襲来
俺とシンは、アイルさんとフィスタと共に、夕食を食べ終わった。そして彼女達の家を出て、案内されるままに外へと向かう。フィスタは留守番だ。
「霧龍様を祀る祭壇は、湖の南方にあります。ちょうどそこで、本日の『舞姫』が儀式を行う頃合でしょう」
アイルさんはそう教えてくれた。アルケミオンが失踪しても尚、儀式を行うことを止めない『龍の巫女』達は、信心深い人達なのだろう。
アイルさん達の家を出て、そのまま丘を下り、湖の縁に沿って歩いていくと、松明の様なもので照らされた建物が見えてきた。
「あちらです」
アイルさんは手でその建物を示し、俺とシンを案内してくれる。
建物には、恐らくアルケミオンを象っているであろう巨大な龍の模様が描かれていた。どこかで見たことがある模様だと思ったが、ミスティアへの入国権に同じ模様が書かれていたことを思い出した。
「アルケミオンは、この国の象徴なんですね」
アイルさんは俺に答えてくれる。
「龍の巫女程ではありませんが、ミスティア国民は皆、霧龍様に感謝の祈りを捧げています。霧龍様がいつでも私達を守っていてくださるように、私達もまた、霧龍様を如何なる時でも信じているのです」
アルケミオンの失踪に動揺する素振りが少なく見えたのは、彼女達の信心の深さのためだった。自分達をアルケミオンが裏切ることは無いという強い意志だろう。
その時、建物の扉が開き、中からアイルさんやフィスタと同じ服装をした金髪の女性が出てきた。
「アイル様、お疲れ様です」
その女性はアイルさんに対して深々と頭を下げる。もしかしてアイルさんは龍の巫女の中でも偉い人なのだろうか。
頭を下げた金髪の龍の巫女は、身体中から汗をかき、息も途切れ途切れになっていた。それ程までに『舞姫』とは体力を使うものなのだろう。
「『舞姫』は龍の巫女の最も重要な役務です。国民を代表して霧龍様に祈念を行い、国の平和と霧龍様の安泰を願うもの……。疲れなど口にするものではありません」
俺の心を読んだように、金髪の女性は教えてくれた。汗を水を浴びたようにかきながらも、その女性は笑顔だった。
「ミルティ、ご苦労様。明日もよろしくお願いね」
「はい、お任せください」
ミルティと呼ばれた金髪の女性は、アイルさんにお辞儀をして帰ろうとした。
「なんだ、やっぱりここには上物が居るじゃねえか」
その時、何も無い空間から突然に人影が現れた。人の姿のような格好をしていて、頭には角、腰の部分から尾の様なものが生えたそれは、誰に言われなくとも「魔獣」であることを俺は察した。
その者が放つ雰囲気は、邪悪に満ちていた。しかし、角と尾さえなければ、見た目は人間のそれと変わらない。目を隠すようにして前髪を垂らしたその、男の身なりをした魔獣は、ミルティさんの首元に鋭利に尖った爪を突きつけた。
「聖獣のお守りも大変だねぇ。こんなに非力な子を夜に歩かせちゃダメでしょ」
魔獣には知性があると、馬車の中でミゲルさんは教えてくれた。だが、これはもう人間と同じものである。
「ってあれ……?一人じゃねえじゃん」
その魔獣、いや魔人と呼ぶべき存在は、ミルティさんの首に爪を突き立てたまま、俺たち三人の方を振り向いた。今まで出会った人から感じない気配を、奴からは感じ取っていた。
「なんだよ、聞いてた話と違うじゃんか……。まあいっか」
俺達を前にして一切の態度の変化を見せないその魔人は、ヘラヘラとした態度で俺たちを脅す。
「下手な動きしないでね、俺は命の価値観がバグってるらしくてさ」
その魔人はミルティさんの命を奪える状況にいながら、嬉々としてそう話す。
俺もシンもとっくに迎撃したいところだが、ミルティさんが人質に取られている状況を鑑みて、動けずにいた。
「魔獣よ、何が目的ですか」
しかし、その状況に動じず言葉を発したのは、アイルさんだった。
その言葉に対し、飄々とした態度をとっていた魔人は真顔になり、軽く舌打ちをする。
「……魔獣って呼び方やめてくんない?俺には『ドロ』っていう名前がちゃんとあるんだからさ」
ドロと名乗った魔人が発する圧は、先程よりもはるかに強まった。しかしアイルさんはそれにも動じずに続ける。
「霧龍様に仕える龍の巫女に、覚悟が無いとでも思っているのか」
その口調は、優しく俺たちに接してくれたアイルさんのものとはかけ離れていた。魔人の圧力に全く屈していない彼女の顔は、見たことも無いほど険しいものだった。
「ミルティッ!」
アイルさんは想像もできないほどの大声を突然出し、ドロはそれに一瞬たじろいだ。その時、ミルティさんはドロの爪に首元を引き裂かれながら、ドロの元から離れた。
攻撃特化 ー80%ー!
バゴオオオンッ!
その瞬間にシンは飛び出し、ドロの顔を思い切り殴りつけていた。俺と戦った時が手加減していたと思われるほどに、怒りがこもった一撃がドロに突き刺さる。
「……っ!」
アイルさんの声に油断していたドロは、受身を取ることが出来ずに、近くの木まで飛ばされ、思い切り叩きつけられる。
「……魔獣ってのは随分と癇に障る野郎なんだな」
シンの顔は見たことも無いほど激昂していた。それこそが一瞬の隙を見逃さずに攻撃を仕掛けられた理由かもしれない。
「痛いなあ、もう……」
ドロは黒色に濁った血を吐き捨て、目を隠すように垂れた前髪の隙間から、黒色の眼を覗かせる。
「人間ってのは何でそんなに非力な者を守るんだい……?この世界は弱い者に優しくないだろう?だから僕が先に救ってやるっていうのにさ!」
ドロは鋭利な爪を更に伸ばし、自分を殴ったシンの方へと間合いを詰める。
キィィィンッ!
シンはその攻撃を、腰に提げた鞘から抜いた剣で受け止めた。
「随分と喧嘩っ早いな、お前」
「君も嫌いじゃないって顔してるよ♪」
二人の間には激しい火花が散っていた。俺は首元から流血しているミルティさんをアイルさんに任せ、シンの加勢に向かおうとする。
闇纏 ー黒腕&黒脚ー
俺は黒い痣を腕と脚に巡らせ、ドロに向かって攻撃をけしかける。シンの動きを止めているドロの脇腹に向かってその腕を伸ばした。
ガシッ
俺の腕は、またも何も無い空間から現れた謎の人物によって止められていた。
黒い鎧を全身に纏った謎の存在は、俺の腕を両手で掴んで、遠くへと投げ飛ばす。
「……っ!」
俺は受身を取り、俺の事を投げ飛ばした敵と相対する。
「********」
ドロと協力関係にあると思われるその魔獣は、俺達には聞き取れない言語で何かを発した。
それを聞いたドロはシンを力任せに後ろへと押し切った。
「……なんだよ、撤退って」
「*******、*****」
「……分かったよ」
「*****」
「分かったってば!」
ドロは鎧を着た魔獣と何かを話しているが、ドロでない魔獣の方は、俺達に攻撃する意志は無いらしい。
「今回の件はお預けだ、人間」
ドロは先程までの圧を消し、前髪を整える。
「俺達は神獣の眠る場所で待つからさ。逃げるなよ」
ドロと鎧を着た魔獣は、再び何も無い空間にその姿を消してしまった。
この件で、ミスティアとアルケミオン、魔獣を巡る物語は進展を見せることになる。
作者のぜいろです!
霧の王国編は、この辺で大体折り返しとなります!聖獣アルケミオンの失踪に魔獣は関与しているのか。また、拉致されたリーシュタッド家の人々は無事なのか。そして、アルケミオンはどこで何をしているのか……。
今後の展開にご期待ください!
是非、評価、ブクマ、感想等お待ちしております!
ぜいろでした。




