聖獣の消えた国 【※】
「今のミスティアに、聖獣アルケミオンは居ない。神の元に帰ったのではない。つい先日、失踪したのだ」
村長さんのその言葉に、俺とシンは言葉を詰まらせた。ミスティアを守る役目を果たす聖獣アルケミオンの失踪は、それほどの情報だった。
「……でも、霧はかかったままだろ?」
シンは村長さんに尋ねる。村長さんはそれに、軽い頷きを持って返す。
「私は正確にはミスティアの人間ではない。この話はミスティアにいる私の知り合いが教えてくれたことだ……。それ以上詳しいことは、中の人間しか知らないことだろう」
「つまり、ミスティアに行って確かめた方が早いと」
「そういうことになるな」
シンはその話に納得したようで、俺に向かって言う。
「どの道サドムに行くならミスティアは避けては通れねえ。俺にはサドムから亡命する時にミスティアに助けてもらった恩があるからな。ダリアがいいならこの件について協力してえ」
シンの過去について詳しいことまで知っている訳では無いが、自分の贖罪のためにも、俺はミスティアの件について関わることを決めた。
「もちろん。聖獣じゃないけど、俺にも似たような生物と触れ合った経験がある。多少役にはたてるかもしれない」
俺とシンは、ミスティアの「聖獣失踪事件」について、協力する姿勢で一致した。
夜が明け、俺たちは村長さんの家を出る。村長さんは不安そうな顔を向けていたが、シンと俺はそれをなだめる。
「大丈夫さ、俺もこいつもヤワじゃねえ。革命の件はここまで届いてるんだろ?」
「もちろんそうだが……。無事を祈ってるよ」
村長さんはそう言って、俺とシンに紙のようなものを手渡す。
「ミスティアへの入国権だ。これを国境管理官に渡せば、ミスティアに入ることが出来る。くれぐれも、君たちの身の安全と、アルケミオンの件の解決を願っているよ」
その紙には、入国権と書かれた文字と日付、そして龍の姿をあしらった印鑑が押されていた。
ミスティア近くのその村から、国境はすぐそばにあった。霧の前にそびえる大きな建物と、重装備をした兵士が、そこには居た。
「ミスティアへの入国希望か?」
建物の前まで来ると、兵士の一人に止められ、入国権を確認される。兵士はそれをじっと見つめて、回収した。
「2名だな、通っていいぞ。ただ、『霧の洗礼』を受けることになる。君たちの中に悪意があれば、霧龍様はそれを見逃さない」
そう言われて兵士に通されたのは、巨大な鏡の前だった。そこには俺とシンの姿が大きく写っている。
そして鏡の前に霧が集まり、俺たちは霧に包まれた。すぐ側にいるはずのシンの姿さえ、俺には見えないほどだった。
汝、資格を与えん
その声が聞こえたかと思うと、俺たちの目の前の霧は一瞬にして消え、霧の王国ミスティアの姿が、俺たちの目の前に現れた。
「ここが、ミスティア……」
ザバンとは随分と違う街並みに、俺は驚いてしまった。霧の中に包まれていたはずだが、そこには太陽が照りつけ、明るい雰囲気に満ちている。
「不思議だよな。霧の中だってのにこっちから外は見えるようになってるんだ」
そう言われて後ろを振り返ると、俺達が通ってきた建物と、入国審査をした兵士の姿はすぐそこにあった。少し離れたところには、泊まった村も見える。
「行こうか。まずは情報収集だ」
シンは、俺の前を颯爽と歩いていった。一度来たことがあると言っていただけに、その歩みに迷いはない。
俺たちは、ミスティアを円滑に通ってサドムに行けるように、カルマさんから「謁見状」を貰っていた。
ミスティアは、かつてのザバンと同じように王国制を取っており、代々続く一つの王家がその統治を行なっている。といっても、ザバンのように悪質な王制ではないらしい。
ミスティアの王家は『リーシュタッド家』といい、サドムに居るとされる五大英雄の子孫、『マハン家』の分家にあたる存在らしい。
そのため王制とはいっても、サドムの監視下に置かれているこの国には、ある程度の自由と束縛が混在しているような状況らしい。
サドムにとっても重要な場所であるために、反乱等が怒らないように制度を敷いているのだとか。
「ここがミスティア王国城だ。まあ、俺も見ただけで入ったことは無いけどな」
俺たちは、遠目からでも見えていたミスティア王国城の前に来ていた。ザバンの王城は横に長い形状をしていたが、ミスティア王国城はそれと比べても遥かに大きく、いくつもの巨大な塔がその中に入っていた。
見上げるほどの高台にも位置しており、簡単には中に入れてもらえなさそうだ。
「とりあえず、兵士に入り方でも聞いてみるか」
俺達は高台に位置する城の一番下。街に繋がっている部分にある関所のような場所を訪ねた。
「なんだ君たちは。この辺で見ない格好をしているな」
案の定止められてしまった。俺はアラポネラの神林でゴーシュさんに貰った黒い旅人の服を着ているし、シンに至っては盗賊時代に着ていた服が少し変わったくらいで、見た目は変質者に近い。
「俺たち、ザバンから来たんです」
この手の交渉はシンには難しそうだったので、俺が代わりにカルマさんからの謁見状を兵士に渡す。
「これは……。確かにザバン国王、あ、いや。ザバンは共和国になったんだったな。そこの宰相からのものか……。すまない、上と確認をとってくるから、もう少し待っていてくれ」
そう言って兵士は、ミスティア王国城内へと消えていった。
それにしても、ザバンが共和国に変わったことがもう知られているとは、情報が早いものだ。
「君たちはもしかして、ザバンの革命に立ち会ったのかい?」
その場に残ったもう一人の兵士は、目を輝かせながら聞いてくる。立ち会ったというか張本人達なのだが、余計なことは言わない方がいいだろう。
「そうですね。ただ、隣の彼も俺も、元々ザバンの国民じゃないんです……。だからあまり詳しいことは知らなくて」
「そうだったのか。この国は今、霧龍様のおかげで平和が保たれているから、争い事がないと暇でね。不謹慎なのは分かっているのだが」
平和が続いている国の兵士も、働きがいがなく、大変だろうなと俺は思った。
その兵士としばらく話していると、先程謁見状を持っていった兵士が走って戻ってきた。その隣には、見るからに階級が高そうな装備を纏った兵士も立っていた。
「歓迎しますザバンからの使者よ。私はミスティア王国兵士団長のミゲル・アンデルセンと申します。キーンの兄と言えば分かりやすいでしょうか」
俺とシンは、その人物の言葉に驚きを隠せなかった。確かに髪の色や目の色はキーンにそっくりだが、その威厳や顔つきは、キーンとは似ても似つかない。
「……あいつ、先に言っとけよ」
シンの言葉には、全くもって同感だった。
「ここではなんです。上で陛下がお待ちしております」
俺たちはミゲルさんに連れられて、ミスティア王国城内へと足を踏み入れた。




