大罪人 ダリア・ローレンス
―世界連邦本部―
「この話、本当か?」
1人の男が数多ある報告書の中から1つの報告に目を留めた。
「アーバの街の件ですか?」
その場にいる秘書は、コーヒーを注ぎながら男の言葉に返す。
「16歳の子供が一夜にして街全体を更地にした?非現実的にも程があるだろう。それにあれほどの田舎に加護を受けた者がいるとも思えんが…」
男は頭を抱えた。世界連邦本部には世界中から、「重大事件」として報告される事件が後を絶たない。しかしそのほとんどが、世界規模で影響を与えるものではない。
しかし、1人の少年による200名以上の殺害事件は、その規模が変わってくる。少年の悪意の有無も含めて。
「アーバの街は帝国の内だと、サドムの領土に入るのか?」
「そうなりますかね。ただ、サドム皇帝は寛大なお方ですので、直接兵を派遣することは考えにくいかと…」
男はまた頭を抱えた。調査隊の派遣について仕事がまた増えるためである。
「胃薬の量がまた増えちまうな……」
「お体に気をつけてください、セイバ連邦長」
あれから、何日歩いただろうか。昼夜を問わず、ただ人気のない所へと向かって歩き続けた。
急いでアーバを離れたからか、靴を履くこともせずにあてもなく走り出してしまった。そのせいで足の皮はとうに剥け、途中で川の水を飲んだ以外にはほとんど何も食べていないため、意識も朦朧としてきた。
長い間歩き続けたが、もう限界だ。
「母さん、父さん、シュラウド……ごめん」
俺はそういってその場に倒れ込んだ。冷たい風が木々の隙間を通り抜けて俺の体をなぞっていく。
あの街で俺がしたであろうことはら恐らく誰からも許されるはずもない。目が覚めた時俺は地面に這いつくばっており、街は更地になっていた。建物も人も、何もかもが無くなっていた。
ただ俺に状況を教えてくれるかのように、自分の手や服には誰のものか分からない返り血が飛び散っていた。
俺は頭が真っ白になり、あてもなくかつて街だった場所を走り回った。しかし、そこに人が生きている痕跡はなく、いくつかの血溜まりがあるだけだった。
あの世というものがあるなら、俺はきっと家族には会えない。そこには行けない。許されることじゃない。一生かけて償うべき大罪を背負ってしまった。
そこで、俺の意識はなくなった。いっそこのまま死んでしまえばいいと思った。
……
闇の使者よ
何故力を求めない
世界を支配する力を
力は選ばれている
使者よ
貴方は選ばれているのだ
力を求めよ、我が主よ
「目が覚めたかい」
俺はぼやける視界の中で、その言葉を聞いた。優しく、温かみのある声。
目を開けると、暖色のランプの光が俺の瞼の隙間を通るようにして飛び込んできた。先程までの夜の冷たさは、そこには無かった。
「こんな時期に森の中で倒れてるなんて、余程訳があるのか……。まあ、無理には聞かんよ」
声の主は、50代後半ほどの初老の男性だった。左目の下に大きな傷跡があり、ガタイが非常にいい。狩人かなにかだろうか。
「まあとりあえずこれでも食べなさい。その感じだと随分食べてないだろう」
そう言って男性は俺に、シチューのようなものを差し出してくれた。
乱雑に切られたジャガイモやニンジン、玉ねぎ。大ぶりの鶏肉のようなものが入ったそのスープは、メインが作ってくれたビーフシチューとは似ても似つかないものだが、どこか懐かしさを感じた。
「いただきます……」
俺はシチューを口に入れ、その味を噛み締める。母の味とは違う、ただ、久しぶりに口にした食べ物の味は、何故か少しだけしょっぱい味がした。
「……ご馳走様でした」
「美味しかったかい」
「……はい、とても」
「そうかい、そうかい」
男性はクシャッとした笑みを浮かべ、俺が使った食器を片付け始めた。
「私の名前はゴーシュ、この森で狩人のようなものをやっている。まあ、それだけが理由でここにいる訳ではないがね」
男性は台所で食器を洗いながら、俺の話を聞いてくれた。
俺の祖父母は俺が引き取られる前に亡くなっており、もし自分の祖父が今も生きているならばこのような感じだろうか、と考えを巡らせてしまった。
俺はゴーシュさんに俺が起こしてしまった事件について語った。ゴーシュさんはそれをただ、黙って聞いてくれた。
「…それで行く場所を失った俺は、今こうやってゴーシュさんに助けてもらいました」
少しの沈黙の後、ゴーシュさんは語った。
「ほとぼりが冷めるまでここで暮らすといい。ちょうど私も、妻が亡くなったばかりでね。老人1人にはこの家は広すぎるんだ」
ゴーシュさんのその言葉に、俺は意図せずして涙を零してしまった。
「…でも、でも、俺みたいな人間を匿えば、ゴーシュさんに迷惑をかけてしまうかもしれません!命を助けてくれた恩人に対して、そんな恩を仇で返すようなこと、俺には出来ません…」
あれだけの街が一夜にして消えた。その住民諸共。この事実が騒ぎにならないはずがない。そう確信したからこそ俺は、ここまで逃げてきたのだ。
その罪は、俺だけで背負わなければいけない。他の誰かに被害が及ぶことは、あってはいけない。
「色々、抱えているんだね。若いのに辛いことだろう」
ゴーシュさんは、俺の事を抱きしめていた。俺は、彼に父であるロイドの姿を重ねてしまった。
「私は、病によって先が長くない。私で良ければ、君が近くに居てくれないか?君が罪を犯した事実は消えないかもしれない。ただ、私の前では普通の子供と変わりないよ。もっと辛い目にあった子も、生きることが苦痛でしかない人間達も見てきた。……君は、大丈夫だ」
俺は、ゴーシュさんと共に生きていく道を選んだ。
アーバの街の住人には申しなさしかない。家族にも顔向けできない。
でも、俺にはこれが正しい答えだと思えている。生きて、死んだ人の分まで罪を償う。それが俺の生きる意味だ。
ー 世界連邦 連邦長執務室 ー
「セイバ連邦長、指名手配の少年を見かけたとの目撃情報がありました」
セイバの秘書が報告する。秘書は詳細が書かれた資料をセイバに手渡し、彼もそれに目を通す。
「そうか、早めにカタをつけなければな。それで目撃場所は?」
「その、大変言いにくいのですが……。サドム領土の南東地域、アラポネラの神林付近です」
「……ブッ!」
その報告を受けて、セイバは飲んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。リッパーと呼ばれた秘書はセイバによって吹き出されたそれを華麗に避ける。
「ア、アラポネラの神林だと……?あそこは禁域のはずだろう……。そのせいで資格がなければ入れないはずだ。その少年は、一体何者だ?」
「彼の名前はダリア・ローレンス。元は捨て子だそうで、身元の証明がありません。ローレンスという名前は、あくまで引き受けた家の名前だそうで…」
セイバはそれを聞いてしばらく考え込んだ。
「まさか…」
セイバの頭に1つの考えが浮かんだ。
世界連邦はこの翌日、大規模な討伐軍を編成した。彼らはアラポネラを目指して進軍するも、400名を超える人間が、アラポネラの神林内にてその消息を絶った。
真相は究明されていないまま、闇に葬られた。




