言伝
自らをフィスタと名乗った少女は、俺とシンに膝と手を床に着いた状態で頭を下げた。
「……!君が誰かは分からないけど、とりあえず顔を上げてくれないか?」
俺がそう言うと、フィスタは顔をゆっくりと上げた。母親のアイルさんによく似ていて、美しい顔立ちをしている少女だった。
「フィスタ、客人の前でそのような事はお止めなさい」
アイルさんがそう叱責すると、フィスタは袴を手で押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
「この子は私の娘の一人、フィスタと言います。御二方の事を話したので、ここまで出向いて来てしまったようです……」
どうやら、アイルさんにとってもフィスタがここに居るのは想定外の事だったらしい。フィスタを見つめる目が厳しい母親のそれだった。
「どうぞ中へ。お話はそちらでさせて頂きます」
アイルさんに案内されて、俺とシンは客間のような部屋に通された。その場所は、見たことの無い床材が張ってあり、部屋の中心には天井からぶら下がった金属性の魚の形をした何かが吊るされている。下にあるのは、灰だろうか。
「……不思議な家だな。こっちの方じゃ見たことないが……」
シンは、アイルさんとフィスタが住んでいる家の構造が気になっているようだ。確かに、俺もこんな家の造りは見たことがない。
「この床材は、畳と言います。それから部屋の中心にあるそれは、囲炉裏と言いまして、暖をとったり料理をするのにも使えます」
シンや俺が家をキョロキョロ見ているのが伝わったのか、アイルさんに代わってフィスタがそう紹介してくれた。どちらも聞き馴染みのない言葉である。
「フィスタ、お茶と夕食をお持ちして」
「はい」
アイルさんから指示を受けてフィスタはトタトタと部屋の奥の方へと歩いていった。
「お疲れでしょう、どうぞ座ってお待ちください」
アイルさんが示した先には、人が座れるように敷いてあるクッションのようなものがあった。
「アイルさんって言ったか、俺は西方の生まれだが、こんな素材や家の造りは見たことが無い。それにあんたが着てる服もだ。あんたほんとにミスティアの生まれか?」
シンは座るなり目の前のアイルさんにそう尋ねた。アイルさんは「失礼します」と言って、俺とシンに向かい合うようにして正座する。
「私達の家系は元々、ミスティアの生まれではありません。ここよりももっと南東の方、五大帝国の一つ、オルバランの隣国である『倭国』という場所に住む人々の血を継いでいます」
俺は久しぶりにサドム以外の五大帝国の名を聞いた。
世界地図において南方を支配する帝国、「光の帝国オルバラン」。様々な文化が入り混じる国だという話をゴーシュさんから聞いたことがあるが、アイルさん達もその影響を受けているのだろうか。
「私達の祖先は元々、奴隷としてサドムへと連れてこられたと聞いています。ミスティアに棲みついた聖獣アルケミオン、つまりは霧龍様の生贄としてミスティアに運ばれたのです」
アイルさんの口からは、とても軽はずみに聞けるようなものではない話が飛び出してきた。話を切り出したシンも驚いた顔をしている。
「霧龍様は寛大な御方でした。私達の祖先は霧龍様によって救われ、私達をこの場所に送り込んだ者達に天罰を与えて回り、私達を『龍の巫女』として迎え入れてくださったのです」
聖獣アルケミオンは、ミスティアを守るようにして霧を張っているのもそうだが、人間に好意を抱いているようである。
「それから私達の祖先は霧龍様を崇め、その世話をすることを買って出ました。それが今から80年ほど前のことで、私は4世代目の『龍の巫女』なのです」
アイルさん達が、アルケミオンの世話をしている理由は何となく分かった。救われたことに対する奉仕の気持ちでここに居るのだろう。
「夕食をお持ちしました」
これもまた見慣れない扉を横に開けて、フィスタは客間へと入ってきた。そして豪勢な夕食が運び込まれる。
「お口に合うといいのですが」
そう言ってフィスタは、俺とシンの前に夕食を置いてくれる。魚や野菜を中心とした健康的なメニューだが、その一つ一つが丁寧に調理されているのが分かる。
「メイナ王女から、御二方には霧龍様のことについて話すように指示されております。本来は私が話そうかと思っていましたが、娘の方が詳しいかと思いますので、フィスタから話させていただきます」
そう言ってアイルさんは、自分の隣にフィスタを座らせる。フィスタは少し躊躇いながらも、アルケミオンのことについて話してくれた。
龍の巫女には、『舞姫』という役割が日毎に任されています。
霧龍様を朝にお迎えし、夜にその棲家へと見送る儀式のようなものです。
霧龍様は私達には姿をお見せになられませんが、その気高い鳴き声を、返事のようにして『舞姫』へと返して下さいます。
私が『舞姫』につき、儀式を行なったのが十日前のことになりますが、いつも聞こえてくるはずの霧龍様の声はその時を境に聞こえなくなりました。
不自然に思った私は、すぐに母にこのことを報告し、龍の巫女総出で霧龍様の捜索を行ないましたが、霧龍様の返事は何処からも返って来ませんでした。
そこまで言ってフィスタは、話すのをやめた。メイナさんから聞いた話では、その後に魔獣による侵攻があったはずだ。
「魔獣どもがここに来たのは本当か?」
シンは俺が思っていたことを聞いてくれた。
「……魔獣は、来ました」
フィスタのその声と話し方には、隠していることがあるように感じた。アイルさんは目を瞑って話を聞いていたが、それ以上話さないフィスタの姿を見て、目を開けた。
「メイナ王女から、リーシュタッド家の方々が魔獣に連れ去られた話はお聞きになられましたか?」
俺とシンはその言葉に頷きをもって返す。
「その交渉材料として魔獣が人質に取ったのが、私のもう一人の娘でありこの子の姉にあたる、ジュンという『龍の巫女』なのです。ジュンは魔獣が侵攻してきた時に一番近くに居たフィスタを庇って、代わりに人質となり、リーシュタッド家の方々と共に連れ去られていきました……」
何処かで聞いたような話である。ミゲルさんの弟でありキーンさんの兄、クォークさんがザバンで魔獣と対峙した時に似たようなものを感じた。
「その件でこの子は心に傷を負い、霧龍様の失踪と合わせて自分で全てを抱え込もうとしているのです」
アイルさんの言葉に、フィスタは返す言葉も無いようだった。
彼女がアイルさんにも話さずに俺達の前に現れたのは、その焦りの為だったのだろう。
「私が、悪いんです……。霧龍様の事も、お姉様の事も、私がもっとしっかりしていれば……」
フィスタはそう言って目に涙を浮かべる。今にも泣き出してしまいそうな彼女の表情を見て、俺は彼女の近くにいき、優しく頭を撫でた。
「一人で抱え込まなくていい。俺達が必ずアルケミオンもジュンさんのことも解決するから」
フィスタは今にも零れ落ちそうな涙をぐっと堪え、俺と目を合わせた。
「……迷惑をかけてしまいます」
その言葉に、シンも立ち上がる。
「でも、助けて欲しいからここに居るんだろ?」
そしてシンは言った。
「困った時は、お互い様だ」
その言葉に、美しい彼女の目からは涙が頬を伝って落ちた。誰にも見せられなかった感情が溢れた瞬間だったのだろう。
アイルさんは先程までの厳しい表情を砕き、優しい母親の目になっていた。
「ダリア様、シン様。御二方には霧龍様の棲家を訪れて頂きたいのです。そこに案内することが、私達がメイナ王女に託されたもう一つの役割です」
アイルさんはそう言って、俺とシンの目を見つめた。
作者のぜいろです!
今回ようやくこの作品にもヒロイン的な女の子が登場してくれました(メイナさんがヒロインじゃないとは言ってない)。
龍の巫女は皆さんもお分かりの通り、日本の神社にいる巫女から来ています。だいぶ先の話になるとは思いますが、彼女達の祖先の故郷である「倭国」については話の中に登場すると思います!
これからの展開にご期待ください!
是非、評価、ブクマ等お待ちしております!
ぜいろでした。




