目覚め 【※】
この世界は、秩序によって保たれている。ある国は絶対的な武力を、ある国は圧倒的な権力を、ある国は独創的な研究を。
だが、目に見えている平和、安寧はいつまで続くか分からない。これは、ある1人の少年と世界を巡る物語。
穏やかな風が吹く昼下がり。心地よい木々の合唱が、耳に入り込んでくるような感覚。いつまでもここにいたいとさえ思える場所で、俺は寝転んでいた。
「ダリア、またこんな所にいたのね」
耳元で、優しく囁く声が聞こえた。俺は寝ぼけながら目をこすって、辺りをキョロキョロ見回して声の主を探す。
「もうお昼ご飯の時間よ、一緒に家に帰りましょう」
「もうそんな時間だったんだ……」
声の主は母親のメインだった。地方の一市民とは思えない美貌とその誰にでも平等に接する優しさから、メインはこの街で多くの人に慕われていた。
俺はダリア。実の所を言うと俺は、彼女メインの本当の息子ではない。昔に家の前に置き去られていた捨て子の俺をここまで育ててくれたのがメインの一家なのだと、昔聞いたことがある。
父親のロイドは、街の警衛隊長を務める正義感溢れる人物で、俺の幼い頃からの理想とする人だ。
「ただいまー」
年季の入った扉を開けると、中からは生物の本能に語り掛けてくるような馨しい匂いがフワッと体を通り抜けていく。
そこには、父親の手伝いをすると言って朝早くに家を出ていった義兄のシュラウドが既に帰ってきていた。
「おお、ダリア。またどこかをほっつき歩いてたのか?」
ニヤニヤしながらシュラウドは俺に問いかけてくる。
「俺は兄貴みたいに勤勉じゃないからね。まだ自由に生きていたいんだ」
俺はそう言ってシュラウドが座っている席の隣の椅子に座る。我が家では、俺の右にシュラウド、前にロイド、右前にメインが座るのが決まりになっている。
「いただきます」
俺と母さんそしてシュラウドは、3人でテーブルを囲み、手を合わせた。
父親のロイドは、朝食以外家族と食事をとることがない。というより、警衛隊長との仕事の兼ね合いから、時間が間に合わない。そのため、それ以外の3人で食卓を囲む事が多くなってしまうのだ。
「そういえばダリア、街の奴らがまたお前のこと馬鹿にしてたらしいな」
シュラウドはメイン特製のビーフシチューを口いっぱいに頬張りながら聞いてくる。
「別にいつもの事だよ。俺だけ家族で髪の色と目の色が違うから、そういう奴らは俺の事を良いおもちゃだと思ってるだけ」
俺以外の3人は金色の髪をしているが、捨て子の俺は家族とは違い生まれつき黒髪だった。家族とは違う、というだけでなくこの街で黒色の髪をしている人間はいない。たったそれだけの事ではあるが、馬鹿にされるのには十分すぎる理由だった。
また、俺の目の色はオッドアイと呼ばれる、両方の目の色が違う特別なものだ。右目は青色、左目は茶色という見ただけで分かる異質さも、俺が仲間内から外される原因になっているのだろう。
その両方が相まって俺はこの街の人間から馬鹿にされることが多い日々を送っていた。それでも俺が完全に疎外されないのは、父親のロイドと母親のメインの人徳のおかげであるとも言える。ついでにシュラウドも。
「そうか?俺はダリアの髪と目、結構好きだぜ」
そう言ってシュラウドは俺の黒髪をワシャワシャと触った。
「なんでだよ……!」
「だってさ、周りと同じになろうとする事って簡単だろ?でも、特別であろうとするのは難しいんだよ。お前は最初から、神様に特別なもんを与えて貰ってるんだよ」
「そんなの、屁理屈だろ!」
「あー、お子ちゃまのダリアにはまだ難しい話だったかな?」
「シュラウドはいっつもそうやって馬鹿にするんだ!」
「二人とも喧嘩しないでよ?」
俺は、恵まれている。捨て子の俺にこんなに愛情と優しさをくれる家族。俺はきっと、幸せだったんだろう。
グチャッ……
グチョ……
ハハハッ
……
目覚めろ、闇の使者よ……
お前の居場所はそこではない
なに?
恋しい?愛しい?今の家族が?
馬鹿らしい
お前がいなくても、奴らは幸せだ。
お前が輪を乱しているのだ。
光と闇は相入れない。
混ざり会うことの無い存在なのだ。
かつての英雄達のように……
身を委ねるのだ
闇はいつも、光と共にある
光の影に我らはいつでも潜んでいる
目を覚ませ
いつもと同じ何の変哲も無い朝。そんな表現を作った人物は、幸せのまま死んでいったのだろう。
俺が目を覚ますとそこには、俺が暮らしていたはずの街は跡形も無くなっていた。
優しく微笑みかけてくれる母のメイン、頼もしく理想の父であるロイド、荒っぽくも義弟思いのシュラウド、嫌味を言いつつも家族と付き合ってくれる街の人々。
全員、何処に行った?俺は、何でここにいるんだ……?
何が、起きたんだよ……。
「五大英雄の名において宣言する。手配者ダリア・ローレンスを世界規模で指名手配とする。懸賞金は※10万ガル。刑は極刑とする」
※1ガル=日本円の100円
彼は、アーバの街の住民243名を殺害した犯人として、世界規模で指名手配を受けた。
これは、そんな彼が理不尽な運命に翻弄されながらも、世界を変えるまでの物語。
作者のぜいろです!
トップに掲載しているイラストは、絵師の砂藤さんに書いていただいた、ダリア・ローレンスのイラストになります!これを元に、イメージをもって頂けると幸いです。