水の帝国サドム -2
ノエルさん、シスタナシアさんとの再会を素直に喜びたいところだったが、2人から聞いた話では、どうやらそんな暇も無いようだった。
「……突然のことで悪いが、君達を待っている人がいる。私達も想定外のことだったんだが、君達にとって悪い話では無いはずだ」
普段は冷静なノエルさんが、若干緊張しているようにも見えた。それほどの大物から呼ばれているのだろうか。
「まあ、あれだ……。頑張れよ!」
シスタナシアさんは明らかに動揺しながらフィスタと肩を組んでいる。その手は震えているようにも見えた。
「相手は誰なんだ?」
その言葉に反応するようにして、ノエルさんとシスタナシアさんは足を止めた。
「君達が信じるなら教えてあげよう」
ノエルさんは俺の目を真っ直ぐに見て続けた。
「相手は大いなる家系の一つ、ラハン家の現当主にして、現水帝であられるハピナス・ラハン様だ」
その言葉に、俺だけではなくシンとフィスタはあからさまに反応した。背筋が凍るような気配をその名前だけで感じる。
「君達が呼ばれた理由は、私には分からない。ただ、八騎聖の一人でもある私ですら、水帝様に謁見することは1年に1度あるかないかという程のものだということだけは教えておく」
ノエルさんからの言葉に、俺達の表情は更に凍りつく。
「シン、君はまだ水帝様のことを知ってる方だろう。君の事は知らない訳じゃない」
その言葉に、シンは少し怪訝そうな顔を見せる。シンが聖騎士団にいた事は俺もまだ詳しくは聞けていないが、筆頭騎士のノエルさんがシンのことを元々知っていてもおかしくはない。
「まあともかく、水帝様から直々にお声がかかる相手など世界に一握りしか居ない。胸を張ることだ」
ノエルさんは初対面した時のようなトゲトゲしさは無く、優しく俺達に笑いかけてくれた。ミスティアの一件で俺達に少しは気を許してくれたのだろうか。
「……そういえば、ガゼルさんはどうしたんですか?今日は居ないみたいですけど」
俺は気になって、ノエルさんとシスタナシアさんに尋ねた。答えてくれたのはシスタナシアさんだった。
「ガゼルはね、今世界連邦本部に呼ばれてるんだ。元々連邦の諜報部隊に居たこともあって、ミスティアで対峙した魔獣について色々調査されてるみたい」
ガゼルさんが諜報部隊出身ということは、シンから聞いていた。魔獣についてはあまり話を聞いていないが、ガゼルさんの過去に関わることだろうか。
世界連邦諜報部隊。その構成員の素性は極秘とされており、彼らは世界連邦の様々な組織に紛れている。
聖騎士とは異なり、加護の有無でその素質は測られることは無く、純粋な連邦への忠誠心と体力・適応力・生存力などの様々な能力が高いレベルで求められることになる。
ノエルさん達とミスティアで別れた後の話をしながら、俺達はエルゴール城へと進んで行った。近付くほどにその城の大きさ、荘厳さに驚く。
「ミスティアは、聖獣アルケミオンの霧によってその国を守っているが、サドムも似ている。初代水帝がサドムを守るために張り巡らせた防護壁は、数百年経った今も残っている」
そう言ってノエルさんは、エルゴール城の1番高い部分、天辺から更に上空に目がけて神秘的な何かが溢れ出ているのが分かった。
それはとても美しい光景で、青色の光が絶え間無く空に向かって放出されていた。
「わあ……、相変わらず凄いですね!」
「久しぶりに見たな」
俺とは違いサドムに居た経験のあるシンとフィスタは当たり前のような反応をしているが、俺はその光景に唖然としていた。
「聖水の防壁と呼ばれるこの防壁は、外からの圧力に対して非常に強い抵抗力を示す。君達がサドムに無事に入国出来たのは、俺達が身につけているこれのおかげだ」
そう言ってノエルさんは、首元に提げたネックレスのような物を俺に見せてくれた。
そこには、サドムを象徴する端麗な馬のマークが刻まれており、青色に光る宝石のような物が埋め込まれていた。
「これは代々水帝様によって作られている、サドム国民であることを示すネックレス、青水晶だ。これを持つ者はサドムへの入国を拒絶されなくなる、加護の力が付与されている。君達が乗ってきた馬車の運転手もきっとこれを持っていたはずだ」
国全体を覆う巨大な防護壁、国民を選別できる特殊な加護の力。それだけで水帝と呼ばれてきた人物の圧倒的な実力が知れる。
「君達がこれから謁見するのは、この世界を統べる御方。世界そのものを相手にすると思った方が良い」
ノエルさんの最後の忠告からは、サドムへの忠誠、水帝への敬意で満ちていた。
その言葉を聞き終わった時、俺達はエルゴール城の麓に到着していた。そしてここまで案内してくれたノエルさんとシスタナシアさんは、エルゴール城の前に立っている一人の男に対面するようにして、膝をついた。
「西方聖騎士団筆頭騎士ノエル・ジャガー、準筆頭騎士シスタナシア・フレンツ両名、謁見人の案内を終了します」
「……ご苦労」
その男が一言発しただけで、周囲には得体の知れない気配が炸裂した。その威圧によって、俺の体を巡るように寒気が襲う。
それはシン、フィスタも例外では無いようで、緊張しているのが青ざめた表情から伝わってくる。
「ダリア・ローレンス、シン・ネオラルド、フィスタ・アンドレア。そこの二人は、初めましてかな。西方聖騎士団統帥の、ボルザーク・ムタファだ」
ボルザークと名乗った人物は、俺が今まで会った誰よりも圧倒的な強者であることを感じ取っていた。声を発しただけで全身から冷や汗が吹き出るような、命の危機。そんな経験は今まで一度もない。
「着いて来い。水帝様がお待ちだ」
ボルザークさんは全身が硬直するほどの圧に耐えている俺達をあしらうように、エルゴール城の方へと向き直った。
彼を唯一知っているであろうシンは、俺とフィスタの背中を押し、その後に着いていくよう話しかけてくれた。
「この程度でビビるな。サドム皇帝は、統帥なんかとは格が違うぞ」
シンの正直なその表情が、これから俺達を待つ世界の中心人物の一人の存在を物語っていた。
「ああ、行こう」
俺は自分の中に湧き上がってきていた恐怖を押し殺し、エルゴール城への一歩を踏み出した。
作者のぜいろです!
サドムに入るために必要な青水晶に描かれている象徴である馬は、水馬をモチーフにしています。参考までに。




