3人の向かう先
「おい、フィスタ。俺の分のアップルパイ知らないか?」
「なんのほとへふか?」
ここはミスティア王都からサドムの方へと向かうために通る場所、つまり「国境」の近くだ。
メイナさんから国境を通るための出国権を預かり、俺とシン、そして新しく旅の仲間に加わったフィスタは、国境近くの店で休憩していた。
「そんだけ口の中パンパンにしてしらばっくれてんじゃねえ!」
「あああっ、シンさんが怒ったぁ!」
目の前でシンとフィスタはコントのような話をしている。俺は「まあまあ、落ち着いて」とその場を収めようとするが、シンの怒りは簡単には収まらないらしい。
「大体お前、遺跡ではもっと、なんかこう……。大人しかっただろう!」
「失礼な、これが私の素ですよ!」
「猫かぶってやがったな……!お前の母親も手に余るから旅に同行させたんだろ!」
「お母様のことを悪く言わないでください!」
2人の口喧嘩は、もう少し続きそうだ。
「もういい……。今度取ったらただじゃおかねえ」
先にシンの方が折れたようだ。フィスタは満面の笑みを浮かべながら残りのアップルパイを頬張る。
「……ったく、こんなんでサドムの案内役が務まるのか?」
シンはアップルパイをフィスタに取られたからか、いつもに増して機嫌が悪そうに見える。
「私、幼い頃はサドムにいたので。龍の巫女は代々、その血筋を途絶えさせる事がないように、サドムの爵位の方々を夫とする習わしがあるんです」
「そうなんだ」
「ただまあ、女の子が産まれたらその子成長するまでそのままサドムに居ますし、男の子が産まれたら爵位の家系に入ります。私が成長する前に、西方で大戦があったので、私は特例でお見合いなどをせずにミスティアへとお母様と一緒に帰りました」
「……大戦」
俺は少し前に、ミゲルさんから同じ話を耳にしている。確か、ノエルさんが八騎聖へと任命されたきっかけになったものだ。
「今から10年前、雷の帝国ファルハラムと風の帝国リカネルの間で世界中を巻き込む戦争があったんだよ。その時に、ファルハラムを支援したサドムにもリカネルの同盟国が手を出して来たんだ。それを撃退したのが、サドムを護る8人の筆頭騎士、八騎聖なんだよ」
話についていけない俺に、シンはそう教えてくれた。
「シンさん、サドムの事にお詳しいんですね……」
「……昔色々あったからな」
そう話すシンの表情はどこか悲しげで、遠い目をしていた。サドムに行けば、何か分かるのだろうか。
「とりあえず、早く行こうぜ。今から出れば昼頃にはサドムに着けるだろ。なんせ五大帝国だからな、今まで通ってきた道とは違って完璧なまでに整備されてるぜ」
シンは湿っぽい空気を察してか、そう切り出した。フィスタもアップルパイを食べ終わったようだし、既に準備は出来ている。
「行こう、水の帝国サドムへ!」
「そうですね!」
「ああ」
俺の言葉に、2人はそう返した。
ーサドム郊外南部地域ー
「うわあ!久しぶりに見ましたけど、やっぱり綺麗ですねぇ!」
フィスタは今、サドムへと向かう馬車の窓から、はるか遠くまで続く海を見ている。フィスタの言う通り、太陽の光を反射してキラキラと輝く大洋は、壮観なものだ。
「サドムは、『海と共にある国』とも呼ばれてるんです!サドムの海産物……、すっごく美味しいんですよ!」
フィスタは自分の宝物を自慢する子供のように目を輝かせている。
「確か、ラグナ海だっけ?」
「今見えているのはそうですね。サドムの海岸線は、二つの海がぶつかる場所でもあります。なので、栄養豊富な海流が生まれてるらしいですよ」
フィスタによれば、サドムの中央から南部にかけてはラグナ海、中央から北部にかけてはアズーレ海という二つの名前が付いているのだとか。
「古い言い伝えでは、かつての五大英雄に仕えた二人の戦士の名前をとって、その名前が付いてるらしいです!水帝の矛『ラグナ・シャリオット』、水帝の盾『アズーレ・ムタファ』。サドムの子供達は皆、彼らに憧れるんです……!」
フィスタの話を聞くだけで、サドムにとって海という場所が重要な位置を占めていることが分かる。
「今の西方聖騎士団のトップはその子孫だぞ」
フィスタの話に関心がなさそうな様子だったシンだったが、二人の戦士の名前を聞いてか、そう話した。
「そうなのか?」
「西方聖騎士団のトップ、統帥は代々、シャリオットとムタファ、二つの家系による世襲制だ。フィスタがサドムを離れるころから、今の統帥はムタファの家系が務めてる」
「やっぱり詳しい……」
「別に。サドムにいる人間なら、護衛団のトップくらい耳にするだろ」
シンは素っ気ない態度をとる。それに対してフィスタは、「知らない人だっているんです!」と、怒り気味である。
2人には仲良くしてもらいたいものだ。
「ダリアさんは、精霊の神殿に行かれるんですよね?」
「ああ、その予定だけど……」
「それなら西方聖騎士団は避けては通れないですよね?」
フィスタはさも当然のような顔をするが、俺からすれば初耳である。
「え……そうなの?」
「はい、ご存知かとは思いますが、精霊の神殿は禁域として指定されています……。そのため世界連邦、つまり聖騎士によってその場所が管理されているんです」
完全に盲点だった。精霊の神殿が禁域という話はゴーシュさんから聞いていたが、五大帝国の管轄下にある禁域なら、聖騎士が管理していてもおかしくはない。
「だ、大丈夫ですよ!メイナ王女から謁見状を頂いてますし!」
落ち込む俺を見兼ねてか、フィスタはメイナさんから受け取った1枚の紙を取り出す。そこにはミスティア王国の王国印と、メイナ王女の直筆のサインが記されていた。
「……五大帝国は、そんな紙切れだけで俺らの事認めてくれるとは限らないけどな」
シンの一言で馬車の雰囲気は更に悪くなる。
「……シン、もしかしてサドムに行きたくない?」
俺のその一言は核心をついたのか、シンは手を頭の後ろに組んだ姿勢のまま、無言になってしまう。
少しして、ようやくシンは口を開いた。
「……お前らには、いつか話そうと思ってた」
それから、シンは自分の過去について語り始めた。
作者のぜいろです!
この話から遂に五大帝国の一つ、水の帝国サドムへと話が移っていきます。
とは言っても、次回からの話はシンの過去について少し語ることになるので、お付き合い下さい。




