動き出す歯車
ーサドム王都、ビュケルー
「ノエル様ぁ、あれだけ働いたのに休まないんですかぁ?」
シスタナシアは相当な下戸であるが、酒を飲むという行為は好きらしい。サドムの有名な酒場でガゼル、ノエルと共に酒を酌み交わしていた。
「ボルザーク様に今回の派遣についての報告をしなければならないからな。フレンツ、ガゼルお前達は聖騎士団の本部に戻って休養申請を取るといい」
ノエルは度数の高い酒を顔色一つ変えずに飲み干す。ガゼルはアルコールの入っていないジュースを飲んでいる。
「……有難く休ませていただきます」
「ノエル様ぁ、またシスタナシアって呼んでくれないんですかぁ?」
シスタナシアは頬を赤らめながら、上目遣いでノエルの方を見る。ノエルは1ミリも表情を変えずに、店員を呼ぶ。
「会計を頼む。それとガゼル、フレンツを宿舎まで連れて行ってやってくれ」
「……分かりました」
大声で「ノエル様ぁ」と言い続けるシスタナシアと肩を組んで、西方聖騎士団の本部の方へと帰路に着いた。宿舎は本部に隣接する形で建てられており、殆どの聖騎士はここに住んでいる。
「ノエルさん、お仕事終わりですか?」
「あぁ。ミスティアの方へ派遣されていた。……つくづく女心というものは分からないものだな」
酒場の女店員と、ノエルはそう話した。ノエルの中にも、シスタナシアに対する気持ちの変化がある程度あったのかもしれない。
ー翌日、西方聖騎士団本部ー
「ミスティアでの作戦遂行、ご苦労だった」
「お気遣い感謝します、ボルザーク統帥」
ノエルは、西方聖騎士団本部の五階、つまり最上階に位置する統帥室へと足を運んでいた。
西方聖騎士団の統帥であるボルザーク・ムタファは、ノエルを初めとする八騎聖の任命者であり、五大帝国を代表する聖騎士の一人でもある。
白髪混じりの猛々しい頭髪、40歳を超えているとは思えないほどの筋骨隆々な肉体、幾つもの歴戦の傷が、顔にも残っている。
「既に報告は受けているが、改めて2点確認したいことがある」
「はい」
「一つ、ミスティアに隣接する禁域の主である神獣ジュカテブラの『神威』が奪われ、逝去したという話、これは本当のことだな?」
「私が現場にいながら、それを阻止出来なかった事は悔やんでおります。ただ、その件について一つ筆頭騎士である我々にも共有されていない事項があります」
ノエルは胸元から1枚の紙を取り出し、ボルザークにそれを見せる。
「スティグマという組織を名乗る男が、その場に居合わせました。これは私と2人の目撃者による証言を元にした似顔絵のようなものです。『神威』については私も知るところではありますが、神獣からそれを奪う手段など聞いたことがありません……。総帥は何かご存知ではないですか?」
その紙を見たまま、ボルザークは黙り込んだ。紙をじっと見つめ、穴が空くほどに凝視している。
「……復活したのか、聖痕の意志が……」
ボルザークは紙を机に置き、両手を組む。そしてノエルを見つめて言った。
「この地に五代英雄がその支配国を建国するきっかけとなった大戦……。それは、神獣や聖獣、魔獣をも巻き込んだ世界規模の争いだった。その時、魔獣を率いて五大英雄に仇なした存在……。それが、聖痕だ」
「……話が見えないのですが」
ノエルの理解を越えた話が、ボルザークからは伝えられた。
「聖痕は本来、人名や組織の名前ではない。それ自体が思想なのだ……。正も悪もない混沌の状態、それを築くことを目的とした思想の元に集まった集団を、五大英雄はスティグマと呼んだ」
「それを阻止するための争いが、かつての大戦ということですか……?」
「そうだ。奴らの思想は、神の存在を否定する。差別や平等、階級、あらゆる隔たりを無くし、一から世界を創造し直す。そう言えば聞こえは良いが」
「……まさか」
ノエルの意図をくみ取ったように、ボルザークは話す。
「かつての聖痕の目的は、人類を含めた生物の抹消、つまり本当の意味で世界をやり直すことにあったのだ」
ノエルは、五大英雄の子孫が今でも世界の支配者として君臨し続ける理由を垣間見た。その強さのためでは無い。平和を保った功績のためなのだ、と。
「五大英雄によってスティグマは滅ぼされ、今の世界がある。お前達にもこの情報が伝えられていないのは、スティグマの意志が復活することを避けるためだ。世界中のどの文献にも、この事は記されていない。一部の有力者のみに、口伝で残っているだけだ……」
ボルザークは立ち上がり、統帥室の窓からビュケルの街を見下ろす。
「ノエル、明日ハピナス様に謁見する」
「……!?」
「突然のことだが、スティグマを名乗る者が現れた。その事実は世界に大きな変化をもたらす。私達だけの問題ではない。これは世界規模の問題だ」
「……ですが、私のような一兵士が水帝様に謁見するなど……」
「運命を握るのは、お前だけではない」
ノエルは、ボルザークの言葉に一瞬思考を止めた。しかし、ミスティアでの出来事から、その言わんとしていることを理解した。
「聖痕を知る者……。ダリア・ローレンス……」
アラポネラの神林を旅立った少年の運命のレールは、その行く先を変えようとしていることを、ダリア本人はまだ、知らない。
次章
水の帝国編 序章 ー精霊は戦士に微笑むー
作者のぜいろです!
ここまで霧の王国編を読んでいただきありがとうございます!
今回の話でミスティアでの話は幕を引き、新たな舞台、水の帝国へと話が移っていきます!
ようやくタイトルにある「五大英雄」が関わってくる章になるので、ご期待ください!




