命の価値 ep.2 殺戮の少年
紫の魔女ポルトが大広場に集まったフォルリンクレーの国民達に向けて行なったのは、飢えた獣に囲まれるという死の危機が迫るゲームだった。
ダスクへの協力の条件として「国民達への粛清」を許可されたポルトは、躊躇いや温情などなく国民達を次々と殺していく……。
紫の魔女ポルトによって始められた国民達への死の危険を伴うゲームは、絶望を与えるのに十分すぎるほどのものだった。
広場の周りには何体もの飢えた獣達が待ち構えている。彼らの口から滴る紫色の唾液は、地面に落ちると同時に音を立てて腐食を始める。
それを見て動けなる人々は、紫の魔女ポルトによって直接手を下されるという負の連鎖が起きていた。何よりも人々に絶望を与えたのは、その様子を見てポルトが喜んでいるという事実だった。
「もう、ダメだ……」
「誰か、誰か助けてくれ……」
国民達の声にならない悲鳴は、誰にも届くことがない。フォルリンクレーはエルドバに囲まれた国。そのエルドバに対してはダスクらが同時期に侵攻を行なっているため、援助は見込めなかった。
しかし、その事実をフォルリンクレーの国民達は知らない。起こりえない奇跡に、人々はただ祈った。
「何よ、大人しくなっちゃって。これだったらダスクと変わってもらったら良かったわ」
ポルトは困ったような様子で国民達を見る。彼女はあくまでも、生きるために必死でもがき苦しむ人間の姿が見たいだけであり、そのために手間をかけすぎるのは彼女のやり方に反する。
「どうしたら必死になってくれるかしら……。あ、そうだ。貴方達の中で1人だけここから救ってあげる。やり方は問わないわ、醜く争ってちょうだい」
ポルトのその言葉は、国民達にとってどう響いただろうか。甘言を零す悪魔か、救いの手を差し伸べる天使か。
そんなことはどうでも良かった。この地獄から逃れるのならば、どんな手段を用いても構わない。そう考えるのが、あまりにも自然な状況だった。
「うわああああっ!」
一人の男が、近くに居た女を殴りつけたのがきっかけだった。その、現在起きている悲劇に比べればひどく些細な出来事は、一瞬でその場の均衡を崩壊させた。
「お前、何やってるんだ!女を殴るなんて……!」
「うるさい!今更躊躇してる場合じゃねえだろ!俺には産まれたばかりの息子が居るんだぞ。こんなところで死んでたまるか!」
「そのために俺達に死ねって言ってるのか!」
「やめてください!」
それは、あまりにも醜い人間の争いだった。そこに居る者たちは、自分が生き残るために、必死に理屈を吐き並べ、簡単に他人を罵倒する。
遂には多くの人間を巻き込んだ暴行騒動に発展する。最早誰が誰に暴力を振るっているかすら分からない阿鼻叫喚の状況が、その場を支配した。
「自分が生き残るために他人を蹴落とす……。こんなに素晴らしいのね!さあ、もっと争うのよ!」
ポルトは手を叩いて歓喜に酔いしれ、お互いを殴り合う人々の姿を眺めていた。
その時だった。
人々の暴動の中に、一人の影が降り立った。そして何が起きたのか、人々は抵抗する様子も無くその場にバタバタと倒れていった。
「……!?何が、起きたの?」
余裕を見せていたポルトは、突然の出来事にまゆをひそめる。人々の中心に降り立った影、それが影響を与えたのは間違いなかった。
「誰!姿を見せなさい!」
ポルトは突如現れた影に向かって、そう叫ぶ。ポルトの脳内ではこの状況に現れる可能性のある人間を思いつく限り検討するが、どれも適さない。
エルドバの騎士達は転送装置が無い限りフォルリンクレーに現れることは無い。それ以外の人間はそもそもこの場所に近づくことすら出来ないだろう。
「何だよ、この状況は……!」
突然現れた影は、次第にその姿を顕にしていき、一人の少年の姿がポルトの目に映る。
「これが人間のやることかっ!」
それは、フォルリンクレーの闇を知った少年。かつて彼は、故郷の街を滅ぼし一度は心から自分自身を呪った。
だからこそ、もう二度と同じ悲劇は繰り返させないと誓った。
彼は、「殺戮の少年」ダリア・ローレンス。世界の変革を誰よりも願う者。
「誰……?少なくとも私は貴方のことを知らないわ。でも、私が楽しんでたゲームを邪魔する覚悟はあるみたいね」
ポルトは目の前に現れたダリアに対して怒りを露わにする。その様子に共鳴するようにして、ポルトが従える獣達も全身から威嚇の様相を見せ始める。
「ここに何をしに来たのかしら、坊や。今ならまだ、許してあげるわよ」
ポルトはあくまでも冷静さを保ってダリアにそう提案する。しかしダリアは、目の前に広がっている光景を引き起こした原因が、甘い囁きをしてきたポルトにあることを察していた。
「……変えにきたんだ」
「何をかしら?」
「この国をだ!」
ダリアは、自分の体から発生させた黒いモヤを身に纏い、右手にはそれから作り出した剣を構える。背中には体を包み込むほどの翼を生やし、ポルトを睨みつける。
「……随分と仰々しい見た目をするのね。それで強くなったつもりかしら」
ポルトは手を叩き、周囲の獣達に向かって合図を送る。それに反応して、獣達は咆哮と共にダリアに向かって襲いかかる。
「……俺一人じゃないさ。シン、フィスタ!」
ダリアがそう声を発すると、ダリアに群がりかけていた獣達の内、数体がその場に首を切り落とされた状態で地響きと共に倒れた。
「やっぱり黒幕がいたみてぇだな。とんでもねぇことやりやがって」
シンは巨大な剣を肩に担ぎ、広場に死体や血の海がが広がるという悲惨な光景を見て、表情を曇らせる。
水の揺籃!
シンが現れてすぐに、広場全体を覆う巨大な水の結界が張られていく。まるで暖かい海の中を揺蕩うような、穏やかな雰囲気が広場に流れ込んできた。
「ダリアさん!ここに居る人達、まだ助かります!」
「そうか……!頼んだぞ、フィスタ!」
シンに続いて広場に到着したフィスタの加護によって、広場の中に広がっていたポルトの毒は徐々に中和され始める。
「……私の毒が、薄れていってるのね。随分と厄介な能力だこと。でもね……」
広場に倒れる人々を助けるために応急処置を施そうとするフィスタの近くで、突然地面から植物の芽が出芽し、急成長を遂げる。その植物は自我を持っているようにフィスタの体を縛り付けていく。
「残念だけどこっちも一人じゃないの。貴方達がどこの誰か知らないけれど、国同士のいざこざに首を突っ込むのは危険だって事、教えてあげるわ」
ポルトの笑みの正体は、その場に残っていながらもここまでポルトに加担することが無かった緑の魔女グリムの登場によるものだった。
「……ポルト、これも研究?」
「そうよ、グリム。あそこに居る彼らが、私達の邪魔をしようとしているわ。貴方の研究のためにも、排除に協力してくれるかしら」
「……うん」
グリムは了承の意志を見せると、懐から幾つもの試験管を取りだした。そこには水に浸された、植物の種のようなものが浮かんでいた。
「……実験を始めるから」
広場での戦いは、開始後すぐに混戦状態になることが既に予想された。
フォルリンクレーの執政官「紫の魔女」ポルト、「緑の魔女」グリムと、ダリア一行が対峙する。その戦いは、今後のフォルリンクレーとエルドバの関係性を左右する重要なものとなる。
作者のぜいろです!
私事ですが、本作「五代英雄と殺戮の少年」は、皆様の応援のおかげで100部分を迎えることが出来ました!今年の二月に連載を開始した本作ですが、何とかここまで来ることが出来ました……。
作者の構想の中では、本作の進行度は恐らくまだ5分の1も行っていないのではないでしょうか。1人で勝手に焦っております。
100部分を記念して、おまけ話を本日中に投稿しますので、是非そちらもご覧下さい!
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