霧の国ミスティア
ダリアとシンは、ザバン城壁内から歩いて霧の国ミスティアを目指す。
ザバン領土内は、城壁内や僅かなオアシス以外は砂漠が広がる場所であり、ダリア達は野宿を繰り返しながら、4日かけて砂漠を脱出した。
「……久しぶりにここまで来たが、結構疲れるもんだな」
亡命の際に一度砂漠を歩いているシンでさえ、相当疲労している様子を見せる。まあ、俺の事は察して欲しい。
俺たちは長いザバン領土内での道すがら、お互いの過去について語った。
俺は捨て子としてアーバの街で育ったこと、自分の加護ような力が暴走してその街の住人を殺めたこと、そこから逃げ、ゴーシュさんと出会ったこと……。
我ながらここ最近で多くの出来事に見舞われすぎてるとは感じている。それを聴きながらシンも、「大変だったんだな」と返すばかりだった。
「シンは、サドムで何の事件を起こしたんだ?」
俺は自分の過去を語った後に、シンにそう尋ねた。シンは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、正直に答えてくれた。
「サドムの国宝の一つを盗んだんだよ。俺にとって、っていうより、ジジイより前に俺には師匠って呼べる人がいた。その人は難病にかかっていて、サドムにある国宝は、それを治せる唯一の方法だって言われてたんだよ」
ザバンにおけるシンの師匠はカルマさんだが、サドムにいた頃にシンには師匠と呼べる別の人が居たらしい。
「その人に、精霊の神殿に連れて行って貰えたんだ。そこで受け取ったのが、俺の『特化の加護』だ」
精霊の神殿には、サドムが通すことを認めた人間しか行くことが出来ないと、ゴーシュさんは言っていた。少なくとも、シンの代わりにサドムの人間に顔が広い人物なのだろう。
「結局、俺が盗んだ国宝を師匠の家に持っていった時には、死んでたけどな……。その件で、俺はサドムにも居られなくなっちまった」
シンさんがカルマさんを庇った理由がわかった気がした。同じ師匠と呼べる人を、もう失いたくなかったからだろう。
「まあ、湿っぽい話はこの辺で終わりだ。ちょうど見えてきたしな」
砂漠地帯を抜け、俺たちは山地のような場所を歩いていた。シンがいる少し小高い丘の頂上まで登ると、そこには辺り一面の霧が広がっていた。
「……ここが、ミスティア」
「ああ、そうだ。侵入者を拒む濃霧に覆われた霧の国、ミスティアだ」
高い山々に囲まれた盆地の様な場所には、雲海のように霧が広がっていた。ザバンは砂漠がずっと続くような光景だったが、ミスティアも同じように無限に続いているのではないかという錯覚に駆られる。
「ミスティアに入るためには、ちゃんと国境を通らなきゃいけねぇ。それこそ適当な場所から入ろうとしたら、侵入者として罰が下るのさ」
そう言ってシンは、丘を下り始めた。シンによれば、ミスティアに入ることが出来る『国境』と呼ばれる場所は3箇所しかないそうで、1つはサドムとミスティアを繋ぐもの、もう1つはジュカテブラの遺跡群への道、そして俺達の目的地である、ミスティアとザバンの国境である。
ここにある関所を通らなければ、ミスティアにとっての不正入国として扱われ、ミスティアを守る聖獣による罰が下るそうだ。
「俺は一回、聖獣に天罰を受けてるからな」
シンは経験者のようだった。
シンの案内で、ザバン領土内の端、そしてミスティアとの国境がある村に、俺達は到着した。国境とは言っても、ここから入らなければならないというだけで、細かい確認などが行われるわけではない。
「やあ、君たちか。ザバンに革命をもたらしたというのは」
ミスティアとザバンの国境がある村の村長は、俺たちのことを既に知っていたらしく、温かく村へと迎え入れてくれた。なんでもカルマさんの知り合いだそうで、俺達がここに来ることを事前に伝えておいてくれたらしい。
「今日は私の家に来なさい。ミスティアに行くというのならば、あの国の信仰を穢してはならない」
村長さんは、俺とシンを連れて村の中心部ある、一際大きい家へと招いてくれた。
その夜は、温かいシチューをご馳走になった。そういえばゴーシュさんの家で最初に出してもらったのもシチューだったことを思い返し、なんだか俺は懐かしくなった。
夕飯をとり食器を片付けると、村長さんは古い文献のような物をテーブルの上に置く。そこには大きな龍と、その龍の頭に触れる独特な衣装を羽織った女性の姿が描かれていた。
「シンは、これを見たことがあるのか?」
「いや、俺は昔ミスティアには来たが、すぐにザバンに行ったからな……。これを見るのは初めてだ」
村長さんは、俺とシンに言い聞かせるように、ミスティアの信仰について語り始める。
「昔ミスティアは、精霊の神殿があるサドムに近いこともあり、加護を受け取ったならず者達が、自分たちの力を示そうと暴れ回ることが少なくなかった」
村長さんは文献のページをめくる。そこには、多くの人が能力のようなものを使う人間によって殺され、虐げられていることを伝えるかのような絵があった。
「天に祈りを捧げ、ミスティアの未来と平和を願った人々の思いは、長い年月をかけてついぞ叶った。ミスティアを守る聖獣アルケミオンと呼ばれる龍によって、な」
村長さんは次のページをめくる。そこには、地上に降り立った荘厳な龍の姿と、それを崇める民衆の姿が描かれていた。
「数十年に渡って加護を受取った者達に迫害を受けたこの国は、アルケミオンによって平和が訪れた。しかし、同じことを起こそうとする輩がいつ現れるとも分からない。その事を人々はアルケミオンに伝え、アルケミオンはミスティアを覆い隠すようにして、濃い霧を巡らせた。これが今ミスティアを守る砦となっている」
次のページには、霧によって囲まれた城と、その霧を吐き出す龍の姿があった。
「ミスティアの人々はアルケミオンに感謝し、彼を祀った。彼に対する奉仕の心を示すため、『龍の巫女』と呼ばれる人々が、交代でアルケミオンの世話をした」
次のページは、アルケミオンと呼ばれる龍の元に座って控える女性たちの姿があった。その服装は、表紙に描かれた独特な服装と同じものであった。
「ミスティアがこのように霧によって覆われたのは、今から100年以上前のこと。それ以来この国では、一つの戦乱も起きていないのだよ」
村長さんはそう言って、古い文献を閉じる。俺とシンは、ミスティアについての話について考えをめぐらせていた。
「聖獣ってなんですか?」
俺は、思ったことを正直に伝えた。神獣ならば会ったことはあるが、聖獣とはどのようなものなのだろうか。
「この世界には4つの獣の存在がある。神の使いとして人々に平和をもたらす『聖獣』、地上世界に点在し世界の均衡を保つ『神獣』、人々と共に生きる『霊獣』、そして人に仇なす『魔獣』さ」
村長さんの話に、俺の心臓は鼓動を大きくしたように感じた。しかしすぐに治まったので、気のせいだろう。
「ミスティアに行けば、アルケミオンに会えるってことか?世話をしてる、その……『龍の巫女』って存在がいるなら」
シンは村長さんにそのことを聞いた。俺は、それに対する返事が「そう」だと思っていたが、予想とは異なっていた。
「今のミスティアに、聖獣アルケミオンは居ない。神の元に帰ったのではない。つい先日、失踪したのだ」
村長さんと俺たちの間に、静寂が通り抜けた。
作者のぜいろです!
霧の王国編がとうとう本格的に始まりました!
この章では、人と聖獣そして魔獣と呼ばれる存在の生き方について書いていくつもりです!
また、この章で出てくる新しいキャラクターの挿絵を書いていただけることになったので、そちらも楽しみにしてください(ちなみにめちゃくちゃ上手い人が描いてくれます)!
評価、ブクマ、いいね等、是非よろしくお願いします!
ぜいろでした。




