シンの過去 -1 少年は夢を見る
シン・ネオラルドは、サドム北方のとある街で産まれた。しかし、正式な家の子ではなく、主人と愛人との間に産まれた不運な子供であった。
「おい、おまえいつもなまいきだぞ!」
「はい……申し訳ありません」
「ぱぱにいいつけてやるからな!」
シンの父親にあたる、家の主人はサドムにおける辺境伯の地位を与えられた人物であり、貴族として地域を治めていた人物だった。
名前はスコッシュ家。その嫡男にあたるオノン・スコッシュの世話役として、シンは幼い頃から仕えていた。
オノンは貴族の子として、その粗暴な振る舞いがその地域で有名だった。シンは周りから同情されながらも、為政者である辺境伯に逆らうようなことは出来ず、シンは街で孤立していた。
「シン……。ごめんね……」
シンの母親、テトラ・ネオラルドは、毎晩のようにシンを優しく抱きしめた。その手は冷たく、震えていたことだけ、シンは強く覚えていた。
テトラは、愛人という立場を恐れた辺境伯によって縁を切られ、その日暮らしをしていた。愛人だった頃の煌びやかな服は全て質に入れ、それでも足りない生活費は、身を売って稼いでいた。
シンはまだ幼かったということもあり、辺境伯は自分の犯した過ちを償うために、嫡男のオノンの面倒を見させることで、それに対して賃金を与えていた。
そういった親同士の関係性もあり、シンはオノンに心から従っているという訳ではなかった。
そんなシンが、子供時代に一つだけ熱中したものがある。それはサドムの子供ならば誰でも憧れる、『五大英雄』と『二人の戦士』だった。
「おい、おまえなにしてるんだ?」
「……剣の鍛錬です。将来はこの国を守る騎士になりたいので」
「きし?おまえが?」
「はい」
「はははっ!おまえみたいなよわいやつがきしになんかなれるわけないだろ!」
オノンはいつでもシンの事を見下していた。しかし、シンはそんな事気には留めず、ただひたすらに木刀を振った。
そんな日々を数年過ごし、オノンもシンも背丈やガタイなどが成長した。しかし、2人の関係には変化は見られなかった。
「シン、飯」
「はい」
オノンの身勝手な振る舞いに付き合う日々。シンにとってその日々はとても退屈なものであり、逃げられるものならいつでも逃げ出せる、そんなものだった。
そんなシンの日々を変える出来事が起こる。
「……ファルハラムとリカネルが、戦争を起こすだと?」
その日の新聞には、大々的にその記事が掲載されていた。その記事はシンの生活に大きな変化を与えた。
サドムは五大帝国の中でファルハラムとの交友が深く、戦争になればサドムも体勢を整えるのは分かりきっていた事だった。
そのため、辺境伯であるオノンとシンの父親も、戦争に際して兵力を整える準備をする必要に追われていた。
「オノン、シン。お前達もいつか戦争に巻き込まれないとも限らない。ここを離れ、私の知り合いの元に引き取って貰う手筈を整えた。そこに行けば、お前達の身は安泰だろう」
辺境伯は、「……どうか、無事で居てくれ」と俺達の事を優しく抱きしめた。
辺境伯にはまだ、シンの事を想う気持ちが残されていた。それ故にシンをオノンと共に安全な地へと送り出す決意をしたのだった。
今から10年前、シンが9歳の時の出来事だった。
戦争は激化し、ファルハラムの友好国として認知されていたサドムの地へも、その影響は流れ込んで来ていた。
シンとオノンは従者と共に、辺境伯の知り合いだという男の元へと辿り着いていた。
「……パパは、なんでお前のことも助けたんだ」
オノンはそこに向かう途中にも、シンを蔑むようにしてそう言い続けた。シンがその事をオノンよりも気にしていたのは言うまでもない。
「やあ、やっと来たんだな!」
オノンとシンの前に現れた男は、そう屈託なく笑った。その男は右腕を失い、左目には眼帯を付けており、負傷兵のようだった。
「俺は君達の親父さんに昔お世話になった、ガガリアン・シャリオット。お前達は今から、俺の子だ!」
あまりのテンションの高さに、シンとオノンは真顔のまま反応に困る様子を見せた。
「……シャリオットって、あのシャリオットですか?」
その沈黙に耐えかねたシンは、ガガリアンと名乗った男にそう尋ねた。
「ああそうさ。誇り高き水帝の矛、シャリオット家の一人だ。まあ昔、ある戦いに巻き込まれてこんな姿になっちまったけどな……」
ガガリアンは右腕のあった場所を労わるようにして優しく撫でた。
「そんなんで恥ずかしくねぇの?」
オノンは不自由な体、とも言えるガガリアンに対してそう言った。それを受けてシンは黙っていられなくなった。
「……国のために戦った人の何がかっこ悪いんだよ」
「は?僕に口答えするの?偉くなったもんだね、シン」
そう言ってシンを挑発するオノンに対して、シンは殴りかかろうとした。
パシっ
それを止めたのは、他ならぬガガリアンだった。
「喧嘩なんてやめろ、お前達」
その目は悲しげで、シンの心の奥を見透かすようだった。
「お前達の事はハーシュ殿から聞いてる。関係性もな。でも、喧嘩は全ての始まりだ。俺がこうなったのも、最初は国同士の小さな喧嘩が元だった」
そう言ってガガリアンは、オノンとシンの頭を優しく撫でる。
「俺の前ではお前達は平等だ。どんな生まれだろうが、今までどんな関係だっただろうが関係ない。俺はお前達を平等に愛するし、平等に叱る。それが俺のやり方だ」
ガガリアンは家の扉を開け、2人を迎え入れた。
「改めて、ようこそ我が家へ」
ガガリアンはそう言って笑った。
作者のぜいろです!
水の帝国サドムへと向かうダリア一行の中、浮かない顔をしていたシンの過去についての話が数話続きます!何故彼はサドムを去り、ザバンに亡命することになったのか、今後にご期待ください!




