魔獣討伐作戦 -6 鳴動の加護
「正義を、執行する」
シスタナシアとレイポスの決着から少し前、西方聖騎士団からミスティアの危機に対処するために派遣された聖騎士のノエル・ジャガーは、魔人のドロと対峙していた。
「うわあ、すごい圧だねぇ」
ドロは、前髪で隠れている目をキラキラさせるかのようにそう言い、手を叩いた。
ノエルの周囲の空気は震え、地面には亀裂が入る。
「モンローと言ったか。私の近くに居るのは危険だ。少し距離をとっていろ」
ノエルはモンローにそう注意を促した。先程までは冷静な表情をしていたノエルだったが、今の表情には怒りが感じ取れた。
「はい……」
モンローは自国の王妃が殺された事実に対し、悲しみと怒りを覚えたが、ノエルの殺気を前にその気持ちをグッとこらえた。目の前にいる人間は、それほどに危険な状態だと、体が警告していた。
「悪いが、手加減は出来ない」
ノエルは走り出し、ドロの方へと距離を詰める。彼が踏みしめた地面は、その重圧によって抉れ、深い窪みと数多の亀裂を生み出した。
「うん、全力でよろしく!」
ドロは満面の笑みを見せ、ノエルを正面から迎え入れた。
震度1 ー 始動ー
ノエルは依然として構えを取らないドロに対して、自身の剣を思い切り振り抜いた。その速度は常人はおろか、ミスティア王国兵士長補佐のモンローにすら見えるようなものではなかった。
「それは、流石にヤバいねっ!」
ドロは自分の手から鋭利で長い爪のような物を伸ばし、ノエルの剣とぶつける。
ギィイイインッ!
ドロとノエルによって起こった衝撃は、辺りの空気を全て押し出すかのような威力のぶつかり合いだった。
「危ないじゃん、聖騎士様」
「それで終わりだと思うな、魔獣風情が」
ドクンッ
ドロは、自身の体に起きた違和感に、ノエルからそう言われるまで気がつけなかった。
「私の剣を、正面から受け止めたな。大地を揺らす天災の如き『鳴動』を」
ドロの体には、強烈な衝撃が迸った。自分の内側から、噴火のように熱く、激しい何かが込み上げてくるようだった。
「ゲホッ……!」
ドロは口から血を吐き出し、ノエルから逃げるようにして距離をとる。
「なんでだ……。衝撃は殺したはずだろ……」
ドロは自分の体に起こっていることが理解できないのか、ノエルを睨みつけるだけで動けない。
「『鳴動の加護』。天災にも匹敵する衝撃を操る、私の加護の力だ」
ノエルはそれでも、容赦なく剣先をドロに向ける。その目は冷たい眼差しをしていた。
「これから死に行く者には、必要の無い情報だったか?」
ノエルはドロの背後に、一瞬の隙に移動していた。
「待っ……!」
ドロは何かを言おうとしたが、ノエルにはその言葉は届くはずもなかった。
震度2 ー廻動ー
ノエルはドロを剣で弾き飛ばすようにして、近くの岩へとぶつけた。岩に衝突した際の衝撃だけでなく、ドロには追い打ちをかけるように、目に見えない巨大な衝撃がのしかかる。
ドゴオオオオンッ!
巨大な岩は崩れ去り、土煙の跡からドロが這いずるようにして出て来た。
「待て……。こんなのお前も面白くないだろ……。一方的に攻撃してそんなに楽しいのかよぉ!」
ドロは怒りに身を任せて立ち上がった。そして髪をかきあげ、首元にかけていた紫の宝石が着いたネックレスを手にする。
「……ああ、こんなところでこれを使うとは……。オノコス様不甲斐ない私をお許しください……」
ドロはそう言い、紫色の宝石を粉々に砕いた。散らばった宝石の欠片は、眩い紫の光を辺り一帯に放ち始める。
それから少しして光が収まると、そこには禍々しい姿をしたドロが立っていた。魔人の頃の面影を消すように身体中が黒く染まり、巨大な角と尾が生えている。そして、体よりも大きな、翼まで手に入れているようだ。
「……アア、力ガ溢レテクルヨウダ……」
ドロは拳を握りしめ、ノエルに向かってそう言った。ノエルは依然として表情を崩さない。
「強キ者ヨ、私ノ糧トナレ」
そしてドロは、右腕をノエルに向かって突き出す。その手には黒い粒子のような物が集まり、不気味な気配が増していく。
黒粒砲
ドロの右腕に集まった闇のエネルギーは、ノエルに向かって打ち出された。地面スレスレにまで及ぶそれは、地面に触れた瞬間に、地面を灰のように消し飛ばす。
「鳴動の加護よ、我に力を」
ノエルは淡々と、そう呟いた。そして剣を構え、黒粒砲に向かって視線をやる。
震度5 ー激動ー
辺りに、閃光が走った。ノエルから距離をとっていたモンローの居る場所にまで、強烈な風が吹き込む。
「ッ!」
あまりの眩しさと土煙を纏った風に、モンローは思わず目を塞ぎ、腕で顔を覆う。
モンローが目を開いた時、そこには身体を真っ二つに切られたドロの姿があった。
「……ナ、ゼ……?」
ドロは、自分の見に起きていることが理解出来ていないという様子だった。
「醜い姿になった。私からすれば、その程度の些細な変化だっただけだ」
ノエルはもう既に動く力も残っていないドロの体を、完全に切り刻んだ。黒い肉片となったドロは、もうその面影をどこにも残していなかった。
「おやおや、ドロの気配が消えたと思えば、貴方でしたか」
その時、ノエルの背後から謎の声が聞こえた。ノエルはそれに即座に反応して剣を振るうが、ノエルの剣先は空を切った。
「……私は貴方とは戦いたくない。少なくとも今は、ね?」
ドロの肉片の近くには、派手な衣装を着て、仮面を付けた長身の男が立っていた。ノエルは、その男を前にして、その不気味さのために沈黙を保っていた。
「ああ、これは回収させてもらいますよ?大事な依代だ」
その男は、訳の分からないことを言いながらも、かつてドロだった肉片を袋のようなものに入れていく。
「……ただで逃がすと思うなよ」
男がドロの肉片を回収し終わった時、ノエルは男の眼前まで近づいていた。ドロに向けたのと同じ殺気を纏ったまま、である。
「おお、それは怖いですね……。ただ、あまり私をなめない方が身のためですよ?ノエル・ジャガー」
男の殺気は、ノエルのそれをゆうに越えるものだった。筆頭騎士のノエルでさえ、冷や汗をかくほどの純粋な殺意。悪意を悪意とも思わない、混じり気のない殺意がそこにはあった。
「また近いうちに会えますよ。それでは」
男はノエルの眼前から一瞬にして姿を消す。そこには、ただ立ち尽くすだけのノエルが残された。
ピカッ!
その時、遠くで何かが光る様子が見えた。




