アラポネラの神林 -3 命の契約
ゴーシュとアラポネラは、目の前にいるダリアに乗り移ったかのような生物に対して、身構えていた。どんな攻撃が来たとしても対処ができるように…。
「……いや、やめておこう」
しかし、意外にもダリアに乗り移った物体は臨戦状態を解いた。ゴーシュを襲っていた不気味な寒気は、すっと引いた。
「久々に出て来た身だ。流石に神獣と手練の人間を相手にするにはいささか骨が折れる。それに、この体にはもっと強くなってもらわなければいけない。今傷つけるのは、無意味だ」
その言葉を静観して聞いていたゴーシュは尋ねた。
「貴様は、何者だ…。加護の自我が持ち主を乗っ取るなど聞いたことがないぞ……」
ゴーシュの言葉を聞いたダリアに乗り移った物体は、少しの沈黙の後に声を上げて笑い始めた。
「……ハハハッ!加護?そんなちんけなものと一緒にされては困るね。まあ、お前に言ったところで理解出来ないだろうしな」
ダリアに乗り移った物体は、ゴーシュに1歩1歩にじり寄ってきた。敵意はないらしく、手をヒラヒラとさて余裕を醸している。
「私の主はこの少年だけ……。他の誰かに制御出来ると思わないこと……。だが見たところ、お前とその神獣は私の主を育てるのに向いていそうだ」
その物体との距離は拳が届くほどまで近づいていたしかし、ゴーシュには手に持ったナイフを振りかざす勇気はなかった。
「主に伝えておけ。私の力を貸す、とな。これは契約だ。私と主のでは無い。私とお前の、だ」
物体は私の胸に指を突きつけた。その目はゴーシュの心まで読んでいるようであまりにも不気味だった。
「……分かった。言う通りにしよう。ただ、主であるダリアは、その力の暴走を憂いている。ダリアの意図しないところでむやみに力を使うのはやめてもらいたい。それが、私とお前の契約だ」
物体が激昂する可能性も考えたが、案外あっさりとその言葉に頷いた。
「良かろう。主が自らで命を絶てば、私も消えてしまうからな。善処する」
そう言って物体はニヤリと笑った。その意図するところは不明だが、これ以上この物体と関わりたくないというのがゴーシュの本心だった。
「ダリアに、意識を返してもらおうか」
「励むことだな」
そして物体は再び目をつぶる。数秒して体の黒い痣は消えていき、目を開くといつものダリアに戻っていた。
◇
「……ゴーシュさん?」
俺の目の前でナイフを構えるゴーシュさんは、見たこともないほど汗をかいていた。近くにあるアラポネラは落ち着いてるようだが、目の色や形が俺の見た事のある彼とは違っていた。
「とりあえず、私もアラポネラも無事だ。ただ、今起きたことは君に伝えておくべきだろう」
俺はゴーシュさんから、俺が意識を失っている間に起きたことを一通り聞いた。主、という言葉に俺も聞き覚えがあったため、ゴーシュさんにそのことを話した。
「普通加護というものは、受け取る人間に寄り添うもの。その人間の力となり共に成長していくものだが、君の力はやはり異質なようだ。加護が本人を乗っ取ったり、自我を持って会話ができるなど聞いたことも無い」
俺よりも人生経験のあるゴーシュさんが言うのだ、俺の存在はやはり有り得ないものらしい。
「ただ、君にも言った通り君の加護と思われる力は、私と契約をした。契約というものはそもそも、人間が神獣や聖獣と契りを交わすという意味で使われることが多い。その言葉を使ったところに、何か解決の方法があると思うのだが……」
ゴーシュさんは頭を悩ませているが、俺にとってはゴーシュさんが俺を鍛えてくれること自体願ってもない事だった。
俺の中にある謎の力も俺に協力的なように聞こえるし、一刻も早く自分のものにしなければならない。
「君には最低限の制御を覚えてもらおうと考えていたが、それでは足りない、と私は感じた。一週間と言ったが、それでは君の体が力に耐えられない可能性がある」
「はい」
「一年だ。君の事件のほとぼりが冷める頃、君を精霊の神殿へと送りだし、もっと知識のある人間に託そうと思う」
「一年、ですか……」
「無論その間この森は私とアラポネラで守る。君が君の力と共存できる日まで、私も協力しよう。それが私と君の力との契約でもあるからな」
ゴーシュさんはそこまで話すと、今日は一旦家に帰るといい、アラポネラと何か話してからその場を後にした。
加護では無い何か。
なぜ俺がその力を持っているのだろうか。
―世界連邦本部―
「派遣隊が、消えた……?」
セイバはリッパーの発言に耳を疑った。いくら禁域とはいえ、熟練の兵士も多くいる世界連邦所属の騎士団が一夜にして消息を断ったという事実は、驚くのに十分であった。
「あそこは神獣の棲家ですので、そういった現象も不思議ではないかと。ただ、これを取り返すためにセイバ様が直接赴かれるのは危険かと判断します」
リッパーはセイバ用のコップにコーヒーを注ぎながら言った。
「静観、がもっとも懸命な判断かと。指名手配の少年ももう無事では済んでいないと考えるのが妥当と思われます」
俺の思っているよりも早く、世界連邦という組織はアラポネラの神林からは手を引いたらしい。これを知ったのは俺がゴーシュさんとの訓練を終えた、一年後の話だが。
「今日までよく厳しい訓練に耐えた。君はもう十分、外の世界で一人で生きていくだけの力がある」
ゴーシュさんは、自信ありげにそう言ってくれたが、俺がいなくなることを思ってか、その目は少し寂しそうだった。
「ゴーシュさんのおかげで、俺自身の力とも分かり合えたと思います。まだまだ制御出来ない部分はありますけど……」
「君の成長速度には目を見張るものがあった。君が昔話してくれた、お父さんの姿が重なって見えたよ」
ゴーシュさんは優しく笑ってくれた。
「ここから西にある五大帝国の1つ、サドムを君は今から目指すことになる。ただ、君1人では困難な旅になるだろう。私の古い友人がサドムに向かう途中の国にいる。彼はたくさんの弟子を抱えているそうだから、頼ってみてほしい」
ゴーシュさんに渡された地図には、アラポネラの神林からその友人の元までの経路が書いてあった。
「君の旅に、幸多からんことを祈っているよ」
「はい。一年間ありがとうございます。行ってきます」
俺は一年間過ごしたアラポネラの神林を、後にした。




