記念祭
シンさんに敗北を喫した俺は、重い足取りでカルマさんの家まで帰ってきた。その頃にはもう、朝日が昇っており、周りには活動を始めている人もいた。
キーンさんは、俺と話をしなかった。俺に対して気遣ってくれたのだろう。だが、俺は声をかけてもらう方が嬉しかった。
自惚れていた。キーンさんやカルマさんにもてはやされて、自分の力を過信していた。まだ自分の力の一端しか知らないくせに、何人か倒せただけで調子に乗っていた。
「どうだった?あいつは」
地下室に戻るとカルマさんは、俺とキーンさんを食卓に座らせ、コーヒーを出してくれた。しかし、俺は話し出すことが出来なかった。自分の失敗について……。
「前よりも断然強くなってました。今の俺じゃあ、あいつの前で5秒も持たないです」
俺の代わりに口を開いてくれたのは、キーンさんだった。彼の横顔は、先程までと違ってかっこよく見えた。
「やはりか……。ダリア、君が勝てなかったのは仕方がない。あいつは君よりも何年も前に加護を受け取り、2年前の敗北をきっかけにきっと努力を重ねている。君はここに来るまで鍛錬を重ねてきたかもしれないが、あいつも同じレベルで成長しているのだ」
カルマさんは、シンさんの成長について大方予想通りだったらしい。俺をシンさんにぶつけたのも、今の俺に足りない所を探させるためかもしれない。
「まあ、だが、正直に言って作戦まで時間はない。君には言ってなかったが、今から作戦について伝えよう。本当はシンも入れてこの話をするつもりだったが……」
カルマさんによれば、作戦の内容はこうだ。
今日から4日後、このザバンの国における最も重要な日、「サルノー結晶が発見されたこと」を祝う、記念祭と呼ばれる祭りが行われるらしい。
これは、結晶の発見を喜ぶだけでなく、次の年の採掘を祈願する、祈念祭としての意味も込められているらしい。
この記念祭には、ザバン王家であるサルノー家を含むほとんどの国事に関わる人間が出席する。その日は1年の中で最も、採掘場の警備が手薄になる日でもある。
それを見越して、盗賊団とカルマに従う元王国軍の人間で採掘場を制圧し、有利な条件でサルノー家と交渉する、というのが当初の作戦だったらしい。
ただ、俺の失敗によってこの作戦には、シンさんがまとめる蜃気楼は参加しない。彼がこの国の平和、平等を願っているのは明らかだが、彼を説得できなかった俺のミスだ。
「だが、儂には一つ、思うことがある」
カルマさんは俺に作戦の概要を伝えたあと、ボソッと呟いた。その言葉に俺とキーンさんは耳を傾ける。
「シンは、儂らと同様に記念祭の日を狙っているのではないか。サルノー家だけでなく、五大帝国のサドムからの使者も訪れるこの日なら、サルノー家の失政を白日の元に晒すことも可能なのではないか……」
ザバンは、かつての歴史から、五大帝国の一つ、水の帝国サドムとの関わりが深いらしい。サルノー結晶による貿易や資金繰りが円滑に行えているのは、圧倒的な海上交通網を持つサドムによるものだと、カルマさんは教えてくれた。
つまり、サルノー家からすれば、サドムは自分たちの一番の得意先であり、決して裏切ることができない相手でもあるのだ。
「シンは頭のいいやつだ。ここ最近盗賊団の活動が頻繁になってるとは思ったが、記念祭に向けて準備をしているなら説明がつく」
キーンさんもカルマさんと同意見のようだ。
「そうなると問題は2つ。1つは、シンと、シンが率いる蜃気楼との連携をとる事が出来るかどうか。そして、サルノー家が抱える用心棒、アゴンをどう対処するか、だ」
「まあ確かに、シンが自由に動けなくなったのは間違いなく2年前のアゴンとの戦闘の後からですからね……」
「アゴンっていう人は、強いんですか……?」
俺は興味本位で聞いてみる。2年前の話とはいえ、あのシンさんが負けた相手だ。情報があるならば聞いておきたい。
「アゴンは、世界連邦が管理している加護持ちの人間、通称聖騎士団の一員だった。あくまでも元だがな。その強さは折り紙付きだが、誰にも扱いきれん性格と加護のせいで、聖騎士団を追われることになったのだ」
カルマさんは、アゴンという人物について知っていることがあるらしい。
「やつの「暴獣の加護」は、獣のような身体能力を体に宿すことで知られる。全身に獣の力が回った時、誰にも止められん暴獣になる、とな。聖騎士団の仲間をその能力で傷つけたことが、辞めるきっかけとなったそうだ」
カルマさんがこんなにも聖騎士団について詳しいのかは事情が分からないが、王国軍として働いていた過去から聞いた話なのだろう。
「現サルノー王家が、どうやってアゴンをコントロールしているかは知らないが、奴らの言うことにアゴンが従っているならば、今年の記念祭では採掘場を守っている可能性が高い」
カルマさんはそこまで言って、俺の方を向いた。俺は、きっとなにか大切なことを頼まれるのを察した。
「作戦を大きく変える。ダリアには採掘場に向かってもらい、それ以外の儂達で記念祭の行われる会場をボイコットする」
カルマさんの出した案は、当初とは大きく違っていた。それも、俺に対して重荷が増える形で。
「アゴンが採掘場を守っていると考えれば、戦闘の足でまといになる人間は少ない方がいい。シンも同じように考えるならば、これが最善だ」
つまり、最悪の場合、俺とシンさんの二人だけでアゴンと戦うことになる、ということらしい。
「カルマさん、ダリアならきっとやれます。シンに負けこそしましたが、彼の動きは俺たちなんか足元にも及ばない。今日から記念祭の日まで、ダリアの力を伸ばす協力を俺にさせてください」
キーンさんはそう言って頭を下げた。
「俺たちにもできることはないか?」
「相手になる人数は多い方がいいだろう」
近くにいた元王国軍のマッチョたちは、ワラワラと俺を取り囲む。その目は絶望などなく、信頼と期待に溢れていた。
ああ、なんでそんな目を向けてくれるんだ。俺はまだ自分が信頼されていることを嬉しく思ってしまったのだ。
導く者
我が愛しき子
茨の道
無限の荒野
溢れる涙の雫
彼らを救い
人々を照らす光
行きなさい
待っている者達の元へ
我が目に替えても
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