るもの」
ハピナスさんは杖を構え、混沌竜に対峙した。
お久しぶりです、作者のぜいろです!
ここ最近新年度のドタバタで執筆が滞っておりました……。申し訳ございません。
ついでに、水の帝国編【序章】が終わった後の話の進め方についても考えておりまして時間がかかってしまいました。
ある程度の物語の進行の目処は経ったので連載を再開していこうかと思います!
今後ともご贔屓にお願い致します




