スティグマ
ダリア達は4体の魔獣との戦闘を経て、リーシュタッド家の面々と龍の巫女の一人が拉致され、隠されている場所の候補としてジュカテブラの遺跡群の最奥の地へとやって来た。
「……デカい骨だな」
そこにあったのは、今まで出会ったどんな生物よりも遥かに大きな生物の骨と思われるもの。それが1箇所を目指して遺跡群のあちこちに散らばっているように見えた。
「かつてこの地には数多の巨大な生物が居たとされる。ジュカテブラが堕神となる前の話だ。この地に降り立ったジュカテブラは、自我の無いままにこの地の生物全てを喰らい尽くした。その時の名残だろうな」
ノエルの言葉に、他の面々は絶句する。俺達が今から向かおうとしているのは、その神獣が居ると思われる場所だと想像すると、背筋が凍った。
巨大な骨が地形を成し、その中心に佇むようにして、その生物は居た。
「あれが……ジュカテブラ」
ダリアの言葉に賛同するように、他の面々も息を飲むようにしてその生物を見つめていた。
見てくれはまるで巨大な亀。長いことその場から動いていなのか、背中には苔のようなものが生え、地鳴りのような呼吸音が辺りに響いている。
「ジュカテブラは元々大地を司る神だった。巨大な姿はそのまま自然の如き大きさを象っている、と聖騎士団の上層部からは聞いている」
ノエルは臆することなくジュカテブラを見つめていた。筆頭騎士ともなると、神獣相手に畏怖しない胆力があるのだろうか。
ジュカテブラを中心とするように、遺跡群の最奥の地は深い谷のようになっていた。ただ傾斜はそれほど急ではなく、気をつけて降りればジュカテブラの元までたどり着くことが出来るだろう。
「……ノエル殿、人質として連れ去られた人々の姿が見えない。だが、迂闊に神獣に近付くのはあまりに危険だ」
ガゼルはノエル以外の人間を案じた策を講じる。今回の作戦の目的はあくまでも人質の救出と魔獣の討伐であり、魔獣の討伐を果たした今、神獣と不用意に相対するのは危険だと言う判断だった。
「あの……」
人質の捜索に関して悩む聖騎士の面々とダリア、シンを前に、フィスタが手を挙げた。
「私の加護の力なら、探せるかもしれません。やった事はありませんが……」
フィスタの言葉に対して、シスタナシアが目を輝かせる。
「本当っ!?流石私の認めた子だ!」
フィスタの紺色の美しい髪をワシャワシャとシスタナシアは撫でた。フィスタは満更ではなさそうな顔をする。
「それで、どうするつもりだ?」
ノエルの問いに対してフィスタは答える。
「はい、私達龍の巫女は皆、霧龍様を象った髪飾りをつけています。これは現当主である私の母が一つ一つ手作りをしたもので、私もそれの手伝いをしておりました。その時に、加護の力を使ってこれを清めるという工程があるのです」
そう言ってフィスタは髪に付けた、龍の形の髪飾りを外す。それをノエルに渡すと、手を組んで祝詞を唱え始める。
清流の加護よ 清め給え 祓え給え
その祝詞に呼応するように、髪飾りは水色の光を煌々と放ち始める。その光はもう一つ、ある所から発されているのが分かった。
「……ジュカテブラの身体が光ってるな」
シンの言葉に反応するように、全員がその方を見る。ジュカテブラが光っている、というよりは、その腹にあたる部分から光が漏れているように感じた。
「……ああぁ」
ジュカテブラの腹が光っている。それが示すところの意味は、その場の全員が気がついていたものの、膝を付き泣くフィスタを、沈黙を持って慰めることしか出来なかった。
「ノエルさん」
俺はノエルさんに向かって話しかける。
「フィスタの事はシスタナシアさんに任せて、俺達だけで行きましょう。ここから先は、彼女には辛い」
ノエルさんは何か考え事をしているようだったが、すぐに返した。
「ガゼルも残させる。神獣と戦うことになっては、手負いの奴には厳しいだろう」
ガゼルはノエルのその言葉に対して、「あぁ、そうさせてもらう」と返した。
ノエル、シン、ダリアの3名は、シスタナシア、フィスタ、ガゼルを残してジュカテブラへと近付く。その巨体は近付くほどに見上げる角度が高くなるように、人が相手に出来る生物には見えなかった。
「どうやって助けるつもりだ?……そもそも生きてるかも分からねぇが」
シンの問いに、ノエルは答える。
「龍の巫女の髪飾りが反応した、という事は完全には消化されていないという事だろう。憶測ではあるが。それに、ジュカテブラにとって人間を喰らう理由がない。そもそも人間を敵視するほど認識出来ていないはずだからな」
ノエルの理屈は、ダリア達がジュカテブラの正面から近付き、足元へとたどり着いても何の反応も示さないことから筋が通っていた。
「人質を救うなら、本人に尋ねるしかあるまい」
そう言ってノエルはジュカテブラの巨大な脚の一つに触れ、加護を発動させる。
震度0 ー共鳴ー
ノエルの身体が一瞬振動したかと思うと、先程まで呼吸のみを行なっていたジュカテブラが、微かに動いた。
「うおっ……!」
しかしそれだけで辺りには振動が伝わり、シンとダリアは立っているのもやっとになる。そんな中で、ノエルは涼しい顔をしてジュカテブラの脚に手を触れ続ける。
"神獣よ、私の声に耳を傾けてくれ"
"……何者だ"
"人間、とだけ言っておこう。貴殿は人間を喰らったか"
"覚えておらぬ……。そうかも知れぬし、そうでは無いかも知れぬ……"
"腹の中に私達が探す者達が居るはずだ。気に触れなければ、助けさせて欲しい"
"……それは、出来ない"
「何してくれてるんだよ」
その時、ジュカテブラとの対話を試みるノエルを遮るようにして、背後に一人の男が立っていた。胡散臭い仮面をつけた、派手な服の男。
「お前は……!」
ノエルはその気配に即座に反応し、腰に差した剣を振り抜く。しかし仮面の男はヒラリと身を翻して、軽やかにその攻撃を避ける。
「随分と早い再開になったな、ノエル・ジャガー。また、僕の邪魔をするつもりかい?」
仮面の男はやれやれといった様子のポーズを取ってみせる。
闇纏 ー黒腕ー!
攻撃特化 80%!
ドオンッ……!
油断している仮面の男を前に、ダリアは殴り掛かり、シンは斬りかかった。しかしその攻撃は、男に届いてはいなかった。
「血気盛んで困るなぁ……。こっちは戦いたい訳じゃ無いってのに」
2人の攻撃を両手で簡単に受け止めた仮面の男は、シンとダリアを元いた場所まで軽く放り投げる。ジュカテブラと対話していたノエルも加わり、3人は臨戦態勢を取っていた。
「なあ、あいつとは知り合いか?聖騎士様」
シンの問いに、ノエルは答える。
「正体は分からない。ただ、私が倒したはずの魔獣、お前らがマービアの湖であった魔人を回収し、その場を立ち去った。私の警戒網をいとも容易く掻い潜って、な」
その言葉で、ノエルですら届かない領域に仮面の男がいることを、2人は察していた。筆頭騎士が相手にならないレベルは、世界にそう多くはいない。
「何者だ、お前……」
ダリアの問いかけに、仮面の男は快く答えた。
「聖痕の意志の元に、神獣の『神威』を貰い受けに来ただけだよ、僕は」
仮面の男は一礼する。
「初めまして。いや、人によっては2回目かな?僕はスティグマのリーダー、オノコス。どうぞよろしく」
不気味な仮面の男は、仮面の裏で笑っているようにも見えた。
作者のぜいろです!
魔獣討伐作戦は終わり、霧の王国編もクライマックスとなりました!今回登場したスティグマは、今後のストーリーにも深く関わって来ますので、是非ご期待ください!




