アジトへ
ダリアはキーンと共に、夜のザバンを歩いていた。相も変わらず国の賑わっている所では酒を飲み交わし、この国の影を見せないようにしているようだった。
「俺達は元々、王国軍の兵士としてこの国のために働いていた。シンがカルマさんの元を去った時、俺はその場に居合わせてたんだ。シンの言葉で、我に返ったのかもしれないな」
キーンさんは自慢の髭を撫でながらそう言った。
キーンさんによれば、王国軍の兵士も皆が皆、王家のやり方が正しいとは思っていないそうだ。しかし、彼らにも当然家族がいる。家族を養っていくためには、自分の信念を曲げなければ行けない時もあるのだろう。
「カルマさんについてきた奴の中には、奥さんと娘を養っていくことが出来ずに、亡くした奴もいる。自分の理想ばかり追い求めていても、守るべき相手を守れなかったら、意味が無いんだ」
キーンさんは暗い顔をする。俺が心配しないようにそれ以上は暗い話はなかったが、キーンさんにとって大切な人も、同じような境遇にあったのかもしれない。
「君みたいな少年に、俺たち大人の責任を擦り付けてしまってすまない……。本当なら、俺たちだけで解決すべき問題なんだが、サルノー家には逆らえないんだ……」
「逆らえない…?」
「サルノー家に仕える王国兵士は、子供か母親を、国に人質にとられる。もちろん直接的なものじゃあなく、国事に参加させるんだ。何か問題を起こせば、自分ではない誰かを傷つける。とても、大事な人をな。カルマさんについて行ったのは、もう親も死んで子供もいない独り身だけさ。今の王国軍には、大切な人がいるってことだ」
話だけを聞いていると悪者に思えた王国軍にも、そのような事情があると思っていなかった。
「この国で、反乱が起きたことはないんですか?」
「ある。一度だけな。シンがカルマさんの所を出ていってから1年程経った時、つまり今から2年くらい前に、あいつがザバンの国政に不満を持つ輩を集めて王国軍に反乱を起こした。だが、サルノー家には切り札のような用心棒がいたんだ」
「……切り札?」
「聖騎士団の奴らさ。おっと、君は世間の話に疎いんだったか。聖騎士団ってのは、世界連邦お抱えの騎士達で、その一人一人が加護持ちだって噂もあるくらいだ。普通の人間じゃあ、加護持ちにはかなわねぇよ」
キーンさんは、お前はそのことをよく知ってるだろ?と言わんばかりの表情を向けてくる。加護の力で殴った件についてはすいません……。
「ともかく、2年前の反乱では、同じ加護持ちでもシンはその用心棒に勝てなかった。その結果、ますます王政は独裁寄りになってしまったって訳だ。でも君も加護を持ってるなら百人力だ。シンもあの頃よりきっと強くなってる。今ならザバンを変えれるチャンスだと思ったわけよ」
シンさんが馬車で会った時に生き急いでいるように感じたのも、舞台で元王国軍の兵士たちが俺を羨望の目で見ていたのにも、納得がいった。
この国の人達はずっと待っていたのだ。この国を、ザバンを取り返すその日を、ずっと。
「さあ、ついたぜ」
キーンさんは立ち止まり、目の前にある建物を指さす。もう使われていないであろうその建物は、廃墟と呼ぶにふさわしい見た目をしていた。
「ここが蜃気楼のアジトだ。中の構造までは知ったこっちゃないが、まあ探せばシンはいるはずだ。俺達の仲間がシンをつけていった後にここに辿り着いたってのは分かってるからな」
俺はキーンさんと共に、廃墟の入口を跨いだ。中には外の風が吹きさらしており、とても人が住めるような環境ではないように感じる。
「本当に、ここに人がいるんですか?」
「間違いない。何度もここに通うシンの姿を俺自身の目でも見てる」
キーンさんと俺は、廃墟の階段を上へ上へと上がっていく。しかし、その途中には人間はおろか、人間がいる痕跡すら見当たらなかった。
「どういうことだ?何故シンがここにいない……」
事前の情報と食い違う目の前の光景に、キーンさんは頭を悩ませる。しかし、考えてみれば単純な話だった。
「今、盗賊団として外に行ってるんじゃないですか?」
俺がそう呟いた瞬間、廃墟の下の方から声がした。
「誰だ」
その声は、馬車でも聞いた、低く重い声。今思えば、たくさんの人の想いを背負った声だったのかもしれない。
「ボス、上に何者かが侵入してます!」
階段の方にすぐに目をやると、そこには今しがた奪ってきたのか、宝石や上等な武器を持った盗賊らしき男が松明を持って立っていた。
「捕らえろ!」
下から聞こえてきたシンさんと思われる声に反応して、下の階からわらわらと盗賊団の面々が最上階まで上がってくる。
「キーンさん、一旦外へ!」
そう言って俺は、キーンさんの腕を掴み、風通しがいいのか分からない、もはやガラスの貼られていない窓に向かってその身を飛び出した。
「おい、無事じゃ済まないぞ!」
キーンさんの声は聞こえていたが、俺の中には確信があった。一人で飛べるなら二人でも飛べる
闇纏 ー黒翼ー
俺の背中に黒い痣があつまり、体の中から外へと飛び出した。放出された黒い何かは、それら自身で集まって、まるで鳥の持つような羽を形成していく。
「これが、加護持ち……」
まるで恋愛劇のように完璧なお姫様抱っこを受け入れているキーンさんは、少し面白かった。
そのまま俺は、相当な高さのある廃墟から地面へと降り立った。必要の無くなった羽は、自然と体の中へと戻っていく。
「お前、やっぱり味方でよかったよ」
「そうですかね」
少し興奮気味のキーンさんにつられて、俺も少しだけ照れてしまう。
しかし、そんな悠長なことをしている場合でもなかった。廃墟からは既に盗賊団達が俺達を追いかけてきており、向かってきていた。
「キーンさん、俺が抑えられなかった分は、お願いします」
そう言って俺は、向かってくる盗賊団に対して、敬意を持って加護の力を使うことを決めた。
闇纏 ー黒脚ー
先程背中に集まった黒い痣たちは、俺の足へと移動を始める。アラポネラの神林で何度も何度も体に刻み込んだ感覚が、脳裏を駆け巡る。
「行きます」
右にいる敵には喉元へめがけて右足の裏を突き抜く。
体勢が崩れかけた所へと左側から二人来ているのが分かったので、右足をそのまま地面に振り下ろし、着地。そのまま反時計回りに体を回し、二人まとめて横腹に蹴りを入れる……。
俺に向かってきた盗賊団達は十数人ほどだったが、その全てを、俺は一撃でのしていた。他の盗賊団が俺に対してどう攻撃しようか考えているように見えたが、その場は一人の男の到着によって膠着が解かれる。
「お前、会うのは二度目だな」
そこには、馬車で見た時と変わらない姿をした、シンさんが立っていた。あの時も十分に鬼気迫っていたが、今はそれの非ではない。
「俺に、何の用だ」
「……カルマさんは、シンさんの帰りを待っています。そして、協力してザバンを取り戻すことも……!」
「お前に、何が分かる……。この国に来て間もないお前に、この国の何を変えられる……」
シンさんは、下を向いて黙り込んだ。その圧力に俺はおろか、盗賊団の人間も誰も動けなくなる。
「邪魔をするな。俺とっての、この国の国民にとっての悲願を、お前一人に邪魔させない。そのためなら、俺はジジイとの繋がりももういらねえ」
シンさんはそう言って、腰に提げた刀を取りだした。あの時馬車で見た虚仮脅しのようなナイフではなく、人の命を、奪える凶器だった。
作者のぜいろです!
砂の王国編、楽しんでいただけていますでしょうか。作者は現在ノリノリで執筆中です。
個人的にシンは、自分の思いを貫くために生きているキャラとして書いているので主人公のダリアよりも感情移入しています……笑
なお、作者はとある事情でコロナウイルスの濃厚接触者になったため、気分が多少滅入っております。
しかし、執筆に専念できるというもの。明日以降も毎日投稿、続けていきます!
良ければ、評価やブックマーク、感想などお待ちしております!
ぜいろでした。