災い
ザバンでお世話になったキーンさんの兄と名乗るミゲルさんは、ミスティア城の最上部へと繋がる階段を共に上っていた。
「ここに陛下が居られます」
ミゲルさんが示した先には、荘厳かつ美麗な飾りが施された、頑丈そうな扉があった。俺より背の高いシンですら、その半分にも届いていないというのだから、驚きだ。
「陛下、客人の方々をお連れしました!」
ミゲルさんがハキハキとした声で扉の向こうに向けてそう言うと、中から声が返ってくる。
「通して下さい」
その声が女性のものであったため、俺とシンは驚いた。国王が女性というパターンは無いことはないのかもしれないが、珍しいものだろう。
重く大きい扉は、兵士たちによってゆっくりと開かれた。その先には、玉座と思われる巨大な椅子に腰掛ける美女と、何人もの側近、目を奪われてしまいそうになるステンドグラスや、高価そうな品々が並んでいる。
「長い旅路ご苦労様でした、ザバンからの使者の方々。どうぞ中へお入りください」
透き通るような銀色の長髪。整った顔立ちに美しく淡い色をした桃色の瞳。身にまとったシルクの服は、光を浴びて煌めいている。俺とシンが目を奪われたのは言うまでもない。
陛下、と呼ばれたその女性の前まで近づくと、側近の人達から俺とシンは注目を浴びる。自己紹介の催促でもされているようだ。
「……ザバンから来ました。俺は旅人のダリア・ローレンスと言います。」
「シン・ネオラルドだ。こいつと同じでザバンから来た」
シンはこういう場所においても態度を変えない。側近の人達は眉をひそめて何やら話しているが、恐らくシンのことについて言っているのだろう。
「……シン、こういう時位は礼儀正しくしてよ」
「俺は誰にも頭は下げねえ。国王がそんなに偉いとも思ってないしな」
俺はシンに小さい声でそう言ったが、シンは態度を変える気はないらしい。
盗賊として何年か過ごしていたシンの悪い所が出てしまっているようで、俺は内心冷や冷やしていた。
「私は構いません。どうぞ話しやすいようにしてください」
陛下の心が寛大で助かった。陛下は玉座から立ち上がり、俺とシンの目の前までやってくる。
「私はメイナ・リーシュタッド。現在この国の第一王女です」
先程まで柔らかい表情をしていた彼女の顔は、その言葉を発してすぐに、暗いものになる。
「第一王女?国王じゃないのかよ」
シンは思ったことをすぐに口にしてしまうらしい。俺もそこは気になったけど……。
「場所を変えましょう、シンさんにダリアさん。……ミゲル、案内して差しあげて」
ミゲルさんは広い部屋へと入ってきて、俺達を別の部屋へ案内してくれた。メイナさんがいた部屋から少し離れた小部屋といった所に俺達は連れてこられ、何人かのメイドのような人達が入ってくる。
そこには部屋のほとんどを占める大きなテーブルがあり、俺とシンは入口から入ってすぐの場所に座らるように指示される。
メイナさんを待つこと数分、彼女は先程のシルクの服を脱ぎ、庶民的な格好で現れた。
「お待たせしました」
そう言ってメイナさんは俺とシンの前の椅子に腰かける。その表情は、思い詰めるところがあるようだ。
「突然のことで申し訳ないのですが、私たちの頼みを聞き入れてはくれないでしょうか」
メイナさんは、一つ大きな深呼吸をした後に、俺とシンにそう言った。俺とシンは顔を見合わせて、軽く頷く。
「お二人が、ザバン革命の立役者だと言う話は耳に入っております。それを信頼して、この国に訪れている災いを振り払う手助けをして頂きたいのです」
災い、とメイナさんは言った。それは、ミスティアに入る前にも聞いたあの話の事だろうか。
メイナさんは、俺達にここ最近で起きたミスティアを揺るがす事件について語った。
話は10日前に遡る。
ミスティアを守る聖獣、アルケミオンが一夜のうちにその姿を消したことは、彼の世話役である『龍の巫女』達が1番初めに気がついた。
アルケミオンはミスティア王国の南方に位置する湖『マービア湖』という大きな湖をその棲家としており、『龍の巫女』たちはその湖のほとりに住んでいるという。
龍の巫女はアルケミオンの世話をするとはいえ、アルケミオンに直接会うことは出来ない。そのため、毎日朝と夜にアルケミオンに祈祷を捧げる『舞姫』と呼ばれる人物が日替わりで居り、アルケミオンは彼女達の踊りにその鳴き声をもって返すのだそうだ。
しかし、アルケミオンの声がその日から聞こえなくなった。龍の巫女達は困惑し、マービア湖の周辺を捜索するも、アルケミオンの姿は見つからなかったそうだ。
そして、この国にとっての災いはそれにとどまらなかった。
魔獣と呼ばれる存在の侵攻。それが起こってしまったのだ。
しかしこの件は、あまりにも一瞬かつ極小数の人間にしか知られない形で起こったため、ミスティア王国の上層部は極秘にこれを解決すると決めた。
魔獣はマービア湖へと、アルケミオンの霧を越えてやってきた。それがアルケミオンの不在と関係するのかどうかは定かではない。
ただ、魔獣達はこの国の為政者達を差し出すことを求めた。龍の巫女達によってリーシュタッド家に伝えられたこの話に対して、ミスティア現国王、つまりメイナさんの父親にあたるバーゼン・リーシュタッドは、これを受け入れた。
魔獣達は、アルケミオンの力を欲していた。しかし、当のアルケミオンが居ないことを悟ると、ミスティアに対して宣戦布告を申し入れた。
「今宵より一月、それまでにアルケミオンを差し出さなければ、彼の者の命はない」
ミスティアにとって魔獣の侵攻と聖獣の失踪は衝撃的な事件であったが、国民の不安や近隣諸国への不安の伝播を避けるために、この事件を内々に処理することを決めたのだ。
「私はその時、外交でサドムに居りました。家臣達から話を聞いて戻ってきた時には、リーシュタッド家の者は皆、魔獣に連れ去られた後でした……」
メイナさんは涙を流してそう言った。アルケミオンの失踪の影に、そのような事件まで起こっていたとは、心的疲労も相当だろう。
それに、国民は本当にその事実を知らないらしい。外の光景や兵士たちの口ぶりから考えても、アルケミオンの不在を嘆く声は聞こえなかった。
「ただ、この件は聖騎士団の方々にも対処を打診しています。なので、御二方にはリスクがある話です。ただ、その事は百も承知でお願いしたいのです」
メイナさんは、俺とシンに頭を下げた。恐らく、俺とシンが世界連邦にとって敵である事を既に知っているのだろう。それでもなお、自分が守るべき国と国民の為に、俺達にこうして頭を下げている。
「それはもち……」
「納得出来かねますね」
メイナさんの言葉に対して肯定を挟もうとした俺とシンの前に、一人の男が割って入った。
「ノエルさん……」
メイナさんは、その人物を見て表情を歪ませる。なにか思うところがあるのだろうか。
「聖騎士団はミスティアに協力すると言いました。ただ、罪人と協力する話はしていない」
その男は俺に向かって剣を抜いた。彼の翡翠色の目は、俺の事を逃がしてはくれなかった。
「ダリア・ローレンスと言ったか?聞き間違いでなければ、かつての大罪人と同じ名前だが」
ノエルと呼ばれた男の目に、曇りはなかった。俺の背筋は、アンバーセンと対峙した時のような緊張感を覚えていた。
作者のぜいろです!
霧の王国編、楽しんでいただけているでしょうか?
今回出て来た魔獣について、説明が足りていなかったと思われるので、下で補足します!
【魔獣】
神が創り出したと言われる存在の内、聖獣とは対照的に、人に仇なす存在として知られる。魔獣とは言うものの、霊獣より高い知能を有し、獣の姿だけではなく人間に近い姿をしたものもいる。魔人、魔族、魔物と呼ばれる存在はこの魔獣に分類される。
ミスティア王国を襲った魔獣に関しては、知能を持ち人間と会話できるだけの能力は有りますが、その姿はほとんどが獣です。中には人間の姿をした者もいる設定ですが……。
その辺りは、後々の話の中で読んでいただければ幸いです!
評価、ブクマ、感想等お待ちしてます!
ぜいろでした。




